ある日、目が覚めたら①
「奥様、ご気分はどうですか?」
傍の女性の問いにコンスタンスは無言で首を横に振ろうとしたが、少し頭に痛みが走って顔を歪ませた。
「ああ、まだ動いてはいけません」
女性が気遣わしげに声をかける。
「ああ、でも本当に良かった…。奥様がご無事で。本当に、本当に良かった…」
女性は躊躇いがちにコンスタンスの右手を取ると、自分の両手で包み込み、その甲に頬ずりした。
涙が止めどなく溢れ、コンスタンスの右手を濡らしていく。
コンスタンスは訳もわからずされるがままになっていたが、頭の中はぐるぐると今の状況を考えていた。
…無事?
…奥様?
…どういうこと?
昨日フィリップ殿下との婚約が整って。
お父様、お母様、それからお兄様とお祝いをして。
明日からお妃教育が始まるのだから早めに寝なさい、と言われて。
寝て起きたら、見覚えのあるようなないような女性が泣いているんだもの。
コンスタンスは注意深く女性の顔を見つめた。
(…うん。やっぱり似ているわ)
コンスタンスは呟くようにある名前を口にした。
「…リア…?」
「…はい、お嬢様」
女性が泣きながら微笑む。
(え?本当にリアなの?)
コンスタンスがリアの顔を凝視する。
コンスタンスの知る侍女のリアなら、まだ20歳前だ。
でも今目の前にいる女性はどう見てもコンスタンスの母よりも年上に見える。
それにさっきから『奥様』と連呼しているが、『奥様』とはコンスタンスの母親で公爵夫人のことではないか。
「リア…。どうして急におばさんになっちゃったの?どうして私をお母様だと思ってるの?…私はコニーよ?」
コンスタンスは家族や近しい人から『コニー』と愛称で呼ばれている。
侍女のリアからも、『お嬢様』、もしくは『コニーお嬢様』と呼ばれていたはずだ。
「奥様…?」
コンスタンスの言葉に、リアが戸惑うように瞳を揺らした。
「だから、奥様じゃないって…。……っつうっ!!」
リアを見つめながら体を起こそうとすると頭に激痛が走る。
「ああっ!動いてはいけません、お嬢様!」
「痛い!」
リアに制止されたのに上半身を起こしたコンスタンスは、両手で頭を抱えた。
(……ん?)
手の感触で、どうやら頭に何か巻かれているのがわかる。
(…何これ?包帯?)
その時、バンッと部屋のドアが開かれた。
「コンスタンス!」
音がした方に目をやると、背の高い知らない男が自分の名を呼びながら走り寄ってくる。
「コンスタンス!気がついたのか⁈」
まるでリアを押しのけんばかりにベッド脇に立った男に、コンスタンスは怯えた。
「コンスタンス!」
全く知らない男が、自分の顔を覗き込む。
(……怖い)
知らず知らず、体が震え出す。
「…コンスタンス?」
そして男が手を伸ばしてきた時、彼女はとうとう我慢出来なくなってしまった。
触れられないようにその手を避け、しゃくりあげ始める。
「…っうっ、ひっく…っ、うっ…」
「…奥様!」
リアがコンスタンスの体をそっと抱きしめる。
あたたかいその胸に、コンスタンスはしがみついた。
「う、うわーん、あーん」
声をあげて泣き始めたコンスタンスに、その男…、オレリアンは狼狽えた。
妻のこんな取り乱した姿を目にしたのは初めてだったから。
だが。
自分を見て怯えるのも、触れられたくないのも、当然のことと言える。
彼女をこんな目に遭わせたのは自分のせいなのだから。
「奥様はまだ混乱しております。どうか、もう少しそっとしておいてあげてくださいませ」
コンスタンスを抱きしめながら睨むように見上げた侍女に、オレリアンは鷹揚に頷いた。
そして、そっと部屋を出て行ったのだった。