回想、オレリアン⑫
邸に戻ると、コンスタンスは一通の封筒を俺の前に差し出した。
今俺たちは執務室で向かい合って座っている。
テーブルの上に差し出された手紙を手に取り、俺はたずねた。
「これは?」
「私に送られてきたものです。差し出し人はルーデル公爵夫人…、つまり私の実母になっておりますが、この字は母のものではありません。それに、ルーデル公爵家からのものなら公爵家の封蝋があるはずです」
「…どういうことですか?」
「…どうぞご覧になってください」
俺は封筒から手紙を取り出した。
そして1枚目にサッと目を通し、愕然とした。
急いで2枚目も読むと、さらに驚くような内容が書かれている。
1枚目にはこう書かれてあった。
『コンスタンス様
何も知らない貴女が哀れと思い、この手紙を同封します。カレン』
義母カレンである。
そして、2枚目。
『貴方に会えなくなって、どんなに貴方を愛していたか思い知りました。私はなんて愚かだったのでしょう。私たちの間には真実の愛があったのに、何故私は貴方を諦めてしまったのでしょう。
ああ、愛しています、オレリアン。
どうか貴方も、あの日々を同じように思ってくださいますように。
親愛なるオレリアンへ
貴方のセリーヌより』
3枚目…。
手紙を開く俺の指が震える。
『ここは、毎日退屈で死んでしまいそうです。
ああ、オレリアン。
どうか、どうか私を早く迎えに来てください。
親愛なるオレリアンへ
あなたのセリーヌより』
「なんだ、これは…」
俺は手紙をぐしゃりと握りつぶし、頭を抱えた。
これは、かつての恋人セリーヌが俺宛に綴った手紙。
しかも、書かれたのは極最近のことだろう。
そして義母が、それをコンスタンス宛に送ってきたものだ。
要するに、義母はコンスタンスから俺への手紙を捨てさせていただけでなく、セリーヌが送ってきた俺への手紙も盗ませていたのだ。
こうして嫌がらせをするために。
封筒の消印は4日前。
俺たちが義母の企みに気づいた日だ。
おそらくあの日、義母はマテオたちの来訪を知り、追求される前に手紙を送ったのだろう。
それから、セリーヌだ。
俺を捨てて裕福な子爵家に嫁いだくせに、今更なんだと言うのだろう。
夫がいながらこんな恋文のようなものを書くなど、まさか、こんな愚かな女だとは思わなかった。
まんまと、義母の悪巧みに利用されてしまったではないか。
「王命で不本意な結婚をさせられただけじゃなく、私のせいで、恋人と破局にまで追い込まれていたのですね」
頭を抱える俺に、コンスタンスが声をかけた。
頭を上げれば、彼女の、悲しげな顔が目に飛び込んでくる。
「違うんです、これは…」
「私はなんて罪深いのでしょうね。この上は旦那様と離縁して、セリーヌ様に旦那様をお返しして差し上げるほかございません」
「何を言うのです!離縁だなどと…!」
俺は立ち上がり、声を荒げた。
彼女がビクリと怯えたように見上げるので、またしおしおと腰掛ける。
「離縁だなどと…。冗談でも言わないでください」
「冗談ではありませんわ。私とてよくよく考え、やはりそれが一番良い結論だと出した答えですの」
彼女が疲れたように小さく微笑む。
おそらくあまり眠っていないのだろう。
いつものように姿勢はシャンとしているが、その顔には明らかに疲れが滲んでいる。
その顔を見て、俺は胸の奥がギュッと抉られるような感覚を覚えた。
彼女にこんな顔をさせているのはどこまでも不甲斐ない俺なのだから。
「…待ってください。私は貴女と離縁しようなどとこれっぽっちも思っていない。これは誤解なのです。全て義母の思惑で…」
「ええ。お義母様はきっと私が気に入らないのでしょうね。ずっと侯爵領に閉じこもったまま、侯爵夫人としての務めも果たさないのですもの」
「いいえ、義母はただ私を支配したいだけなのです。それに私は、貴女がここで立派に務めていることを知っています。全ては至らぬ夫である私が原因であることも。どうか、私の話を聞いてください、コンスタンス」
懇願するように彼女の顔を見つめると、彼女は憐れむような目で俺を見た。
「1年以上白い結婚であることは、離縁の理由に出来るそうです」
「…白い結婚…」
思わぬ言葉に、俺は息を飲んで目を見開いた。




