禁じられた愛
家の近くのコンビニで三番を見かけた。
彼の家は、この近くじゃないはずだった。
なぜ世田谷の自宅から杉並のコンビニまで来る。
二人一緒の姿を見られないためか。
彼の二人称の危険な死の相は変わっていない。
いや、むしろ濃くなってさえいる。
追い詰められているようだ。
だが、相手を殺してはいない。
辛い毎日を送っているのだろう。
マユは気づかないふりをしようとしたが、
相手が見つけてしまった。
「ご無沙汰してます。なんて呼んだらいいのかな」
彼は重い旅行バッグ持っていた。
「瀬能マユよ。君の名前は」
「治部勝也です」と言った。
「勝也、帰るよ」
若い女性の声。
連れがいたのだ。
スレンダーな驚くほどの美人だった。
勝也が紹介した。
「真紀です」
姓も関係も言わなかった。
私も「マヤです」とだけ挨拶した。
二人がかなり深い仲であることが直感でわかった。
勝也は間違いなく恋人か家族か大切な人を殺害しようと苦しんでいる。
愛と死の狭間にいる。
愛と死、正反対の感情に、あるべきものの共有で苦しんでいる。
その苦しみは今でも変わりないようだった。
大きな旅行バッグを見て私が言った。
「旅行?」
「いや、家へ帰ります。マヤさんにラインしたいんだけど、アドレス交換してもらえます」
真紀の前で平気で、そういうことを言えるとはどういう関係だ。
「いいですよ」
マヤも気になっていたので気軽に応じた。
二人は肩を並べてコンビニを出て行った。
肩が触れている。
二人は深く特殊な関係だ。
真紀の何気ない、それでいて重い気持ちが気になった。
勝也以上に深刻な状況だ。
二人の間に、いつ何が起きてもおかしくない。
マヤはそう直感した。
勝也の殺したい相手とは一体誰なのか。
三日後、勝也からラインがあった。
会いたいという。
家の近くのカフェで会った。
思っていた通り、真紀は彼の実姉だった。
二人は彼は両親に結婚したいと言っていた。
当然、猛反対された。父は激怒した。
以来、二人は両親と疎遠である。
ほとんど会話がない。
こんな姉と弟、兄と妹の恋愛関係は思った以上に多い。
禁じられた愛の最たるものだった。
近親相関は人類の歴史のタブーとなっている。
それでも敢えて強行しようとする二人はいる。
勝也と真紀もそうだった。
勝也の殺人の意思は、猛反対する両親に向けられたものでなく
真紀に向けられたものだった。
長い間彼女を殺して自分も死ぬ。
無理心中に向けられたものだった。
勝也の相談は、昨夜の祖父の言葉だった。
夕飯の席で祖父は、まず両親に言った。
「お前らにも、思い当たることがあるだろ!愛は愛。
相思相愛の真っ当な愛なら止める権利は誰にもない!
何を悩んでおる!家を出ろ、二人だけで暮らせ」
そこで勝也は両親も、兄と妹の結婚であることを知った。
愛は愛、真っ当な愛なら止める権利はは誰にもない!
この祖父の言葉に決心したというのだ。
ただし、絶対に子供は作らないという条件だった。
その二人の決意を告げに来たのだ。勝也の顔から、
思いつめて居た死相が消えていた。
何も言うことはなかった。
二人の決意を祝福してやった。
こんなことでリーパーを喜ばせてはならない。
ロミオとジュリエットをはじめ、
曽根崎心中など禁じられた恋はいつも悲惨な結果を招く。
禁じられたからこそ愛が強くなるとも言える。
二人は祖父による助言で勇気を得て、死の淵を乗り超えた。
愛は愛、愛はすべてに勝ちすべてを超える。
今度ばかりは、リーパーの出番は全くなかった。
勝也の父は大病院の外科部長で、姉はインターンだった。
勝也とマキの前途は多難だ。
死の淵まで行きながら引き返した二人には勇気がある。
愛と勇気さえあれば、幸せな家庭を築ける。
以来、マヤは勝也と大切な友人になった。