高校生心中
久しぶりに自分の時間ができたので、マユはスタバ荻窪店へ行ってのんびり時間を過ごした。
ここの楽しみは、ジュレ・シトリウムが飲めること。マユは三年前から、これオンリーだ。
ベンティという最大のグラスに果肉を増量してもらう。ジュレの果肉がストローを使って楽しめる。私の至福の時間だ。
前回の真木には心底まいった。
連中が人を刺すときは匕首の刃を上に向ける。そして恨みある相手には、刃を入れてからえぐる。
私はさすがにえぐられなかったが、彼らの怖さは凄まじかった。火の鳥でなかったら私はまず即死だ。
スマホが鳴った。ここでスマホは困るのに。
口を手で覆って出ると有香だった。同級生だ。
私が答えるより先に有香が言った。
「愛美と甲田が分かれるらしいの」
それは聞き捨てならなかった。二人は入学以来のラブラブカップルだ。一体何があったんだ。
「昨日、甲田からいきなり言われらしい」
「彼にいい相手でもできたんか」
「そんなことあるわけないだろ!」
有香にびしゃり!と言われた。
「彼がある決心をして、その前に愛美と別れるつもりらしい」おうおう、高倉健の世界やな。
ある決心とは、甲田が男を殺すつもりだろうことが察しられた。男は、なぜすぐにこうなるんだ!」
「二人は今どうしてる」
「最後の話し合いしてるらしい」
愛美は彼を思いとどまらせようと、必死で説得してるのか。無駄だろうに。
問題は深刻だ。マユはため息をついてスマホを切った。店内ではスマホ禁止だ。これ上続けてるとスタッフが注意に来る。
突然、頭の中でリーパーの声がした。
「寿命交換は順調に進んどるんか」
何をぼけたこと言ってる。一回目でダメにだめになったわい。
最愛の石野に断られてな。
「その男、三日と八十二年の交換を断ったんか」
見事に断られた。そして、三日後に東北自動車道で即死した。
「若いくせに凄いやつやの。そんなやつにこそ生きてて欲しいのに」
それはクズばかり生き残ってるって嫌味か。
リーパーとの会話は声に出ない。だが、もうやめてくれ。また涙が出る。
「この店の客とスタッフの中に、死にたいやつが三割はおる」
私は驚いて店を見回した。
そんなに!そんなに死にたい人間がいるのんか!
「いるな。人間は死ぬために生きておる。いずれは死ぬということをみんな知っている」
そうだよな。死に方は様々だが、いずれ行く先は同じだ。生きる意味を見失ったやつは死を考える。
死は自分が生まれてきた故郷だ。もう、故郷へ帰ろうと思うのは自然だ。
金のために生きるやつがいるが、あれを守銭奴という。人間として汚いし見にくい。自分の欲望のためだからだ。
生きる正解は他人のために生きることだ。
人間はそうできている。黒澤明の映画「生きる」はそれを見事に表している。自分の人生が他のためになった時、人間は安心立命して目を瞑れる。
店内を見回していたら、なんと奥の席に甲田と愛美がいた。私はグラスを持って彼らの席へ移動した。
マユがソファの横に座っても二人は無言だった。
頭の中でリーパーが言った。
「二人は死ぬ気だ。二人の残り寿命は合わせて百年を超える。寿命交換を言ってみろ」
守銭奴が金のことしか考えないように、死神は死のことしか考えない。私は無視した。
二人は座ったまま無言だった。
ただ、マユが気がついたのは甲田の顔に、あの殺人者の相が現れていたことだった。すべては手遅れだった。
私は言った。
「甲田くんの気持ちもよくわかる!私も中学の時、あらぬ疑いを体育教師にかけられ、教員室の教師が全員いる真ん中に長時間座らされた。無実なのに自分のことより、何もできない担任教師がかわいそうだった」
マユの話は事実だった。
今でも、あの体育教師を殺したいと思ってる。
甲田はじっと下を見ていた。
「私は、あの時体育教師を殺さなかったことを今でも後悔してる」
愛美が両手で顔を覆って泣きだした。
「私の父は刑事だけど、警察には正義・不正義なんて言葉は通用しない。法に外れた結果論しか見ない」
甲田がつぶやいた。
「マユ、ありがとな。愛美にはすまない!」
愛美に甲田は深く頭を下げた」
そして店を出て行った。
愛美が後を追った。
「百年寿命、逃がしたな」
寿命交換やるから、死にたいやつと残りの寿命教えてくれよ。それが人間にはわからない。
「お前がある人間の前に立った時、わしが数字を言う。その人間はすでに死を決意し・・・」
数字が残り寿命ってわけね。
「大事なことは今のように感情挟まんことだ。何の意味もない。死に急ぐやつは同情なんていらんのだ」
でも、甲田くんはありがとうって言ってくれた。
「同級生への、礼儀だぐらいわからんのか!」
彼らはその足で近くのビルへ向かい、十階の屋上から飛び降りた。
まず愛美が飛び降り、それを見届けてから甲田が飛び降りた。
翌日、体育館裏の血の海に、体育教師の塚田の遺体が発見された。背後からカッターナイフで首を切り裂かれていた。
死は滅亡であるが救いでもある。火の鳥となったマユは、やがてその死の救いを求めるようになる。