回想、オレリアン⑪
すまない、コンスタンス…。
愚かな俺は、1年近くも新妻コンスタンスを放置していた。
義母が手紙を隠していたとか、彼女が自分を嫌っていると思い込んでいたとか、言い訳にもならない。
逸る思いを胸に、俺はダレルとセイを伴い、馬でヒース領に急いだ。
とにかく今は、一刻も早くコンスタンスに会い、そして謝罪したかった。
あの手紙を読んで思い知った。
彼女は俺を下位貴族出身だなどと見下してはいなかった。
金や爵位狙いで結婚する浅ましい男だと、蔑んでもいなかった。
でも、だとしたら…。
俺がこの結婚を『不本意な結婚』と断じた時、彼女はどう思ったのだろうか。
結婚後すぐに領地に送り、初夜も放っておかれた時、どう感じたのだろうか。
1年近くも領地に放置され、手紙さえ送らない夫に、どんな思いを持っていたのだろうか。
胸が、抉られるようだー。
こんな冷たい夫を、彼女は許してくれるだろうか…。
ヒース領に入り、馬で畑の中の道を駆けていると、向こうにコンスタンスらしき貴婦人が立っているのが見えた。
馬を降り、近づいていく。
彼女は侍女に日傘を差しかけられ、農民数人と談笑している。
その微笑はたしかに貴婦人のそれであるが、その目には慈愛がこもっている。
本当に、俺は彼女の何を見ていたのだろう。
何故、この笑みを『貼り付けたようだ』などと思ってしまったのだろうか。
そっと近づいて行くと、足音に気付いた彼女が振り返った。
まさか、突然俺が現れるとは思っていなかったのだろう。
俺を目にした彼女はその翠の目を見開き、絶句した。
「ただいま、コンスタンス」
俺がそう声をかけると、彼女はさらにその目を大きく見開いたが、すぐに自分を立て直し、
「おかえりなさいませ、旦那様」
と軽く会釈した。
顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「コンスタンス。迎えに来ました」
そう言うと、不思議そうに首を傾げる。
「一緒に、王都に帰りましょう」
「王都に?」
「ええ。王都に貴女を連れ帰るため、迎えに来たのです。でもその前に今は、貴女に聞いて欲しいことがたくさんあります」
「わかりました」
僅かだが、彼女が俺に微笑んでいる。
俺は胸がいっぱいになった。
まずは邸に戻ったら、今までのことを謝罪し、許されるなら、一から夫婦としてやり直したいと告げよう。
そして、一緒に結婚1周年を祝いたいと願おう。
「では、またね」
コンスタンスが農民の子供に声をかけた。
彼女が頭を撫でてやると、子供は嬉しそうにニカッと笑う。
彼女も目尻を下げ、手を振って去って行く子供に小さく手を振った。
「…子供が好きなのですか?」
「ええ。子供たちの笑顔を見ていると癒されますわ」
「…そうですか」
子供か…。
胸の奥が、微かに痛む。
俺たちは夫婦でありながら、子供を望むような関係にすらなっていない。
俺は引いていた馬の手綱をダレルに渡し、彼女に手を差し出した。
邸までの道を、エスコートしようと思ったのだ。
でも彼女は手を出さず、少し困ったように微笑んだ。
「…コンスタンス…?」
俺の手は宙に浮いたまま。
彼女はその手を見ながら、躊躇うように口を開いた。
「実は私も、旦那様にお願いがあったのです」
「お願い?何をですか?」
「…邸に、戻ってから話しますわ」
「…?気になるので、話していただけますか?」
これまで何一つねだらなかった彼女が願うことなら、なんだって叶えてあげたいと思う。
そんな気持ちで、俺はたずねた。
だが、彼女の次の言葉は俺の浅はかな思いなど打ち砕くような言葉だった。
彼女は俺の目を真っ直ぐ見て、こう言ったのだ。
「旦那様。私と離縁してくださいませ」
と。




