ある日、目が覚めたら③
えーん、えーん。
うわーん、うわーん。
まるで子供のように泣き続ける主人を、リアは抱きしめ、宥めていた。
こんなに大声で泣いていては、頭の傷に響いてもっと悪くなってしまうのではないかと心配だ。
それにリアは、この状況にかなり混乱してもいた。
リアが少女の頃からお仕えしてきた公爵令嬢コンスタンスは、本来こんな子供のような泣き方をする人ではない。
いつも冷静で完璧な淑女である主人は、多分声を殺して静かに泣く。
しかもそれを人に見せることはなく、一番側近くに仕えるリアでさえ、主人が涙を流すのを目にしたのは何年も前のことだった。
背中をさすって宥め続けていると、漸くコンスタンスの泣き声がおさまってきた。
泣き過ぎたせいかしゃくりあげているので、そのまま優しくさすり続ける。
「…ごめんなさい…」
やっと落ち着いたコンスタンスは、リアからそっと離れ、彼女の顔を見上げた。
「あたま、いたかったの。知らないおじさまが入ってくるから、私、びっくりしちゃって」
「…おじさま…?」
コテンと首を傾げ、丸い目で見上げてくるコンスタンスに、リアは息を飲んだ。
「あのおじさま誰?どうして私の名前知ってるの?あと…、ここはどこなの?」
立て続けに質問しながらキョロキョロと周りを見回すコンスタンスに、リアは目を見張る。
漸く彼女は、主人の泣き声以外の違和感に思いが至った。
目覚めた時から、コンスタンスはまるで少女…というより幼女のような仕草を見せる。
突然起き上がろうとしたり、落ち着きなくキョロキョロと見回したり。
そして、こんな子供じみた話し方をする人でもない。
「奥様…、私のことがわかりますか?」
リアは恐る恐るたずねてみた。
コンスタンスはコクリと頷きながら答える。
「リアなんでしょ?」
しかしホッと胸をなでおろしたリアに、彼女は幼女のように唇を尖らせた。
「でもリアならどうして私をお母様みたいに呼ぶの?」
「…お母様みたいに?」
「奥様って何?すっごく変だわ」
「だってそれは奥様が…」
主人の嫁入り先に侍女としてついてきたリアに、これからは『奥様』と呼ぶようにと指示したのは他ならぬコンスタンスだ。
侯爵夫人となったのに、いつまでも『お嬢様』ではおかしいと。
唇を尖らせ膨れっ面をしている主人に、リアは目を見張った。
それはもう何年も前の…、リアがコンスタンス付きの侍女になったばかりの頃によく見ていた表情だったから。
「コニーお嬢様…」
ポツリとこぼした呼びかけに、コンスタンスが白い歯を見せた。
それもまた、かつてリアがよく目にした主人の笑顔だった。
その後、医師に診察を受けている間に、両親と兄が駆けつけてきた。
「コニー!」
「コニー!ああ、良かった!」
口々に名を呼びながら、3人が走り寄り、コンスタンスをそっと抱きしめる。
本当は可愛い娘を思い切り抱きしめたいところだが、頭を打っているため、これでも気遣っているのだ。
最初は目を覚ました喜びでいっぱいだった両親は、コンスタンスの異変に気づかない。
だが、気分は悪くないか、他に痛いところはないか、などたずねているうち、だんだんとその違和感に戸惑いが生まれてきた。
少女期の何年もをお妃教育に費やしたコンスタンスは、完璧な淑女へと成長していた。
そしてそれは王太子との婚約が解消され当時ヒース侯爵となったばかりのオレリアンに嫁ぐ頃も顕著に表れていた。
優雅で美しく。
何があろうと常に凛として。
周囲が騒がしかろうと、いつも冷静沈着に。
だがその実、喜怒哀楽に乏しく、本音を表に出さない公爵令嬢として。
それは、実の家族である両親や兄にも同じ態度で、3人はそれを寂しく思い、また常々、彼女をそんな境遇に追いやらざるを得なかった自分たちに非があると悔やんでもいた。
それなのに…、今目の前にいるコンスタンスはどうだろう。
「お父様!お母様!お兄様!」
3人の姿を目にして明らかに喜色の色を浮かべ、声をあげ、両手を広げている。
一方コンスタンスは走り寄ってくる両親が少し年をとっているようにも見えたが、自分に抱きついてくる両親の勢いに違和感は一瞬頭から飛んでいた。
だが、さすがに両親の後ろからヒョイッと現れて自分に抱きつこうとしている青年には……、引いた。
兄かと思って抱きつきそうになったが、どさくさに紛れて何してくれるんだ、このおじさまは。
急に引っ込んだ両手を見て、彼は悲しそうにコンスタンスにたずねた。
「コニー、お兄様にはハグしてくれないのかい?」
お兄様ですって⁈
なんて図々しい!!
こんなおじさまが兄のわけはない。
コンスタンスは警戒と不審の目を向けると、兄だという男にたずねた。
「おじさま……、誰?」