無償の犠牲
夕飯の後始末をしていたら、玄関チャイムが鳴った。
今頃、誰だろう。約束は何もないはずだ。
インターホンに出ると、若い女の子の声が早口で言った。
「入れてください!追われています」
様子がただ事ではない。
「どなたですか」
「いつか四人組でお会いした飯盛朝霞です」
ああ、あの四人組の一人かと思った。
すぐに玄関を開けた。
真っ青な顔をした朝霞が立っていた。
とにかく彼女を家へ入れる。
しきりと暗い道を気にしている。
ドアの鍵とチェーンを下ろし、居間へ通す。
「どうしたの。追われているって、誰に?」
「あなたは知らない方がいい。かくまってください!」
彼女は相当怯えている。
ともかく彼女を隠すのが先決だ。
二階の自分の部屋へ連れて行き、クロゼットへ入れた。
理由や状況を聞くのは後回しだ。
状況に対応しなければならない。
彼女は私の親友でも、友人でさえない。
それがこうして飛び込んでくるとは余程のことだ。
恐らく報復を恐れて警察へも行けない相手なのだ。
クロゼットのドアを閉めて言った。
「何があっても、絶対にここから出ないで!」
彼女は無言でうなづいた。
再び玄関チャイムが鳴った。
追っ手が来たのだ。
なぜこうも早く、私の家を特定できたのか。
警察並みの情報力だ。
嫌な相手であることが頭をかすめた。
玄関ドアを開けると二人の男が立っていた。
マユの背後の言の中を探るように見る。
明らかに普通ではない男たちだ。
ヤクザと呼ばれる男たちとも違う。
「女が来ただろう」
兄貴分らしい男が言った。
「いえ、私一人ですよ」
二人はマユを押しのけるようにして屋内へ言った。
「女を出さないと、あんたがまずいことになるぞ」
これは脅しではない。
本気でやる男たちだ。
「家探しさせてもらうぜ」
弟分らしい男が言った。
「それはこまります! 私一人しかいません」
途端に兄貴分の男のマユの顔面を襲った。
ガツン!という鈍い音とともに、マユはソファまで飛んだ。
まともな男たちではない。
言葉は通用しない。
ソファに倒れながらマユは言った。
「家探しは絶対にこまります!どうしても、と言うなら110番します」
冷笑を浮かべた男は、背後の弟分から何かを受け取った。
「じゃ、お前が身代わりだ」
言うと同時に手にしたものを、マユの太ももへ振り下ろした。
凄まじい衝撃と激痛がマユの体を貫いた。
声も挙げられないいきなりの攻撃だった。
見ると、マユの太ももに匕首が深々と突き立っていた。
兄貴分の男は言った。
「あの女が喋ると同じことをする。よく覚えておけ!」
男はマユの太ももから匕首を抜こうとしない。
出血で死に至るからだ。
いかにもプロのやり口だった。
「救急車を呼べば、助かるのは五分五分だな
男たちはもう一度階段を見上げて、家を出て行った。
凄まじいばかりの朝霞への警告だ。
男たちがいなくなったのを見計らって、朝霞が階段を飛び降りて来た。
マユに駆け寄ろうとする朝霞にかは、マユは叫んだ。
「ドアをロックして!」
朝霞は急いで玄関ドアをロックした。
「なぜ、なぜ私の身代わりになんかなるのよ!」
おろおろと泣きながら、クロゼットの引き出しを開けありったけのタオルを出した。
それを持って横たわるマユの前に膝間付き、匕首が突き刺さったの傷口にタオルを当ててそれを引き抜いた。
激痛にマユが呻いた。
「すぐに救急車を呼ぶ!」
叫ぶ朝かを眉が引き止めた。
「やめて!」
「でも!!」
「いいから学校へ行って。もう時間よ」
朝霞が激しく泣きじゃくった。
「なぜ、なぜ私のためにそんなことまでするのよ!!」
「私はあの男たちと約束した。あなたが何を見たか知らないけど、それを口外したらあなたもこうなる」
朝霞はうなづいた。
「しない、絶対にしない!」
マユはタオルに包んだ血まみれの匕首を朝霞に差し出した。
「これを善福寺河へでも捨てておいて」
匕首を朝霞は受け取った。
「さあ、学校へ行って!」
「あなたどうするのよ!このままじゃ、死んじゃう!」
「私はひと眠りする。彼らのために睡眠不足だから」
朝霞は心配気に泣きながら家を出て行った。
マユは天井を見上げた。
眠ろう。それは朝霞が言うように死だった。
こうなった私は死を経て蘇る。
蘇るためには、一度死ぬ必要があった。
だが、マユは満足だった。
朝霞の犠牲となって死ぬのだ。
弱い者、追い詰められた者、救いの欲しい者。
彼らのために私は蘇る火の鳥となる。
それを何度でも、何十度でも、何百度でも繰り返す。
それが私に異能が与えられた意味だ。
マユは満足の笑みを浮かべて死の眠りについた。