01 ヘルメットとリボンタイ
「もっかい言ってみてくれ」
「あらごとにはっ、しませんっ」
「……その前から」
「樫村さんの言うことをっ、ちゃんとききますっ」
「…………わかってんのかね、ほんとに」
少年は軽くため息をついた。
頭にかぶったヘルメット、ヘッドセット、ゴーグル型端末、三つが一つになった、野戦色の七式鉄帽端末・改を悩ましそうにこんこん叩く。ステンシルで側面に描かれた「9+1」の上、親指の関節が踊る。上げているゴーグルが震え何かを通知するが、無視して少女を見る。
「わかってますよ、樫村さんに何かあったら、いつもどーりに私が全部ぶっ飛ばせばいいんですよね?」
「……何をどういう風にわかってるんだ君は……」
少年は再びため息。
夕暮れ時を迎えたオルタ前は多種多様な人々でごった返している。オルタヴィジョンが示す時刻は十八時。
「いいか、楽な依頼なんだよ、調子こいてる下っ端を脅かして、とりあえずゴトをやめさせればオーケー、って、ただそれだけ。だから君の出番もない……なんで留守番できないかね」
「だって樫村さんは、私の相棒ですから!」
にこやかに笑う少女。立ち尽くす少年、樫村久太郎は、またもやため息をつく。
「……百歩以上譲っても、君が、僕の相棒なんだ。ったく……」
ボタン付きポケットが山ほどついただぼだぼのカーゴパンツ、着古してプリントがはがれかけたTシャツ。ひょろ長い体つきと無骨なヘルメットが少しアンバランスで、子どもが無理をして大人のフリをしているような様子だ。実際久太郎はまだ十七歳、身長も百六十センチ。足元の、戦車のように頑丈そうなブーツがさらに、背伸びする子どもの印象を強めている。
「心配しすぎですよ、私だってもう、そこまで子どもじゃないんですから」
満面の笑みを浮かべながらそう答える少女は、一丸色葉。言葉とは裏腹に、どこからどう見ても子どもだった。こちらも実際、まだ子どもだ。
十五歳、制服じみてクラシカルなネイビーブルーのセーラーワンピースに包まれた小さな体は、百四十五センチ。丁寧に整えられた前髪と、耳辺りでツインテールにした艶やかな長い黒髪。胸元を彩るリボンタイ、そして髪の結び目でひらめく楚々としたリボンが、さらに幼い印象を見る者に与える。意志の強そうな眉はしているものの、あどけなく美しい顔立ちと小さな体、半袖から見える白く細い腕では、とうてい誰かを「ぶっ飛ば」せるとは思えない。スカートの裾や袖口、セーラー襟を可憐に装うレースやフリル、リボンの印象を合わせると、さらに。
「……子どもだよ。僕も、君も」
呆れた口調で呟く久太郎。意外そうに目を丸くする色葉。
「樫村さんは……大人だと思いますけど」
「ガキもガキ、ただのクソガキさ。だから君もクソガキ。いいかクソガキよく聞けよ」
「もー…………何があってもこちらからは手を出さない。これでいいですか?」
くすくす笑い、色葉が久太郎の顔を下からのぞき込むように言う。
「……そう。僕らは自由業、調停業。暴力は最後の手段。先週みたいなのは勘弁してくれよ」
「どれでしょう?」
「どれも!」
浮気調査が一件、人捜しが一件、素行調査が一件……自殺に見せかけた謎の殺人事件の真相解明と、自称怪盗から予告状を送りつけられた美術館の警備も頼まれそうになったが、これは知り合いの業者に回してやった。
自由業はなんでも屋でも、探偵でもない。
東京に暮らす一億二千万人の人々がせっせと生産する種々雑多なもめ事、その中でも特に、複数の利害が対立する込み入った事件を解決していく。東京で自由業といえば即ち、そういったもめ事の解決、調停を生業とする者、という意味が強く、時に調停業とも呼ばれる。
仕事の性質上、暴力だけで解決できる問題は、あまりない。
実際、先週の依頼はどれも一筋縄ではいかないものばかりだった。色葉と一緒に取り組み、成功報酬が二倍になった案件もあれば……違約金、賠償金を支払うハメになった案件まで。都から送られてくるであろう、公共物破損に関する請求書を思うと今から頭が痛い。家計はいつでも火の車だが……これらの依頼は、拳のケンカはアホのやること、というモットーの久太郎一人だったら到底解決はできなかった事件でもあったので、なんとも痛し痒しだ。
「だって大切ですよ、自由業だからって口先ばかりじゃない、私たち〈9+1〉を甘く見てたらケガするぜ、って見せつけておくのは」
「そりゃまあ、そうだけど……そういう力ってのは使い所が重要なんだよ、暴力はインフレするんだ。向こうが拳ならこっちは棒、棒なら銃、銃なら……ってさ。だから」
「だから、こちらからは手を出さない、ですよね? あいあいさーです!」
びしっ、とことさら生真面目に敬礼してみせる色葉。
「……わかってんなら……じゃ、ま、行こうか」
ため息交じりにそう言うと久太郎はメットからゴーグルを下ろし、飛び込んできた通知の多さにうんざりしながらも歩き出す。
「あいあいさーです!」
色葉はまたもそう言うと、ぴょん、と一つ跳ね、久太郎の横をちょこちょこ、歩き出す。調子の良い返事と仕草の可愛らしさに少し、久太郎の頬が緩んだ。
そうして二人はオルタ一階カジノ、新宿MOREに入っていった。