蜜月、やりなおし①
再び三人称になります。
田園風景を抜け、ヒース侯爵邸の門をくぐると、馬車はまた邸までの長い一本道を走る。
「すごいわ旦那様!侯爵邸はすごく広いのね!……あっ、見えて来たわ!」
馬車の窓から邸が見え、コンスタンスは目をキラキラ輝かせた。
馬車が停車すると急いで降りようとするから、オレリアンは慌てて手を彼女の腰に回す。
「こらコニー。レディは先に降りちゃダメだよ」
オレリアンがそう耳元で囁くと、コンスタンスは彼を振り返り、
「そうだったわ」
と戯けた顔をした。
馬車を降りる時は紳士が先に降りて、レディに手を差し伸べるべきだと、マナー教育で習ったばかりだったのに。
コンスタンスに頷いて見せると、オレリアンは先に降りて手を差し伸べた。
しかしコンスタンスは馬車の扉から彼に向かって両手を広げた。
「奥様は抱っこをご所望なのかな?」
オレリアンは少し困ったように首を傾げた。
ずっと狭い馬車内で寄り添っていたためか、コンスタンスは夫と触れ合うことに全く抵抗感がなくなっているようである。
手を広げて抱っこをせがむ妻に、オレリアンは照れるように少し頰を赤らめ、そしておずおずと両手を差し出した。
中身は7歳の少女だと理解はしていても、見た目は大人の女性なのだから困ってしまう。
所謂お姫様抱っこで妻を抱き上げると、邸の方へ体を向ける。
邸の玄関の前には、主人夫婦を出迎えるため、使用人たちが勢揃いして待っていた。
その目は皆、あたたかい。
マテオが、使用人たちが今のコンスタンスを見て驚かないように、そしてそんな使用人たちを見てコンスタンスが悲しまないように、あらかじめ今の状態を伝えておいたのである。
元々使用人たちは皆優しい侯爵夫人を慕っていたため、どんな状態の彼女でも受け入れる覚悟でいた。
いつだって毅然としていた侯爵夫人が夫に甘えている姿に驚きはするものの、とにかく彼女が無事で、2人仲良く自領に帰って来たことを心から歓迎していた。
それに、驚くと言えば…。
使用人たちは今まで仕えてきて、オレリアンのあんな嬉しそうな顔は見たことがない。
時々領地を訪れる若い主人は怖い人ではないが、いつも難しい顔をして、使用人たちに心を開くこともなく、また王都へ戻ってしまっていた。
だが今、いかにも愛おしそうに妻を抱き上げ輝かんばかりの笑顔を向ける主人は、まるで恋する若者そのものだ。
軽々と妻を抱き上げて邸のエントランスまで来たオレリアンは、出迎える使用人の前で彼女をおろした。
「コニー。この邸で働いてくれている使用人たちだよ」
オレリアンがそう言うと、コンスタンスは可愛らしくカーテシーをして見せた。
「コンスタンスです。どうぞよろしく」
可愛らしい挨拶に使用人たちは
「奥様!お待ちしていました!」
と拍手をして歓迎の意を称したが、コンスタンスの後ろにいた侍女のリアは
「お嬢様、目下の者にカーテシーはいけませんよ」
と注意していた。
「しまった」とばかりにコンスタンスが小首を傾げると、また使用人たちがその可愛らしい仕草に沸く。
オレリアンに至っては目尻を下げて妻の姿を見つめている。
「さあさあ、お二人とも早くお入りください」
マテオに促され、オレリアンはコンスタンスの手を引いて邸の中に入った。
邸内は隅々まで手入れが行き届き、あちこちに花が飾られている。
今までの訪問では気づかなかったが、使用人たちがどれだけあたたかく2人をもてなしてくれているのかわかる。
「訪問ではない…、帰って来たのだな…」
オレリアンは誰に聞かせるともなく呟いた。
今までヒース領に来る時は、まだまだ自分はお客のような気持ちで来ていたのだと思う。
どうしてもまだ押し付けられたような感覚があり、ここが自分の領地だと自覚出来ていなかったからだ。
でもこれからは、ここはヒース侯爵の自領にある本邸であり、オレリアンとコンスタンスの故郷になるのだ。
「今夜の晩餐は、料理人が腕によりを掛けてお待ちしておりましたよ」
マテオにそう言われ、コンスタンスは目を輝かせた。
「さっき見たコーンもあるかしら?ねぇ、旦那様!」
「ああ、きっとあるよ」
オレリアンは新妻に優しく微笑むと、そっとその手を握った。




