新しい力
マユは通勤快速電車上りに乗っていた。
昼間なのであまり混んではいない。
いきなりママからラインが入ったんだ。
こんなこと初めてだ。
なんか異常事態が起きている。
いつものママらしくない口調だ。
新宿南口の「民舞」というビルへすぐに来てくれという。
そんなビル知らないよ。
私に関わることに間違いない。
急いで家を飛び出した。
普通のママじゃない。
嫌な予感がする。
マユは焦りに焦った。
頭の中でリーパーを呼び出した。
何度呼び続けても出てくれない。
マユは電車の中で、必死に呼び続けた。
どうでもいい時はすぐ出るくせに、一刻も争う緊急時には出ない。
まったく役立たずだ。
昨日、あの組織から連絡があって、
十三歳の自殺志願の娘を保護しているという。
余命半年の某大企業の顧問老人も確保した。何十億もふんだくれる相手だ。
マユに寿命交換をしろというのだ。
だが、私は動かなかった。
少女の残り寿命が不明だ。
それはマユにしかわからない。
見ていないからリーパー知らせてもくれない。
本人に聞いたってわかるわけがない。
交換を成立させるためのカプリングも不可欠だ。
それを彼らは何もしていない。
無茶苦茶も甚だしい。
これではただ時間だけが過ぎ、
少女と老人の死を待つばかりだ。
両者の命を囮にマユに脅しをかけてきたのだ。
そしてママからラインがあった。
無関係なはずのママに!
汚い奴らだ。家族を巻き込むのか。
とにかく時間がない。
放置すれば二人の命はない。
リーパー出てくれ!
電車はお茶の水駅を過ぎた。
そういえば今朝、ママの姿を見かけなかった。
とにかく今はリーパーと連絡を取ることだ。
マユはずっと頭の中でリーパーを呼び続けていた。私はは暴力には、まった無防備だ。
フェニックストして生き残る術は心得ていても、理不尽な暴力には対抗するすべがない。
これまで十何間も私を尾行していた連中だ。
そして、今度はママか。
何をするかわからない。
父の力も警察の力も借りたくはない。
メディアに知れたら、騒ぎが大きくなる。
リーパーよ、彼らの理不尽な暴力に対抗するすべを教えてくれ。
もう十数分でそれが必要になる。
それがなければ、最終的にママと十三歳の子を救えない。
リーパーはいくら呼んでも反応しない。
もう何百回リーパーの名を呼んだことだろう。
これまでリーパーを呼び出したことなどなかった。
この大事な時になぜ無視するんだ!
寿命交換を言い出したのはお前じゃないか。
私はそれを実行したばかりに、
ママまでトラブルに巻き込まれた。
見知らぬ女の子とママが危険な目に会ってる。
助けてくれたっていいじゃないか!
リーパーから応答がないまま新宿へ着いてしまった。
相手が指定した場所は、
新宿南口のJR病院の裏の建物。
いかにも誰も気付きにくい死角的なビルだった。
きしむエレベーターで三階へ上がった。
入り口のドアをノックすると中から反応があった。
ドアを開けて中へ入る。
カウンターで中年の男がマユに対応した。
部屋の奥の応接セットには、五人の男たちがいた。
「瀬能マユさんだよね」
男はマユを確認した。
頭の中でリーパーが言った。
「奥の応接室にお母さんの遺体がある」
遺体!!遺体ってどいうことだ!!
「すぐに警察と救急車へ電話しろ」
マユは口もきけなかった。
なぜこんな場所でママが死ぬ!
こいつらに殺されたんか!
唇を間でも嗚咽が漏れる。
まずママに会わせろ!
電話はそれからだ!
マユがカウンターの中へ入ると、
同時に男たちが一斉に立ち上がった。
少しも怖くはなかった。
頭の中でリーパーの声がした。
「相手が向かってきたら息を吹きかけろ。それだけで、相手は向かってきた倍の力で吹き飛ぶ」
今になってそんなこと言うか!
ママの死を聞いて、心の準備ができてない!
それでもつかみ掛かってきた大男の顔面に、間近から息を吹きかけた。
驚いたことに、それだけで男は壁まで吹っ飛んだ。
他のことはどうでもいい。
お母さんの遺体を確認し、連れ帰るのが最優先だ。
「お母さんは殺されたんじゃない、自殺したんだ」
自殺か!でも死んだことに変わりはない。
リーパーの言葉が、少し嬉しかった。
次々と殴りかかってくる男たち。
その顔に、間近から息を吹きかけた。
椅子を振り上げて向かってきた男には、
つい力が入って部屋の端まで飛び、
窓ガラスを突き破って外へ飛びだした。
凄まじい破壊力だ。
遠くパトカーのサイレンが聞こえると
男たちは一斉に部屋から走り出て行った。
マユは奥の応接室へ走った。
中のソファにママの体が横たえられていた。
「なぜ、ママがこんなとこで死ぬんだよ!!」
マユはリーパーへ叫んだ。
「お母さんが今朝、人質として捕まった。お前を守るために死んだ」
私を守るため?
「お前はそんなに簡単に言うことを聞く
タマじゃないから、人質が必要だった」
そんなことってあるかよ!
ママは何も関係ない。寿命の事さえ知らない。
「奴らは手段を選ばない。すでに相当な資金も使ってる。
やつらは必死だった。お母さんはお前を護ったんだ」
マユは物言わぬママを抱きしめて号泣した。
ダメな娘でごめんね!
「お母さんは立派だった。事態を悟ると
迷うことなく持ってたカミソリで自殺した。
人質がいなくなったのは、に取って大誤算だった」
「ママは私のママで、警察官の妻だから・・・」
警官と救急隊員たちがドヤドヤと入ってきた。
救急隊員がママの死を確認した。
立派な死なんてあるもんか!
リーパーが私に返事をしなかったのは、
ママの死を確認してたからだ。
遺体を救急車は運んでくれない。
パパが車を手配して家へ帰るまで
私はママといた。
金のために平気で醜いことをする奴らが憎い!!
夜、パパと二人だけで、ママの通夜をした。
リーパーから私に新しい力のあることを教えられた。
新しい戦いはこれからだ!