回想、オレリアン①
この章はオレリアンの一人称です。
「ねぇ旦那様!あれは何?」
「ああ、あれは窯だよ。陶器を焼いているんだ」
「ねぇ、あれは?あれは何の畑?」
「あれはコーンだよ。この辺りのコーンは甘くて美味しいんだ。これからたくさん食べられるよ」
「ほんと⁈」
「こら、危ない。落ちるぞ」
コンスタンスは馬車の窓から乗り出さんばかりに外の風景を眺めている。
そんな彼女を見ている俺はさっきからハラハラし通しだ。
だが、好奇心で目をキラキラ輝かせてはしゃいでいる彼女を見ていると、自然と頬が緩む。
一昨日の夜明け前に王都を出た俺たちの馬車は、なんとか暗くなる前にヒース侯爵領に入った。
領に入ったことを教えてやると、コンスタンスは窓に貼り付いてなんだかんだと質問してくる。
さっきまで俺に寄りかかって眠っていたくせに、元気なものだ。
今向かっているヒース領の邸宅の周りには、美しい田園風景が広がっている。
少し奥に行けば森や湖もあり、小さな街もある。
ここは、彼女が1年間暮らした場所である。
記憶が戻らないまでも、楽しんで過ごしてくれればいい、と思う。
こうして俺が領地に向かうのは3ヶ月ぶりだ。
前回はここから王都に戻る時、1年間領地暮らしをしていた妻コンスタンスを伴った。
今回再びコンスタンスを伴って領地に戻るが、邸宅の使用人たちはどんな反応をするだろうか。
皆、あまりにも変わってしまった侯爵夫人に驚くだろうか。
隣ではしゃぐ妻の横顔を見ながら俺は、あまりにも変化の大きかったここ数年間に思いを馳せていた。
◇◇◇
4年前ー。
俺が後に妻となるコンスタンスを初めて見たのは、近衛騎士として王宮の警護に当たっていた時だった。
国王の即位10周年記念の舞踏会が開かれており、王太子であるフィリップ殿下は婚約者を伴って出席していた。
当時15歳の、ルーデル公爵令嬢コンスタンスである。
王族特有の銀髪に翠眼の王太子に、やはり少なからず王族の血が流れている公爵令嬢。
若く美しい2人は当然のごとくその日の主役で、衆人の注目を集めていた。
王太子の傍らで凛と立ち、優雅な微笑みを浮かべている婚約者は、この後王太子妃となり、王妃となり、ああして一生他人の目を浴びて生きていくのだろう。
(大変だな…)
他人事ながら、そんな風に思ったのを覚えている。
ただ、気の毒とは思わなかった。
王太子と婚約者が、互いに想い合い、慈しみ合っているだろうことは、2人の様子から十分にうかがえたからだ。
優秀と誉高い王太子と完璧な淑女である公爵令嬢が手を携え、引っ張っていってくれるなら、この国の未来は明るい…と、参加している貴族は皆思っていることだろう。
そんな微笑ましい2人を眺めながら、俺も漠然と自分の恋人のことを考えていた。
(次回の舞踏会は、セリーヌをエスコートして参加出来たらな…)
と。
最近伯父の養子として伯爵家に入った俺は、近々恋人であるセリーヌにプロポーズするつもりでいる。
セリーヌの両親は、子爵家の次男で継ぐべき爵位がなかった一介の騎士の頃の俺は気に入らないようだったが、武勲を挙げて近衛騎士団に配属されると当たりが柔らかくなった。
そして、伯爵家の養子に入った途端、目の色が変わった。
あからさまな態度の変化にげんなりはするが、仕方がない、これが貴族社会というものだ。
まぁ、俺が一介の騎士だろうと、伯爵家の後継だろうと、セリーヌへの気持ちは変わらない。
明るく朗らかな彼女は、きっと喜んで承諾してくれることだろう。
その頃の俺は、自分の未来に光しかないと思うくらい有頂天だったのだ。
しかし、なかなか世の中そう上手くはいかないものらしい。
にわかに病を得た義父が急逝し、俺は突然伯爵家を相続することになった。
後継者としての日も浅く勉強が進んでいなかったため、それからの俺は騎士団の仕事と領地経営の仕事、そして貴族としての勉強で目も回る程忙しくなった。
幸い伯爵家にはマテオという優秀な執事がいて、俺は彼に支えられ、なんとか仕事をこなしていたが。
乳兄弟のダレルが常に側で助けてくれたのも、大きな力になっていた。
だが、義父が残していった若い後妻カレンもまた悩みの種となった。
年の離れた夫が物足りなかったのか、カレンは義父が元気なうちから何かと俺に擦り寄って来たのだ。
そして義父が亡くなってからの態度はあからさまで、恥ずかしげもなく俺に『好きだ』と伝えてきた。
平気で抱きついてきたり、部屋に押しかけられたりして、俺は四六時中自室に鍵をかけるハメになった。
書類上義母である彼女を追い出すわけにもいかず、ただ、避けることでわかってもらうしかない。
忙しい中、余計なことに頭を悩ませたくもなかった。
そんな有様だったから、セリーヌとの結婚話は必然的に後回しになっていた。
『きっとセリーヌならわかってくれる』
『きっと彼女なら待っていてくれる』
そんな根拠のない思い込みが、後々取り返しのつかない事態になるとは思わずに。




