蜜月、やりなおし⑤
森を抜けると、目の前には大きな湖が広がった。
「うわー、綺麗!旦那様の目の色みたい!」
馬から下ろしてやると、コンスタンスは靴を脱ぎ捨て、湖へ向かって走った。
躊躇することなく湖に足を踏み入れると、
「冷たい!」
と声を上げる。
膝の上までスカートを持ち上げてはしゃぐ妻の姿に目を細めていると、
「旦那様も早く!」
とこちらに向かって手を振った。
オレリアンもブーツを脱ぎ捨てると、妻の元へ走り寄る。
「気持ちいい!ね、旦那様!」
「ああ!……そらっ!」
オレリアンは妻を軽々と抱き上げると、水の中でくるくると回った。
コンスタンスがキャッキャと声を上げる。
だが、目が回ったのか、藻に足が取られたのか、オレリアンはバランスを崩し、コンスタンスを抱いたまま水の中に尻餅をついた。
「もー!旦那様ってば!濡れちゃったじゃない!」
「ハハッ!コニーはちょっとだろ?」
たしかに水深が浅いため、抱き上げられていたコンスタンスはそれほど濡れていない。
「でも旦那様が風邪ひいちゃうわ」
「日向に出てればすぐ乾くさ」
オレリアンは水に浸ったまま、妻を抱きしめ、微笑んだ。
「…コニー。私の…、いや、俺のことも、名前で呼んでくれないかな」
夫にそう言われ、コンスタンスは目を輝かせた。
「もちろんよ!…オレリアン…、様?」
「コニーに呼ばれる『旦那様』も『オレリアン』もいいんだけどね…。俺は実家では、両親や兄から『オレール』と愛称で呼ばれていたんだ」
「オレール!素敵ね!じゃあ私もオレール様って呼ぶわ!」
「…様は…、いらないかな」
「じゃあオレール!オレールね!」
コンスタンスはそう言うと夫の首に抱きついた。
「オレール!」
「うん」
「オレール!大好きよ!これからもよろしくね!」
「うん、こちらこそよろしく。コニー」
翌日も、またその翌日も、オレリアンはコンスタンスを連れて馬で出かけた。
今日は山へ、今日は草原へ、そして今日は街へ、という具合に。
朝のうちにいわゆるデスクワークは終わらせ、弁当持参で出かけるのだ。
領内の視察も兼ねているから、行く先々で領民に声をかけ、農作物の出来や、仕事の具合、生活の様子などを聞いたりもする。
3ヶ月前までのコンスタンスも領内を廻ってはいたから、多くの領民は侯爵夫人と話したことがある。
だが今回夫と一緒に廻る夫人は以前の彼女と違いすぎて、領民たちは少なからず戸惑った。
今回の夫人は挨拶のみで会話に入ってくることは無いが、とにかくいつも夫の隣でニコニコしている。
以前の彼女はいかにも貴婦人然としていたが、今の彼女は見るもの聞くもの何にでも興味を示し、キョロキョロしたり触ってみたり食べてみたり…、なんというか、子供の様だ。
だがヒース侯爵はそんな妻をさも愛おしそうに見つめ、その睦まじい夫婦の姿は、やがて領内の名物にまでなった。
オレリアンは馬で出かけない日も、仕事が終われば妻を誘って庭で遊んだりカードゲームをして遊んだ。
使用人たちは皆そんな2人をあたたかく見守り、毎日、ヒース侯爵邸に笑いが絶える日はなかった。
こうしてオレリアンは毎日飽きることなく、幼妻(中身)の相手をして過ごした。
コンスタンスはよく食べ、よく学び、よく遊んで、楽しい毎日を送っている。
そして夜も。
コンスタンスは夫の腕枕で、毎晩健やかに眠っている。
一度別々の部屋で寝もうとしたら泣かれたため、オレリアンは諦めた。
オレリアンの寝不足の日々は続く。




