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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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マユは面通しで見た五番の男を調べた。

あの男が本ボシの殺人犯だ。

警察は証拠も証人もなく、調査本部で対象の一人に毎日上がっているに手も足も出ない。


マユの父などは足を棒にして毎日捜査している。

犯人対象者は六人いるから絞りきれてないのだ。

だが、マユは考える。


そうして犯人を特定して逮捕したとして、どうなるのか。

裁判で犯罪の重さを認否して刑務所で軽に服され刑に服させる。

それでいいのか!それでは真の事件解決にはならない。裁判所と国民の自己満足ショーである。


本当の解決とは、犯人自身が被害者とその周囲の家族などに

どこまで誠意を尽くして償いしているかにある。

逮捕したり、裁判でそれを阻止するのは本末転倒だ。


犯人を特定して刑務所へ入れれば、

その日から彼に食わせてもらっている家族や被害者たちは路頭に迷う。

法律はそんなことは御構い無く、犯人を罰する。そうなると、家族と被害者は路頭に迷う。


法律はむしろ社会悪である。

マユは犯人を特定している。

あとは犯人の今の生活の把握に全力を尽くす。


もし残された被害者遺族に償いをしているなら、それを見守り放置する。

加害者と被害者に最も大切なのはそれなのだ。六法全書と裁判官ではない。


人間の罪を人間が決めるなど傲慢も甚だしい。

警察と検事、裁判所はそれを自覚していない。

マユはスマホで出来る限り五番目の男真木正三の情報を取った。


織部は事態を察知して何度か警告してきた。

真木は元暴力団員で凶暴な男らしい。

しかし、今では阿佐ヶ谷の商店街のスーパーで売り場主任をしているらしい。


それなりにまともな生活をしているのだ。

だが、真木は今も自分のルールで生きている。

それを邪魔したり乱されると、躊躇なく第二第三の凶悪事件を起こす。


危険な男なのだ。社会的公正など眼中にない。

マユは慎重に真木の身辺調査から始めた。

彼は阿佐ヶ谷の大手スーパーの売り場主任を任されていて、

収入は四十万近くあるらしい。仕事圏は阿佐ヶ谷なのだ。


だが、生活は隣の荻窪でしている。

驚いたことに駅近くのコミック喫茶で寝泊まりしている。

四十万の収入があるなら、ソコソコのマンションを借りられるだろう。


阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺は独立した生活圏でありながら、

そこに暮らす人間は共通の文化圏として生活していた。

必要とあれば阿佐ヶ谷の住人が吉祥寺へ行くのもなんの抵抗もなかった。


だからと言ってその先の三鷹や高円寺へは足を伸ばさない。

真木はかつて吉祥寺の暴力団の構成員だった。

だが、全く吉祥寺へ足を伸ばそうとはしない。


織部からスマホで情報を聞くたびに、強く警告された。

彼らは時には警察以上の勘を持っている。

非常に危険なのだ。


翌日、珍しく真木は仕事の帰りに吉祥寺へ足を伸ばした。

マユは尾行した。所詮は素人の尾行だ。

真木にバレている心もとないものだった。


大通りから人気のない路地へ入った瞬間に、それは来た。

待ち構えていた男が体当たりしてきた。

身体中に経験したことのない衝撃が走った。


見下ろすと腹に匕首らしい刃物が刺さっていた。

真木はそれを引き抜くと無言で路地の奥へ消えた。

とても立っていられずに崩れた。


通行人が見つけ、救急車を呼んだ。

病院へ運び込まれた。息ができなかった。

彼らは人間の急所を知っている。

仕留めるつもりなら、正確に急所へ刃を入れる。私は急所でなかった。


真木は警告の意味で私を襲ったのか。

それほど吉祥寺は彼にとって大切な場所なのか。

救急車からトレーチャーで手術室へ入れられた。


手術準備で忙しい看護師たちの一瞬の隙を狙って病院を出た。

すでに血は止まり、傷口は塞がっていた。

私はフェニックスなのだ。火の鳥は蘇る。


以来、私は絶対に荻窪を出なかった。

真木のそばへも近寄らなかった。

いくらフェニックスでも、あの経験と恐怖は一度でたくさんだった。


一年近くも彼のことを忘れていた。

春になって突然、織部からスマホへ連絡が来た。

税金の申告で真木の行動が明らかになったというのだ。


マギは吉祥寺にマンシヨンを購入していた。

月の家賃三十万もするグレードの高いマンションだ。

彼の収入のほとんどが、そのローンに当てられていた。


問題はその六階に住む住人だった。

彼がかつて殺した男の妻と幼い子供二人だった。

子供達には荻窪の幼稚園と保育園をやめさせ、親子三人ひっそりとそこで暮らしていた。


もちろん真木は家賃など取らず、それどころか少ない生活費さえ与えていた。

マユが吉祥寺へ足を踏み入れた途端に刺されたのは、

それが真木の償いの聖域だったからだ。


以後、警察も真木の捜査を中断したらしい。

真木を逮捕したら、マンションのローンを払えず

三人の母子は行き場を失うからだ。


真木の償いは本物だった。

あと数十年続くであろうコミック喫茶での寝泊まりを続ける。

殺した男の母子には快適なマンションを与える。


それが真木の価値観だった。

夫を殺され、路頭に迷う母子に生活保護でなく、自分の出来うる限りの償いをする。

邪魔する奴は刺してでも排除する。


それを思ってマユは笑い、そして泣いた。






















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