回想、オレリアン⑦
そうしてコンスタンスをヒース領に置き去りにしたまま、あっという間に1年近く過ぎていた。
領地の方はジェドが滞りなく治めてくれているようで、最近ではコンスタンスが相談に乗ってくれたり意見を出してくれたりもするのだと言う。
彼女はあらゆる教育を受けた優秀な人間であるから、的確な助言を与えてくれるのであろう。
領地内を散策したりもしているらしいし、使用人たちともそれなりに信頼関係を築いているのかもしれない。
俺としては、傷ついた彼女が田舎のゆったりとした暮らしに癒されてくれればいいと思っている。
それでも、たまには顔を出すようにとジェドからもマテオからも再三言われている。
それに、彼女が王都から離れることには賛成したルーデル公爵家も、俺が領地に赴かずコンスタンスを放置していることに、かなり怒っているようだ。
まぁ、実家としては当然の思いだろう。
俺とて決して妻の存在を忘れているわけではないのだが、騎士団の方も忙しく、なかなかまとまった休みが取れない。
それに、彼女だって俺と一緒にいるのは嫌なのではないか?
もちろんあの完璧なお姫様は顔に出したりはしないだろうが。
…と、言い訳にもならないことを考えてみる。
まぁ、そろそろ彼女だって、田舎の暮らしに飽きてきている頃かもしれない。
いい加減、訪ねてみるべき頃合いかもしれない。
ある日仕事から帰って来ると、エントランスで商人とすれ違った。
「また大奥様か?」
ダレルが舌打ちし、苦虫を噛み潰したような顔になる。
義母のカレンは邸に商人を呼んでは装飾品を持って来させたり、職人を呼んでドレスを作らせたりしている。
義母には義父の遺産がかなり入ったはずだが、それでも、最近はヒース侯爵の名前で買い漁っているからタチが悪い。
「いい加減、ガツンと言わないとダメだな」
俺が義母の部屋を訪ねると、義母は上機嫌で部屋に招き入れようとした。
もちろん、入ったりすることは絶対にない。
「義母上、また何か買ったんですか?」
扉の外に立ったままそう聞くと、義母は嬉しそうに青く光る耳飾りを見せた。
「見てオレリアン。素敵でしょう?サファイアよ。貴方の目の色みたい」
うっとりと耳に手をやり俺に見せつけてくるが、その大ぶりの宝石はかなり値が張るものだろう。
「義母上。まさかまた私の名前で買ったわけじゃありませんよね?」
俺が冷ややかに問いただすと、義母は全く悪びれもせず、
「もちろんあなたの名前よ。だって夫の遺産なんてたかが知れてるもの」
と言いのけた。
俺はため息をついて、額に手をやった。
義父が義母名義で遺した金はかなりあったはずなのに、最近彼女は俺の名前を出し、ツケで高価なものを購入している。
俺の秘書的な役割も果たしてくれているダレルが、『毎日のように請求書が届く』と頭を抱えていた。
「いい加減散財はやめてください。もうヒース侯爵の名前ではツケが効かないよう手配しますから」
俺が強めにそう言うと、義母は扉に寄って来て俺の腕に手を添えた。
「そんなケチなこと言わなくてもいいじゃない。親孝行だと思えば安いものでしょう?公爵家からたくさん持参金をもらったんだもの、このくらいで文句言わないでよ」
俺は義母の手を振り払った。
「あの金はコンスタンスのために使うべき金です。決して貴女の散財に使う金ではない」
「誰のおかげで侯爵になれたと思ってるのよ!元はと言えば、伯爵家の養子に入ったからでしょう?恩返しだと思いなさいよ!」
何か注意されるとすぐヒステリックになる義母を、俺も威圧的に見下ろした。
今までも義母の散財については注意してきたが、彼女はこうして逆上するので、いつもうんざりしていたのだ。
「少なくとも義母上のおかげではありません。元々養子の件は伯父と俺の父が決めたことだし、伯父…、義父と俺は血が繋がっているんだから」
義父は義母が困らない程度以上に遺しているはずだ。
たしかに義父には感謝している。
だが、義母に感謝する謂れは全くない。
それに、コンスタンスの持参金は王家からの慰謝料も含まれており、全てコンスタンスのために使うべき金だ。
結局は俺がヒステリックに泣き叫ぶ義母を面倒に思って放置したことが、どんどん彼女をのさばらせる結果に繋がっている。
「次にヒース侯爵の名前で何か買おうとした時には、今度こそ出て行ってもらいます」
冷ややかにそう告げると、義母は眉を吊り上げて俺に掴みかかろうとした。
もちろん軽く避けてやったが。
「オレリアン!」
「追い出されたくなければ大人しくしていることだ」
睨みをきかせながら告げると、俺は義母に背を向けた。
まだヒステリックに何か叫んでいるが、知ったことか。




