回想、オレリアン⑮
「コンスタンスッ!!!」
俺は跳ね飛ばされた彼女に走り寄った。
彼女は頭から血を流し、道路脇に横たわっている。
彼女の息と胸の動きを確認し、生きていることはわかった。
ああ、良かった…。
彼女は、生きている。
俺は自分の震える手を励まし、彼女の頬に手を添えた。
どこを打っているかわからないため、すぐに抱き上げたり持ち上げたりするのは危険だ。
御者が邸から人を呼んできて、コンスタンスは担架に乗せられ、邸内に運び込まれた。
医師の診察が終わるまでの間、俺は祈り続けた。
どうか、どうか彼女の命を助けてください。
どうか、体も無事でありますように。
何の落ち度もない彼女が不幸な結婚をした挙句、夫の元恋人を庇ってどうにかなってしまうなど、そんなこと、絶対にあってはならない。
もしも叶うなら、どうか、俺を身代わりにー。
幸い、というか奇跡的に、コンスタンスは擦り傷程度の軽傷で済んだ。
彼女自身の体の柔らかさも手伝ったのだろうと言う。
俺には馬車に跳ね飛ばされて宙に舞ったように見えたが、実際は彼女自身が馬車を避けるように飛び退いたのかもしれない。
後でコンスタンスの兄エリアスに聞いた話では、彼女は今でこそお淑やかな貴婦人だが、少女時代からかなり身体能力は高かったそうだから。
これが、コンスタンスが事故に遭うまでの顛末だ。
頭を打った彼女は眠り続け、俺はずっとその傍らでまた祈り続けた。
どうか、どうか元気なコンスタンスに会えますようにと。
しかし3日後に目を覚ましたコンスタンスは7歳の女の子に戻っていて、俺の存在はすっかり無いものになっていた。
彼女の中から、俺が消えたのだ。
当然、俺の謝罪も、俺が彼女と夫婦としてやり直したいと言う気持ちも伝えられないまま。
7歳までの記憶しかない彼女は、結局実家のルーデル公爵家に引き取られることになった。
俺はその間、何度も彼女への面会を申し入れるために公爵家に足を運んだ。
このまま離縁するなど、到底受け入れられなかった。
彼女は俺の、妻なのだから。
ルーデル公爵家に足を運ぶ一方、俺は水面下で義母との絶縁を模索していた。
事故前に、俺がコンスタンスを迎えにヒース侯爵領へ行っている間、たしかに義母は侯爵邸を一度は出ていた。
郊外に義母用の家を用意し、マテオに命じて送らせていたからだ。
だが、事故後、俺がルーデル公爵家に足繁く通っている間、義母は何度も侯爵邸に戻って来ていた。
完全に縁を切らない限り、彼女はこれからも我が物顔でヒース侯爵家に出入りするに違いない。
俺はルーデル公爵家にやっと許しをもらってコンスタンスをヒース領に伴う前日、絶縁状を持って義母カレンを訪ねた。
俺とは赤の他人であり、この先未来永劫、ヒース侯爵家とカレンは一切関わりが無いという絶縁状を。
カレンは怒り狂ったが、何を叫んでもそれが覆ることはない。
だいたい、カレンは義父の後妻に過ぎず、元々ヒース侯爵家とは何も関係はないはず。
しかもその絶縁状には、ルーデル公爵家当主、そして、王太子のサインまであったからだ。
カレンの実家はダドリー男爵家といい、現当主は彼女の兄だった。
俺はカレンがヒース侯爵家の金を使い込んでいること、俺宛の手紙類を盗んでいたこと、数え上げればきりがないそれらの悪事を突きつけ、ダドリー男爵に絶縁状にサインさせた。
その上で義父であるルーデル公爵と、公爵を通じてフィリップ王太子にサインを頼んだ。
コンスタンスの未来に影を作る存在を排除出来るなら、彼女のかつての婚約者を利用することさえ、厭わないと思った。
そして、王太子と公爵のサイン入りの絶縁状を突きつけ、ダドリー男爵にカレンの引き取りを命じた。
おそらくカレンはダドリー男爵領の邸に閉じ込められ、二度と王都に戻れる日は来ないだろう。
こんな簡単なことだったのだ。
俺さえ、しっかりしていたなら。
それから、セリーヌの実家と、彼女の夫であるノントン子爵にも抗議文を送った。
しっかりセリーヌを監督してほしいと。
慰謝料を請求しないかわりに、二度と俺たち夫婦の前に姿を現さないよう、子爵家に縛り付けておくようにと。
やっと憂いのなくなった俺は、なんとかルーデル公爵の許可を得て、コンスタンスを迎えに行った。
そして、可愛い7歳の妻を伴い、ヒース侯爵領へ向かったのである。




