ココロ、ナク
――本当に感情が無いんだね、望月って。
それは、小学生の頃に言われた言葉だ。
別に感情が無いわけじゃない。みんなで遊ぶのも楽しかったし、転んでケガした時だって痛かったし、初恋をしたときだってドキドキして堪らなかった。
だけど、それがクラスメイトに伝わる事は無かった。
顔に出ないんだ。
精一杯笑っても、泣こうとしても、照れても、俺の顔にはどれも映らない。
だから相手に伝わなくて、不快な思いをさせてしまう。
だから、誰とも付き合えなくなった。
だから……。
「だから、最低限の人付き合いで学校生活を送ろうとしてたんだけど」
「ん? 何か言った?」
「自分の教室に帰れって言った」
「酷いなぁもっちー、私と君の仲じゃん」
もっちー言うな。ていうか離れろ。何でわざわざ俺にのしかかってきてんだコイツ。
「ていうか誰? 距離感大丈夫? 清い男女の距離してないけど」
「あ、初めまして望月君。私は隣のクラスの近葉ね」
「初めましてで私と君の仲とか言ったのか」
「まあいいじゃん、もうお互いの名前知ったから友達でしょ?」
「凄い軽いな友達の概念」
こんな距離の詰め方してきた人初めて見た。
「それにしても、噂は本当みたいだね」
「噂? あぁ、感情が無いってやつ?」
小学生の頃から俺のこと知ってるヤツが中学でも広めてるんだったか。
まぁ、実際は顔に出てないだけなんだけどな。間違った情報を流さないでもらいたいけど、訂正しても直んなかったし無視することにした。面倒だし。
「そうそう、それそれ。いやぁ、面白いねぇ」
「なんだ、友達はおもちゃ扱いか。タチが悪いな」
いやいや、そういうわけじゃないよ。とぱたぱたと俺に寄りかかる反対側の手で振る。
いやいつまで寄りかかってるつもりだよ。と言わんばかりに肩を大げさに回して近葉の腕を振り払う。
その反応が良かったのか、にんまりとむかつく顔をしてくる。
「噂とは少し違うみたいだね」
「そうだな、俺は否定してるんだけどな」
「うんうん、そうみたいだね。良い収穫したよ」
「そうか、じゃあもう俺は帰るから」
「えー、まあいいか。じゃ、《《また明日ね》》」
明日は土曜だ阿呆、の言葉を飲み込んでさっさと帰路につく。
あの正確ならば、月曜になったら何もかも忘れて来ることもないだろう。
……そう思っていた金曜の俺を殴りたい。
放課後になると必ずと言っていいほど俺にのしかかり、どうでもいい話をし続けた。
クラスメイトからの不思議そうな視線が刺さってうざかったが、時が流れ、もはやいつもの光景となってしまったのか、誰も俺と近葉のやり取りをジロジロと見るヤツはいなくなった。
それが、学年が変わっても、長期休みを挟んでも、卒業の日が来る時まで続いた。
「とうとう卒業したねぇ」
「だな」
少し長く続いた身を刺すような寒さも終わり、その傷を癒すようにぽかぽかとした陽気が差し込む教室の隅。
相も変わらず座っている俺にのしかかるようにしている近葉は、特になんともなさそうにそう言った。
「少しの間、別れだな」
「ふふ、寂しかったら休みの日でも会いに来てもいいんだよ」
「百歩譲って寂しかったとしても行かねぇ。どうせ高校生になったらまたこんな感じで来るんだろ?」
「もちろん」
他愛もない、ホントになんて事のない会話も、これで二年くらいはしてる。
「中学も最後だし、聞いてもいいか?」
「キミから話題を振ってくるなんて初めてだね。いいよ、なんでも聞いて」
「なんでお前、俺に近づいてきたんだ?」
「え、噂と違ったからだけど?」
あっけからんとそれ以上の理由ある? とでも言いたげに言った。
「まぁ、特に深い理由とかそういうのあるわけないか」
「今バカにしたね?」
「したな」
「酷いなぁ、私はキミと違って感情がぽろぽろ外に出ちゃうんだから、もし今君のその言葉で傷ついて泣いたら大変だよ?」
「そうか、困るなそれは」
相も変わらず、無表情のまま近葉の言葉に返答する。
「まあ、いいさ。これからゆっくりキミの隣でキミと話すことにするよ」
「別に来なくてもいいんだぞ」
「またまた、うれしいのバレてるからね」
「……気のせいだろ」
「まあ、そういう事にしておくよ」
肩にあった重みが消えた。
近葉の方に目をやると、俺よりも小さな手が差し出されていた。
「帰ろう、中学生最後の下校だよ」
「……」
何故か嬉しそうな顔を浮かべながら言う近葉の手を見なかったことにして、普通に席から立つ。
その時、近葉から照れなくてもいいのにとかからかわれたが、うるさいと顔を背けながら言った。
見てるか、小学生の時と近葉に会う前までの俺。
今、俺はたぶん、笑えていると思うぞ。