7歳、やりなおし⑤
コンスタンスが実家であるルーデル公爵邸に戻って、2ヶ月が過ぎた。
記憶は戻っていないが、平和な毎日を送っている。
この2ヶ月、相変わらず3日に一度はオレリアンからプレゼントが届く。
最初花だったそれは、最近ではお菓子だったり、少女向けの絵本だったり、フィルと遊ぶ玩具だったりする。
コンスタンスは毎日幸せだった。
両親はこれでもかというほど甘やかしてくるし、兄のエリアスも勉強を見てくれたり遊んでくれたり、とにかく優しい。
邸の使用人たちも可愛がってくれるし、毎日元気に学んで遊んで、本当に楽しい毎日を送っている。
でも時々…、本当に時々なのだけれど、(私はこのままでいいのかな)と思うことがある。
本当に本当に信じられないけど、本当のコンスタンスはもう19歳の立派な女性だという。
それに夫だというあの人…、あの人は妻であるコンスタンスに実家に戻られて、どんな風に思っているのだろうか。
ヒース侯爵邸を去る日、あの日コンスタンスは父に一緒に帰ろうと言われ、帰ると即答した。
あの時は見知らぬ年上の夫と暮らすなど、考えられなかったから。
でもコンスタンスがそう答えた時、あの人はとても悲しそうな顔をした。
「私の…、旦那様…」
口に出してみると、不思議な感じがした。
王都でのルーデル公爵邸とヒース侯爵邸はわりと近い距離にあるらしく、オレリアンはちょくちょく公爵邸を訪ねてはコンスタンスに面会を申し込んでくる。
だが、相変わらず父はそれを拒み続けている。
たまにはプレゼントのお礼を言いたいと言うコンスタンスに、「そんな必要はない」とか「おまえが気にすることはない」などと言う。
だが、オレリアンからのプレゼントを捨てたりコンスタンスに渡らないようにするようなことはしないところが、父の人が良いところなのだろう。
これ以上オレリアンが娘に接触しようとするならコンスタンスを公爵領に行かせるなどと言っていたが、あれだってどこまで本気なのやら。
ただ、今のコンスタンスならいっそ王都の邸宅より、公爵領に行ってもっと遊び回りたいとも思う。
父の領地には山があったり森があったり湖があったり、遊び場の宝庫だったから。
怪我をした頭の傷はもう痛くもなんともない。
記憶はまだ戻らないが、怪我自体は大したことはなかったのだ。
あの怪我は、ヒース侯爵邸前で馬車に接触するという事故に遭ったためだという。
コンスタンスが飛び出し、馬車に轢かれそうになったというのだ。
どう聞いてもコンスタンスが悪いのだろうに、父や兄はオレリアンのせいだと言う。
詳しく教えてくれないからよくわからないが、オレリアンとコンスタンスの夫婦仲はあまり上手くいっていなかったらしい。
父がコンスタンスを連れ帰ったのも、何度来てもオレリアンに会わせないのも、それが理由のようだ。
それでも懲りずにプレゼントを贈り、会いに来る夫に、コンスタンスは申し訳ないと思う。
こんなに足繁く通ってくるところを見ると、彼はとても誠実な人なのではないだろうか。
「それほど…、私に、会いたいから…?」
父に邪険にされてもオレリアンがコンスタンスに会いに来るのは、コンスタンスに会いたいから?
仲が悪かった妻に、そんなに会いたいと思うだろうか?
それはただ、コンスタンスが彼の奥さんだから?
それとも…。
「それとも…、本当は私を…、好き…、だから?」
口に出してみて、コンスタンスは顔がカッと火照るのを感じた。
「好き…、私を…?」
金色の髪に蒼い瞳の、美しいオレリアンの姿を思い出す。
「私の旦那様…、カッコいい、かも…」
キャッ!
コンスタンスは両手で自分の両頬を挟んで、その場でぴょんぴょんと跳ねた。
この2ヶ月、オレリアンは3日に一度は妻へのプレゼントを贈る。
そして、7日に一度は妻への面会を申し入れに公爵邸を訪れる。
いつだって門前払いされるのだが、ある日オレリアンは思い立って庭の方へまわり、そこで、愛犬と遊びまわる妻の姿を目にした。
素足で、草だらけになって、ケラケラと笑い声をあげて犬と戯れる妻の姿は、本当に幼い少女のようだ。
輝く笑顔が眩しい。
(彼女は、本当はあんな風に笑うんだな)
キャッキャとはしゃぎまわり、飛び跳ねる。
犬と絡み合って、芝生の上を転げ回る。
(次の贈りものは犬用の玩具にしよう)
そう呟くと、オレリアンは静かにその場を立ち去った。




