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初恋、やりなおし③

「また公爵邸へ行くの?」

オレリアンが自邸を出ようとしているところへ声をかけてきたのは、義母にあたる、前伯爵夫人のカレンだ。

オレリアンが伯父である伯爵の養子に入る数年前、伯父は貧しい男爵家から若い後妻を迎えていた。

それがカレンであり、義母ではあるが、オレリアンとは6歳しか違わない。


「公爵様から離縁を勧められているのでしょう?持参金を返さなくていいとおっしゃっているのだもの。早く離縁して貴方もスッキリしたらいいのに」

そう言ってカレンはオレリアンの腕に自分の腕を絡めた。

どこで聞きつけたのか知らないが、金の話になると耳聡いカレンに、オレリアンは眉を顰める。


「そういうわけにはいきません。この結婚は王命ですし、縁あって夫婦になったのですから」

オレリアンは腕を引き抜こうとするが、カレンはさらに体を押し付けんばかりに腕を絡めてきた。

「貴方は真面目ね。ま、そういうところも良いのだけれど」

カレンが意味ありげに見上げてくるのを、オレリアンはスッと視線を避ける。


オレリアンはこの義母が苦手だ。

この、ねっとりと纏わりつくような視線も。

鼻をつくような香水の香りも。

伯父はお人好しだったから、彼女の本質を知らず、この妖艶な容姿に惹かれて後妻に迎えたのだろう。

オレリアンはこの女がどんな女か、少なくとも死んだ伯父よりは知っている。

オレリアンが愛した唯一の女性と破局したのは、カレンのせいでもあるだから。


伯爵家の養子に入る前のオレリアンは子爵家の次男であり、継ぐ爵位もない、ただの騎士だった。

当時彼には男爵家の令嬢でセリーヌという恋人がいたのだが、オレリアンの未来は平民同然であり、セリーヌに求婚しても彼女の親が許すと思えなかった。

だから、彼は騎士で身を立てようと、粉骨砕身働き、数々の武功を挙げたのである。


功績が認められてエリート街道である近衛騎士団に所属が決まった時は、これでセリーヌに求婚できると喜んだ。

しかもその後、オレリアンは伯父の養子になり、伯爵家に入ったのだ。

彼女もオレリアンを待っていてくれ、同じ方向を向いて歩いていくはずだったのだ、あの日までは。

だが、順調に進んでいたはずのセリーヌとの結婚に猛反対したのは、他ならぬ義母のカレンだった。

自分だって男爵家から伯爵家に嫁入りしたのに、男爵家のセリーヌを蔑んだのだ。


そうこうしているうちに義父が亡くなり、オレリアンは爵位を継いだ。

もちろん彼は、義父の喪があけたら正式にセリーヌに求婚するつもりだった。

ところがー。


喪があけるのを一緒に待っているはずだったセリーヌは、オレリアンの求婚を待たずに他の男に嫁いで行った。

オレリアンと同じ子爵家の息子で、友人だった男にだ。

その縁談をセリーヌの両親に持ち込み、上手くいくよう画策したのはカレンだった。

そして後から知ったことだが、カレンはセリーヌに嫌がらせもしていたらしい。

また、彼女にまるでオレリアンと自分が男女の仲であるかのようなことを匂わせてもいた。


たしかに、カレンは出会った頃から、年が近く美丈夫な義理の息子に執着していた。

特に伯父が亡くなってからは使用人の前でも平気でオレリアンにまとわりついていた。

すでに義父がいない伯爵邸で同居し、使用人の噂にもなれば、それは事実のようにセリーヌの耳にも入ったことだろう。


しかし、伯爵家を継いだばかりで騎士の仕事と領地経営に必死になっていたオレリアンは、忍び寄る悪意に気づかなかったのである。

伯母の誘惑は歯牙にもかけずにいたが、彼女が裏でしていた小細工には無頓着だったのだ。


恋人をなくし失意のオレリアンに届いたのは、今度は元王太子の婚約者で、公爵令嬢コンスタンスとの縁談だった。

王家からの命令に近い縁談であり、さすがのカレンも反対するわけにはいかない。

オレリアンに至っては、もうどうとでもなれという心境だった。

どっちにしろ拒否できない縁談であるし、婚約解消された令嬢と恋人に振られた騎士なんて、なんてお似合いの2人なのだろう。

形だけの…書類上の夫婦にはもってこいではないか。


やはり…というか、思っていた通り、格下の貴族に嫁いできた誇り高い公爵令嬢は、気高く、優雅で、そして冷たかった。

結婚と引き換えに金と身分を手に入れた夫を蔑んでいるようにも見えた。

あの、エメラルドを思わせる美しい翠眼で。


だからオレリアンは、色欲をまとった義母の目よりもさらに、妻の目が苦手になった。

決して彼女が嫌いなわけではない。

押し付けられた縁談ではあるが彼女自身も被害者で、気の毒だとは思う。

だが、どうしてもあの目が苦手なのだ。


そうしてオレリアンは、結婚後すぐ、妻コンスタンスを王都の侯爵邸ではなく、侯爵領にある別邸に住まわせることにした。

あの義母と妻を同居させたくはなかった。

それに王太子との婚約解消以来社交の場に出ないようになっていた妻にとっては、かえって王都を離れた方が落ち着いて暮らせるだろうと思ったのだ。

まだ騎士団に所属している自分は王都に住んでいるので、事実上の別居婚である。


「旦那様、遅れますよ」

護衛のダレルに声をかけられ、オレリアンは素っ気なく義母の腕を振り払った。

ダレルを伴い、侯爵邸を後にする。

今からまた、ルーデル公爵邸を訪問するのだ。


(今日も、会えるだろうか)

オレリアンはエメラルドのような翠色の瞳をキラキラさせていた少女の笑顔を思い出し、知らず知らず、口元を綻ばせていた。


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