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ヘルメットとリボンタイ  作者: 阿野二万休
プロローグ
1/40

東京移民の最初に行く場所

 東京移民はたいていの場合、新宿駅東口を出てすぐに見えてくる、オルタ前を世界の中心だと思っている。これはまったくおかしなことだ。


 というのも都の公式発表で地下五百メートル、地上千五百メートル、全高二千メートルに及ぶ積層都市であるこの東京はどこであれ、世界の中心と言えるからだ。


 海抜マイナス五百メートルの最下層、地下第三層から、海抜千五百メートルの最上層、地上第六層までを余すところなく活用した東京都庁、つまりメトロ・ダンジョンは、東京移民がオルタの次に訪れ、その威容を心に刻む場所。だがそれだけではない。


 二次元教団(カルト・オブ・オタク)の聖地秋葉原、世界一のカジノ(ゲーセン)街として名高い池袋、あらゆる武力(キレイ)とすべての暴力(カワイイ)が集まる渋谷に原宿、精強無比の東京正規軍(メトロフォース)が難攻不落の要塞を構える市ヶ谷、肉体を捨てた者たちが集う解脱走者院ブッダ・ハッカーズ・アカデミー総本山の鎮座する浅草、農業摩天楼立ち並ぶ多摩地域、そして今なお泥沼の領土紛争が続く町田(カナガワ)地区……名所をあげていけば数冊の本ができてしまう。


 ところがオルタはといえば、これはただのビルである。


 地上一層から三層を貫く、全高千メートル近い大型ビルであることをのぞけば、日本中、いや、世界中にある商業ビルと大して異なる点はない。しいて上げるならビル正面に千二十四インチの巨大3Dモニタが掲げられている点だろうか。それにしても、そこまで珍しいものでもない。モニタ横に「東京五輪まであと七日!」と、1677万色に光るLEDで照らされた垂れ幕がかかっているが、これも変わったものではないだろう。重力と運動量を操る靴、疾靴(テックス)をはき、その垂れ幕を駆け上がり、天井に着地し走っていく機動配達(ピンポン)は世界的に見ればレアかもしれないが、東京ならどこにでもいる。


 中も平凡だ。入っているのは服屋に飲食店、それからカジノ(ゲーセン)。繁華街の商業ビルならだいたい同じだろう、というラインナップ。それなのに東京移民はなぜか、東京にやって来たその週には必ずと言っていいほどここ、オルタ前を訪れる。特に何をするわけでもないのに。


 周囲の風景も、別段、目立つところはない。


 雑な遺伝子編集で作られた人型狼というシルエットの契約人(ハンター)が、ヘッドセットに怒鳴る。


 工事用外骨格スーツを操る建設員たちはくわえ煙草を路上に吐き捨てると威勢良くかけ声をあげ、時定処理をほどこし強度が無限となった鉄骨を、延々と続く新宿駅改修工事現場に運ぶ。


 青い制服に身を包んだアフリカ系都民の警士(サムライ)は駅前交番の前、鞘に収めた警士刀(サムライソード)を地面につき、不動の立番で周囲に油断ない視線を送っている。


 オルタヴィジョンは公共CMの時間となり、東京最大の賞金首、八億七千万の悪賊(ギャング)、通称最悪(ザ・ワースト)矢車笑太郎(やぐるましょうたろう)の目撃情報を募集している。


 BGMは地上第一層のあちこちにある公共スピーカーから流れるラジオ。穏やかに解脱(アップロード)を誘う先端仏教(エッジブディズム)演算禅宗コンピューティング・ゼン・セクトによるサンバと念仏のミクスチャー・ラップ・チルアウトMIX。




   Get your Bodhi up......

  (悟りに乗り込め)


   Set your body down......

  (体を捨てろ)


   Sowaka is waiting......

  (薩婆訶が待ってる)


   Listen to dat sound......

  (あの音に耳を澄ませろ)


   BUDDhA-BUDDhA-BUDDhA......




 けだるい音色に導かれ歩き続ける無数の白色勤労者(さらりぱそん)。視界を埋め尽くすビル、ビル、ビル。巨大な建造物が空を削り取るように林立するその光景は、天を摩する、削り取る楼閣、摩天楼の語源を思い出させる。


 しかし東京に、積層都市に空はない。


 頭上を覆うは、本物より本物らしい刻々と移り変わる初夏の青空を映し出すと共に、日光と同波長の快適な光を提供する配光板。


 そんな光景をポロシャツにハーフパンツ、ウェストポーチにサングラス、という制服じみた格好で撮影する、世界中から訪れる観光客。


 それらすべてを、希望に満ちた表情で眺める東京移民たち。


 ……これといっておかしなところは、ない。


 だからこそ、まったくおかしなことだった。


 おかしなことだったけれど、これが現代の、事実上日本から独立したと言われる東京、その中心地とされる新宿、地上第一層の偽らざる姿だ。




 ……おかしなものをしいてあげるなら……オルタ前に立っている少年と少女の二人組だろうか。


 たしかにこの二人組は少し、おかしかった。


 煤けた鉄帽、ヘルメットをかぶった少年と、リボンタイが可憐なセーラーワンピースの少女。雑踏の中にあって二人は、目立つ、というほどではなかったけれど……どこか、人目を引くところがあった。


 しかし、だからこそこの二人組には語る価値がある。


 これから始まるのは、その二人の物語だ。

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