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人間から治る日  作者: 茶茶
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踊る

あたりはすっかり暗くなっていたけど、彼の周りは少しだけ白く、明るく見えた。


「男と付き合っていることを親や友達に言えずにいて、ずっと苦しくて、自分がよく分からなくて。ただ、彼と一緒にいたいという思いだけは信じることが出来て。お姉さんを誘ったのは、誰かにこの話を聞いてほしかったのかもしれない。海に一人で行くと、自分が死んでしまうんじゃないかと不安だったのかもしれない」


雲の切れ目から満月がのぞいている。


「ありがとうね、見ず知らずの俺についてきてくれて」


「いえ、海に連れてきてくれたのでウィンウィンです」


私は、「それに」と続けた。


「それに、性別のことで言えば、私も揺れ動いています。」


「揺れ動いている?」


「はい。生物学的に私は女だと自認しています。でも、男の人と付き合ったり、女の人と付き合っていたりします。心が男になったり女になったりするのです。ずっと振り子のように揺れ動いています。定まることはありません。だから、ずっと誰かを思うというのは私には出来ません。一生誰かと添い遂げるのは素敵だなと感じますが、結果的には、私は孤独かもしれません。それが、私だと思っています。あなたが長年誰かを思うことが出来るというのは、私にとって、うらやましいことであり、すごいことだと思います」


私の言葉を聞くと、男は目を見開き、それからいつものようににっこりと笑った。だけど、感情がいっぱいいっぱいで今にもまた涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。


「踊りましょう」私はいつのまにかそう口にしていた。


「踊る?」


「はい。今は男も女も年齢も国籍も時代も私たちが今所属しているもの全部捨てて、ただ地球上で生きる一生命体として、踊りましょう」


さぁと私は言い、男に手を差し伸べた。正直私も踊りなんてほとんどしたことがない。でも、男も私も今だけは何もかも忘れるべきなのだ。


手を繋ぎ、波近くまでひっぱった。それから、めちゃくちゃに踊り始めた。


腰を揺らし、右手も左手も吹っ飛んでしまうほど振り回した。高く飛び跳ねた。月に手が届きそうだった。最初は戸惑っていた男も、私が踊る姿を見せるとだんだんと感情の赴くままに踊り始めた。私と男にだけ聞こえる音楽がかかっている。顔を見合わせ、ふたりで何もないのに笑った。寒さはどこかへ吹き飛び、ふたりとも額に汗をかかせた。足を踏み鳴らせるたびに飛沫が上がり、体は完全にびしょ濡れになっていた。だけど、すべてゼロの状態で好きなように踊る私たちは、完全に満ちていた。満ち溢れていた。月明かりに照らされ、ふたりは今この瞬間を貪るように踊り狂っていた。


 


夜空が少しずつ明日の朝に向かって歩いて行く。泣き出していた身体は元の位置に戻った。間違ったら、分岐地点に戻ればいい。足踏みする時間があってもそれもまた人生だ。そう言い聞かせ、向こう側のきらめきをつかみ損ねて、今日という日にたどり着いた。



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