母娘無理心中の危機
刑事の瀬能からラインがあった。
朝霞の居場所を知らないかという。
四日前に訪ねてきたが、朝には学校へ行くと知って出て行った。
それきり会ってない。
そう告げると、瀬能はだいぶ焦っているようだった。
朝霞が関係していた組織が覚醒問題で、今警察の捜査を受けている。
そのキーマンが朝霞だというのだ。
直接覚せい剤の密売に関わってはいないが、
その組織の全貌を知っているのだという。
仲間の三人はすでに重要参考人として警察署で保護している。
消される恐れがあるからだ。
朝霞は組織のトップと愛人関係にあり、内情に詳しい。
何の摘発ができないとしても朝霞の身柄を取らないと、組織の摘発ができない。
非常に巧妙に組織が構成されており、警察は手を焼いていた。
その肝心の朝霞が行方不明なのだ
母親も不明だった。。
二人で逃走している気配があるという。
そこまで捜査内容をマユに告げるのは、警察がかなり焦っている証拠だ。
母親は何としても娘を護ろうとしている。
組織と警察の両方から。
それは事実上不可能だ。
顔認証システムが発達している現在、二人にとって安全な場所など日本にはない。
警察が一番恐れるのは、親子が警察より先に組織の手に落ちることだ。
いくら聞かれても、四日前に訪ねて来て以来朝霞とはあっていないとマユは答えた。
先日のこともあり、マユは今登校していない。
やはりあの時の障害事件がショックだったのだ。
傷そのものはすっかりと癒え、後遺症は何もない。
精神的なものが大きかったのだ。
いきなり匕首で、太ももを刺されたのは初めての経験だった。
マユが火の鳥でなければ、命を落としているか今も病院にいる。
朝霞とは全くあっていないと告げてラインは切れた。
警察は母娘を重要参考人として全国指名手配している。
しかし、顔認証システムを使っていくら搜索しても、瑶として二人の行方は掴めない。こんなことは珍しいのだ。
監視カメラが後ろ姿くらいは捉えているものなのだが、全くその気配はない。
警察は徐々に二人は無理心中し、すでに生存していないのではないかと思い始めていた。ならば、死体くらいは見つかるはずだ。それさえない。
組織も全力をあげて二人を追っている。
今や警察と組織の二人発見争奪戦の様相を呈していた。
瀬能は藁にもすがる思いで、マユに情報提供を求めてきたのだ。
だが、四日前の早朝マユの傷の手当てをしてすぐに登校した。それ以外、マユから答えは引き出せなかった。
しかし、警察の調べでは、あの朝朝霞は学校へ行っていなかった。
帰宅して母親と家を出た。組織が迫っているので、相当急いでいる様子が残された家の状況から明らかだった。
以来、二人は忽然と姿を消した。警察も組織も追跡の手段を失った。
最寄り駅の監視カメラは二人を捉えてはいなかった。
警察は威信にかけて二人の全国手配をした。組織摘発の手がかりが朝霞にかかっていたのだ。捜索は手がかりを完全に失った。
一週間、二週間と時が過ぎていく。
警察首脳部の判断は、母娘の無理心中に傾きかけていた。
これだけ監視カメラと顔認証システムを動員して二人を探せないなど、ありえないからだ。瀬能など二度もマユの家へ足を運んだ。
だが、全く無駄だった。あの朝以来、マユは朝霞と会っていないのだ。
組織が先に二人を発見したら、即座に跡形なく二人は消される。かの
二人の救いは警察しかないのだ。現に朝霞の仲間三人は二十四時間体制で警察に保護されている。
しかし、調べているうちに朝霞の父は、警察の厳しい取り調べでのちに自殺していたことが判明した。父の無実は今は立証されている。
母と娘はそれがトラウマとなって警察から逃げ続けているのか。
だとしたら、警察は二人の完全な味方であることをわかってもらうしかない。
瀬能はそれをするために無駄と知りながら、四度目にマユ宅を訪れた。
これを最後の訪問にするつもりだった。
警察の最終判断は、母と娘はすでに日本のどこか知らない地で無理心中しているという形に傾いていた。
あとはその遺体を一刻も早く発見することだ。警察の捜査は完全に諦めムードだった。瀬能の話を無言で聞いていたマユは言った。
「ついてきてください」
そして二階へと上っていった。
疑問に思いながら、瀬能も後について行った。
マユは二部の部屋へ入った。
そこへ入った瀬能は仰天した。
あれほど警察と組織が四週間にわたって探し求めていた、朝霞とその母親がいたのだ!
「さっき言ったことをお二人に説明してください」
それだけ言って、マユ炉したとおもっては部屋を出た。
組織の男たちは、朝霞の居場所を吐かない眉に重傷を負わせた。
いや、たぶん殺したと思っているだろう。
普通の者なら、あれをやられたら当然死亡する。
マユを殺したと思っている組織は、マユの家へは寄り付かない。
それが盲点だった。
マユは朝霞親子を二階の自分の部屋へ、密かにかくまったのだ。
瀬能が何度彼らの居場所を聞いても絶対に言わなかった。
だが、四週間を経た今、警察も組織も二人の存在を諦めかけていた。
間も無く二台のパトカーが到着した。
瀬能が朝霞と母の説得に成功したのだ。
二人は瀬能の車に乗り、前後をパトカーに護られて本署へ向かった。
別れ際、朝霞の母は眉に深々と頭を下げた。
実際、二人は無理心中直前まで追い詰められていた。
マユが救いの手を伸べなかったら、完全に行き場を失っていたのだ。