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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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一人称の死の彼


マユは夏休みが終わっても、登校しなかった。

母の死もあり、学校の喧騒が煩わしかったのだ。

何も言わない父がありがたかった。


JR阿佐ヶ谷駅の改札を入ると

後ろから来た若者が追い越しざまにささやいた。

「君、尾けられてるぞ」


普通、こんなことを言う人間はいない。

見ただけでは尾行かどうかわからないし、

たとえ分かったって、

そんなことにはかからわないものだ。


通り過ぎる若者の横顔を見て、

思わずつぶやいた。

「二番!」


あの面通しの時の二番の番号の若者だった。

若者はその声に振り向いた。

「あんたか」


若者は私を覚えていた。

「ああ、あの時の人」

お互い名前を知らないんだ。


東西線の各駅に乗ろうとすると、

「やめたほうがいい」

中央線の東京行きホームへ向かう。


私もちょっと考えて付いてくことにした。

並んで歩くと彼は驚くべきことを言う。

「あんた、今までスタバの二階にいたね」


その通りだ。なんで知ってる。

「外で男が見張ってた。多分、店内にもいたはずだ」

「彼らが私を尾行してんの」


「別のやつだ。かなり大規模にあんたをマークしてる」

寿命交換なら子供が一人自殺したら

億単位、数十億単位の金が手に入る。


誰も殺さない。誰も騙さない。

子供は勝手に自殺する。

金を出す老人は長生きする。


これを知ったら、おれおれ詐欺なんてやってらんない。

そうだろ。おれおれ詐欺で億の金なんて絶対手にできない。

「このやり方から見ると、あんたを誘拐する気だ」


だろうな。私の身柄を取らないと

有効で確実なシステム寿命交換はできない。

ホームに東京行きの中央線が滑り込んできた。


マユは若者にささやいた。

「彼ら、いるの?」

「いる。俺たちを挟んで十メートル間隔で二人」


「おれの名前、加賀爪正」

「私は瀬能マユ」

「あんた、いざとなったら男三、四人から身を護れる?」


多分、できると思う。

「無理だよな。今日1日ボディカードやってやる」

真面目に言う彼の顔から、

あの一人称の殺人・自殺の影は消えてなかった。


腕力に自信があるんだろう。

彼の言葉と自殺は、何としても不釣り合いだった。

電車がお茶の水に着いた。


「降りるよ」

電車がスピードを落とし、ホームに滑り込む。

開いたドアから彼は悠然と私と降りた。


よく映画なんかで尾行を巻くのに

ドアを閉まる直前に飛び降りるなんてのあるけど、

彼はしない。尾行が複数だから、姑息なことは通用しないのか。


駅前のファミレスに入った。

キッチン通路の奥に裏口が見える。

「あそこから出られる」


少し笑って正は言った。

「当然、男の仲間が見張ってる」

彼はキッチンを見ようともしない。


彼は若いけど本物だ。とマユは思った。

二人は冷やし中華を頼んだ。

時間は午後三時。昼食には遅いし、夕飯には早い。


なんとも中途半端な食事だ。

「子供が自殺したって、止めらんないよ」

私も四度やってるから分かる。


自分もそうしようと決めてる口調だった。

この頼りになる若者に、一体何が起きたのか。

「私はもうやめたから、君もやめたら」


「人のことに構うなよ!」

きつい言い方だった。

私は彼の触れてはいけないことに、触れたらしい。


まずい冷やし中華だった。

私が二人分払うのを、彼は黙って見ていた。

店を出ながら彼が言った。


「走るぞ!」

なんのことかわからなかった。

店を出ると、前に大型セダンが止まっていた。


リアドアが開いている。

上背のある男三人が立っていた。

眉と正の行く手をふさいだ。


真ん中の男が何か言い出す前に、

正の右足が上がった。

強烈な回し蹴りが男の顔面に命中した。


左の男が殴りかかるのを

ボティから顔面へのダブルパンチを入れる。

右の男が動くより早く

回転した正の左足が、その顎を蹴り上げた。


「走れ!」

マユの手を掴んで学生で雑踏する道を

正は走り出した。


三人は素早く立ち上がったが、追うのは諦めた。

「すごいね!なんかやってんの」

大声で言う私に、彼は不愉快そうに腕を引いた。




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