秘密の友達
新連載です。
数話の予定ですが、宜しくお願いします
うちのクラスにはいま若者に大人気の女優がいる。名は小金井結美、都立西山高校在中の高校二年生だ。
スポーツ万能、成績優秀の文武両道で、性格も優しく穏やか、困った人を見つけては声をかけていつも手伝ってあげてる。
綺麗な黒の長髪をさらさらとなびかせながら登校する彼女の姿と言ったら、もはや都心で指折りの美少女だとほとんどの人は疑わないだろう。
二重ながらも少しつり目で鼻の高い彼女は2、3歳大人びて見える。しかもどこかの社長令嬢だと聞いている。
そんな彼女がスーパー庶民の俺─西野歩─の方をちらっと見ては、周りにバレないよう恥ずかしげに手先をちょいっと振るのだった。
まさかこの俺が小金井とひょんなことから秘密の友達関係になろうとは……。
◇◇◇
話はいまから1週間前に遡る。
俺は学校を終え、いつものようにぷらぷらと下校していた。今日は妹のお使いを頼まれていた日だった。
(面倒だから、たまには寄り道するかあ)
そう思って俺は帰り道を少し遠回りした。左側には小山があり、この地区では珍しくたくさんの木々が生い茂っている。葉は風に揺れ、木漏れ日が動く。眩しいながらも美を感じた。
日頃は通らない道ゆえに、何か少し冒険している気分になる。新鮮でなんとなく楽しい。ふんふん鼻唄交じりに歌っていると、うろうろとそこをくるくる回っている女子がいる。
(うちの制服だ。誰だろう?)
俺は怪訝になりながら見た。そしたら彼女はあの小金井結美だった。
(小金井……?)
う~ん、う~んと眉間に皺を寄せ、すごく思い悩んでいる様子だった。その仕草たるや推理小説の探偵そのものだった。
(こんなとこで何やって……。!?)
向こうから車がやって来た。小金井は気づかず遂に足は道路の方に向かっている。
やばい、はねられるかも……!!
俺は考えるより先に体が動き、急いで彼女の方へ走る。彼女の足が道路に出る。
キキーッ!!
「ばっきゃろー! 気ーつけろ!!」
そう言って車は去って行った。俺は彼女を抱え、なんとか事なきを得た。
「は、私は一体………?!」
「おい、小金井……。大丈夫か?」
「貴方は………同じクラスの………西……野くん?」
「おお、名前を知ってるのか。それよりお前は一体そこで何をして………」
「……ごめんなさい……その前に、腕を………外してもらえる?」
「え?」
あろうことか自分の腕が彼女の胸に少し当たっていることに気づかなかった。
「あ、悪ぃ!」
「ううん……。大丈夫」
気まずい空気が流れる。お互いに顔を合わせられない。森にいる鳥たちはこの静かな空間で人間の営みなぞ気にもせず、チュンチュンと気持ちよさそうにさえずる。
「……ごめんなさいね。私、考えると没頭しちゃうタイプなの」
「あ、そうなのか」
「いつもなら家に帰って考え込むんだけど、今日は途中で考え込んじゃって……」
「……」
「けどありがとう。助けてくれて。これは何かお礼をしないと」
「え、良いよ別に。そこまでしなくても!」
「ダメよ。これは人としての礼儀だから。しないと貴方に失礼になる」
そう言って彼女は逃げさせまいと俺の手をしっかり持って、ずんずんと市街地に連れていくのだった。
歩いて20分近く経ったであろうか。高層マンションに着いた。彼女はピポパと手慣れた手つきでボタンを押して、玄関のオートロックを開ける。そしてエレベーターを降り、17階にある彼女の部屋に入った。
庶民とはかけ離れた部屋の広さに俺の頭は混乱した。この部屋からは東京の景色がよく見える。
「これが殿上人の生活かあ……」
「大げさね。ま、座って」
「あ、あぁ……」
俺はしばらくこの腰に良さそうな(しかもそのまま体が沈みすぎるんではないと思うような)柔らかなソファーに座る。
「珈琲は飲める?」
「俺、苦いの苦手なんだ」
「あら、じゃあオレンジジュースで良い?」
「すまない」
「ううん、大丈夫よ。私も果物ジュースはよく飲むから」
そして綺麗に皿に盛った和菓子とオレンジジュースを持ってきた。
「お口に合えば良いけど……」
「こんな高そうなの食べて良いのか?」
「お礼の品よ。もちろん食べて」
「で、ではいただきます」
一口パクリ。
!
めちゃくちゃ美味い。変でしつこくない上品な砂糖の甘さに、スポンジのようなふわっとした食感。それに少しだけビターな抹茶の味が砂糖の甘さと綺麗に調和して………。
あれ? これって料理の話だっけ?
「この抹茶は美味しくて、そんなに苦くないからいけると思うけど、どうかな?」
「いや、めちゃくちゃ美味いよ!! これぐらいの抹茶の苦さなら俺も好きだよ!」
「そっかー! それは良かったわあ」
彼女はパアと嬉しそうな笑顔で笑った。俺は彼女の笑顔を初めて見たかもしれない。否、彼女の笑顔は教室で見たことはあるのが、そこでの笑顔とはまた少し違う気がした。──それはとっても魅力的な笑顔だったのだ。
この子、こんな風に笑うのか……。
俺は彼女の笑顔に見惚れる。
「あら、どうしたの? 手が止まってるわ」
「あ、ううん。何でもない!! うんうん、うんめーこれっ!!」
そして綺麗に食べ終わってくつろいでいたら、彼女が正座をしてこちらを向く。
「ど、どうした? 改まって??」
「その……考えると没入してしまう癖を誰にも言わない、ここだけの秘密にしてほしいの!」
「それは構わんが……どうして??」
「私……考え込むんと、30分も1時間も考えちゃって。それで友達にも結構迷惑かけてたの。これが原因でなかなか友達が出来なくて……」
「……」
「お願いします。このことは秘密にしてください!」
彼女は真剣に頭を下げる。彼女としてはかなり深刻な話のようだ。別に俺はそんな話をする相手もいなければ、わざわざ口外する理由もない。俺は急いで答えた。
「お、おい。頭を上げてくれ! そんなこと誰にも言わないさ!」
「そ、そう。ありがとう。何から何まで助かります……」
それぐらいたいしたことじゃないのだがな……と頭をポリポリ掻きながら、俺はジュースを飲んだ。
「小金井に友達が少ないならさ、俺とも友達になるか? なんつっ………」
俺は軽い気持ちに言ったつもりだったが、これが彼女の心に刺さった。彼女は真剣な顔になり、またものすごい考え始めた。
別の部屋に入っては出て、俺が座っているデーブルの周りをぐるぐる回ったりして、リビングの中を行ったり来たりする。
20分後。
「そうね……良いわよ。友達になりましょう」
「お、おぉ……サンキュー。てっきりイヤなのかと思ったよ」
「あら、どうして? 男子の友達がいないから、どうしたら良いのか悩んで………あっ! いけない、もう19:30じゃない……。また私、20分ぐらい考え込んでた??」
「う、うん……」
「ゴメンなさい……またやってしまったわ……」
「気にすんな。俺は暇人だから」
「優しいのね……」
「? 事実を言ったまでさ」
「そう、ありがとう……」
こうして俺は彼女のマンションから出て、夕日を眺めながら帰るのだった。そして帰路の途中にあることに気づいた。
「あ、そういえばお使いしてなかったわ……」
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