回想、オレリアン⑧
コンスタンスの19歳の誕生日が近づき、俺は彼女に誕生日プレゼントを贈ることにした。
いくら気持ちが通じ合わず音信不通の妻とはいえ、書類上は紛れもなく妻なのだから。
当たり障りのないものを、と思い、俺は彼女の瞳の色に似たエメラルドのネックレスを贈った。
だが、彼女からは礼状のひとつも届かなかった。
どうやらお気に召さなかったらしい…、と、俺はそう思うことにした。
俺にしたって、誕生日プレゼントなんて社交辞令のようなものだった。
まぁ、宝飾店に赴き、自ら選ぶくらいはしたのだが。
ジェドとマテオからの文には、仕事の記述以外に時々『奥様はお健やかにお過ごしです』などの文言があった。
だから俺は、彼女が領地の暮らしにそれなりに馴染んでいるようで、ある程度安心していた。
しかし、いつ頃からだっただろうか…、2人からの報告に、だんだんと違和感を感じることが多くなった。
明らかに、コンスタンスから俺に連絡を取っているようなニュアンスの記述があるのだ。
『奥様からもお知らせしたと思いますが、今年は麦が豊作で…』
とか、
『奥様がお贈りになった皮の手袋はお使いになってますでしょうか?』
とか、
『奥様がお願いされた本はなかなか手に入らないのでしょうか?』
とか…。
最初は何かの間違いか、マテオたちの勘違いかと思って放置していた。
問いただせば、かえってコンスタンスが夫に手紙の一通も、プレゼントの礼状も出さない冷たい女だと披露するようなものだと思ったのである。
だから特に調べもせず、ダレルに調べさせることもしなかった。
だが、それも俺の鈍感で独善的な性格が招いた間違いだった。
とうとうマテオが怒って領地から王都に出てきたのだ。
「私クビを覚悟で旦那様をお諌めに参りました!」
と息巻きながら。
マテオは元々伯父の代から仕えていた執事で、養子に入った俺とは関わった年月も浅い。
俺が領主になってからのマテオはほとんど領地にいて王都には時々しか来ないため、余計に俺とは滅多に顔を合わせなかった。
だが、突然一介の騎士から領主になってしまった俺を支え、導いてくれているので、その仕事ぶりから彼の有能さは十分わかっている。
マテオは、敢えて今まで俺の私生活には全く口を出してこなかった。
セリーヌと破局した時も、義母が俺に言い寄っていることも知っているだろうに見て見ぬ振りを貫いていた。
そこには、仕事上はともかく、俺との信頼関係がきちんと築けていなかったこともあるだろう。
いつまでも伯爵家に馴染めなかった俺自身にも問題があるのだが、養子に入った俺としては、負い目もあり、使用人にも下に見られているような卑下する気持ちがあったのである。
「新妻を1年近くも領地に放置し、手紙も寄こさず、いたわりの言葉さえ無いとは何事ですか!」
それがマテオの言い分だった。
うん、いちいちもっともな意見だと思う。
俺の背後で、ダレルも苦笑している。
俺は執務室で向かい合って座り、マテオに説教されていた。
マテオの隣には彼の長男で、執事見習いのセイも座っている。
セイはマテオよりも王都と領地の間を頻繁に移動し、連絡係的役割も果たしていた。
ところで義母カレンは、朝から侍女を伴い、またどこかへ出かけているらしい。
「主人のプライベートなことと、私は今まで口を挟まず我慢して参りました。旦那様にだって、人に言われぬ複雑な想いもあったことでしょう。でもあなたは一体、いつまでそうして悲劇のヒーローみたいな顔をなさっているのですか?」
マテオに苦言を呈され、俺は眉をひそめた。
言われていることはわかるが、俺は別に悲劇のヒーローぶっているつもりはない。
「私は1年近く奥様にお仕えし、素晴らしい方であると尊敬しております」
まぁ、彼女が素晴らしい女性であることは俺だって知っている。
何せ彼女は10年近くもお妃教育を受けた貴婦人なのだから。
「使用人たちには分け隔てなく接し、いつも下の者を気遣ってくれています。食事にも生活にも何の不平不満も言わず、毎日穏やかにお暮らしいただいてもおります」
「それはそなたたち使用人たちが有能で文句をつける隙も無いからだろう?」
「領地を散策されては領民に声をかけ、何か困っていることはないかと聞いていらっしゃいます」
「彼女は本来なら王妃になられる方だったからな。下々を気にかけるのは身についているのだろう」
「最近ではジェドも私も、領内の作物の栽培や加工品、森林利用の計画から、商人との取引まで、旦那様に報告を上げる前に奥様に色々相談させていただいております。いつも真摯で的確なお返事をいただき、その博識に舌を巻いております」
「彼女は上に立つ者として政治も産業もありとあらゆるものの最高レベルの教育を受けているんだ。それもまた然りだろう」
俺が答えるたび、マテオの眉が吊り上がり、口角が下がっていくのがわかる。
「奥様は教会や孤児院への慰問も積極的に行っております」
「それはやはりお妃教育で…」
「旦那様!!」
とうとうマテオが立ち上がり、大声を上げた。




