08 ギャングとロリィタvsサムライ
「あァ~ッとまさかのコンビ結成ッ! 武装茶会と足軽悪賊、夢のユニオン! 今宵のメーンイベントは掟破りのアンバランスタッグマッチ、VS特殊機甲警士隊三人となりました!」
「特殊機甲警士隊はスリーマンセルの活動を基本としていますからね。注目すべきは技術による初見殺しや速度による攪乱が通用しない点でしょう。警士外骨格の各種センサーは森羅万象すべてを感知できる、といっても過言じゃないんです。日本の特殊部隊が千人規模で都内に潜伏して一斉に蜂起したとしても、特殊機甲警士隊が十班もいれば片付いてしまいますから」
「疾ッ!」「ルァ!」
サーキュラースカートが優美にはためき、完璧な軌跡の後ろ回し蹴りを放つ。が、サムライは最小限の動作で苦もなく躱す。同時に手にした警士刀で下段から、伸びた茜ヶ原の足を切りつける。しかし横殴りの鉄パイプが刀の腹を弾きそれを阻む。ぎィんッ、と耳につく鋭い金属音が響くとギャラリーは加熱していく。
「樫村さん! これちょっと、まずくないですか!?」
色葉が焦って久太郎に声をかけたが、レンズに集中している彼は取り合わない。
……おかしい。おかしすぎる。ギャングとゲーマーはいい。それからロリィタも、ある意味想定内だ。でも、警士庁? それも特殊機甲警士隊? ……あり得ない! 何を見落としたんだ僕は!?
もはや体の痛みに構っているヒマはなかった。剣戟、観客の熱狂、実況と解説のボルテージはひたすらに上昇。そんな中、一人、必死になって情報を洗い直す。
……まず、駆け付けた警士庁、特殊機甲警士隊は、なぜか、カジノのバウンサーである茜ヶ原を取り押さえようとした。この時点でもうかなりおかしい。カジノでの揉め事はカジノの中だけで解決する、カジノ自治条例が都議会を通過したのは僕が生まれるよりはるか前。カジノは競ってセキュリティ自慢をするし、とんでもない金を払ってロリィタを雇う。そもそも東京のサムライは暇じゃない。人口一億二千万人に対してサムライは百万人弱。圧倒的に足りてないから犯罪捜査と犯人逮捕の半分ぐらいを別ギルド、契約同盟に委託するほどなのに、精鋭中の精鋭、特殊機甲警士隊が、こんなつまんない事件になんで首を突っ込んでくる?
「抵抗は無意味である」「神妙にお縄につけい」「邪魔立てするなら容赦はせぬ」
ゆらり、三人のサムライは、それぞれに警士刀を上段、中段、下段に構える。サムライの中でも数千人に一人しか存在しない上級警士のみが着用を許される警士外骨格の、胸元で超小型核融合炉が薄青い光を放つ。生身の人間が触れれば瞬時に蒸発するほどのエネルギーが警士刀に注ぎ込まれていく。赤熱する刀は揺らめき、鎧は甲高い駆動音を鳴らし、二人に迫る。
「サムライ相手にイモ引くギャングがいるかよォ、バァカ」
慣れた手つきで鉄パイプをくるり、宙で回転させ受け止めを繰り返し、不敵に笑う陣内。
「カジノ自治は我らが鎹。相手にとって……不足なしッ!」
仁王像めいて天地に構える茜ヶ原。その顔は決意に満ちている。
「や、やる気だァッ! 大隊に匹敵すると言われる上級警士三人を前にしてなおッ! この二人は闘志を失わないッ! そうだ、新宿の狂犬にして番犬! 我らが守護者、万流格闘ロリィタ、武装茶会が主催の一人、茜ヶ原円は伊達じゃない! そして名前に背負った悪と賊! そいつは絶対酔狂じゃない! 永遠の宿敵相手にどう戦う足軽悪賊陣内翔太!」
「しかし戦力差は如実にありますからね。戦術でどうやって埋めていくのか、埋められるのかがポイントだと思われます。あ、今オッズ出ました……警士庁は1.21倍、茜ヶ原陣内コンビは7.09倍と出ています……これは……苦しい、ですね……」
「あと一分でベット打ち切りとなりますので、投票はお早めに!」
久太郎は高速で考え続ける。
……踏み込んできたサムライたちに対し、ロリィタとギャングが手を組んで対抗したのは、いい。都民として当然の反応だろう。ぼったくりにあって駆け込んでも民事不介入で済ませてなんにもしてくれないくせに、来て欲しくないって時に限って出しゃばってきて偉そうな態度でああしろこうしろって指図してくる連中に、だれがおとなしく従う? そもそもカジノ内原則自治、って言いだしたのは桜田門のお偉方だぞ? いや、ちょっと待て……そうか……なんでこのモヒカン、最初、なんか、誰かに言われた風だったんだ……?
だが。
「……警士刀に……」「切れぬものなし」「逃れる術なし」
……おい、うそだろ。
サムライたちの刀が赤熱を通り越し、恒星じみた眩いオレンジに輝き始める。身の危険を感じた者は一歩退き、代わり、生でその技を拝める機会がとうとうやってきた、と感激した命知らずは一歩進んだ。間に挟まれ久太郎と色葉はもみくちゃにされる。離ればなれを案じた久太郎は色葉の手をしっかりと握る。
(どうなってんだよサムライ連中! こんな屋内であんなの使ったら……! 円さんとあのギャング、都知事にうんこでも食わせたのか!? 色葉、ダメだ、合図したらやるぞ、脱出プランゼロだ!)
(ゼロって……あの、アレ、ですか? この前、見せてくれた……?)
(そうだ、この状況だとそれしかない。合図したら驚いてくれ)
そのメッセージを見た色葉は、久太郎の正気を疑うような目つきで彼を見た。けれど、どこにもふざけているような様子は見られない。息をのんでその瞬間に備える。
「鬼に金棒……虎に翼……ギャングに疾靴、鉄パイプ!」
限界まで沈み込んだ陣内が、叫びとともに床を蹴り、悪逆の疾風となり高速機動。
「喰らって、魂消て、消え果てろッッ!」
音速に近い拳が、四連、五連、六、七……マシンガンじみて三人のサムライに襲いかかる。観客の怒号がカジノ中に木霊する。地鳴りのような轟き、実況と解説の絶叫。
そして。
……ゆらァり……。
サムライは陽炎のように揺らめいた。
ピンボールのようにカジノ内を跳ね回り攪乱し、陣内が放った必殺の蹴りと鉄パイプも、超越した武力の果てに到達した致死の正拳無限連弾も、すべてが、ただ、空を切った。
警士外骨格は攻撃のすべてを察知し、レンズ内にその軌跡を表示。上級警士たちは加速機構を五分程度で回し、すべての攻撃を完全に回避した。残像が実体じみて見え、生身の眼球では逆にスローモーションに映るほどの高速は、常人なら全身がぐずぐずの肉塊と化すような機動。だが鍛錬の果て、人の限界などとうに置き去りにしている上級警士は、文字通り鉄面皮に覆われた顔、その内側にも、なんの感情も滲ませない。上級警士にとってこんな戦いは朝飯前の、今日は軽かったな、と思う訓練程度。二年前に取り逃した東京最高賞金首の矢車笑太郎など、この数倍は速かった。
決死の攻撃が無意味に終わった、悪夢のような静寂の中。
三人のサムライは小さく息を吸い、祈り、刀を握る手に力を入れる。
「南無……」「阿弥……」「陀」
BUDDA―BUDDA―BUDDA!
銃声が轟き、ギャラリーの誰もが反射的に身をすくませた。
「特憲隊だ! これよりこの場は東京正規軍の管轄となる!」
声が轟いた瞬間、久太郎は一瞬だけ予想外過ぎた言葉に気をとられたものの、その場の誰よりも速く好機に飛びついた。
七式鉄帽端末・改の零モードをコール。ヘルメットに仕込んでおいたマウスガード、ガスマスクじみたパーツが口元を覆う。ぱちんぱちんぱちん、流れるような動作でカーゴパンツのポケットを開け放す。
サムライたち、そして茜ヶ原と陣内も、声と銃声のした方向に向き直る。
ダスキーレッドの制服に身を包んだ男女が、ざ、ざ、ざ、と意気揚々に歩いてくる。腕には三本足のカラスをかたどった徽章。それを見ただけで、ギャラリーが敵意と嫌悪、それから恐怖をむき出しにして身を引き、人垣が割れていく。サムライの視線がダスキーレッドの集団、その先頭に立つ男とぶつかる。ロリィタは苦々しい顔になり、ギャングはにやにや笑う。
誰もがその場の空気に飲まれ、火花さえ散りそうな、交わされる視線の中央を見つめていた。今まさに爆発しそうな、その空間を。
そして十分に仕込みを済ませた久太郎は、色葉にメッセージ。
(今だ!)
彼女は息を深く吸い、叫ぶ。
「み、都知事閣下!?」