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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
33/54

飛天

午前中、瀬能からラインがあった。

また捜査一課へ戻れるという。

あの香水疑惑が完全に晴れ、一課復帰が認められたのだ。


だが事件そのものはまだ解決していない。

とにかくよかった。

捜査畑一筋で来た瀬能がない金なんて考えられない。


おめでとうを言っておいた。

近く食事をしようという。

復帰祝いというわけだ。


祝いをしてやるのはこっちの方だ。

だが、幸治郎が亡くなったばかりで

とても祝うという気にはなれない。


ご両親もひどく落ち込んでいる。

マユは学校もしばらく行ってない。

肉親が亡くなったわけではないから、


そう言う届けはできないがショックだった。

辛すぎた。

こんなことでは、お迎えなどの資格がないのかもしれない。


とにかく何もする気になれなかった。

マユがそう言う状態になるのは珍しい。

幸治郎の顔が浮かんでは涙ぐんだ。


突然、光代が来た。

マユを慰めに来てくれたのだ。

光代らしい気の使い方が嬉しかった。


彼女は以前も午前三時、四時に来た。

マヨはその行動から、ある疑惑を抱いていた。

途方もない疑惑だが、そうとしか考えられなかったからだ。


マヨは光代にコーラを出してやりながら聞いてみた。

「光代って、飛天じゃないの」

突然の質問に光代は驚いてマヨを見た。


「どうして、そう思うの」

と言うことんねは飛天の意味を知っているということだ。

「あなたの行動から見て、そうとしか思えないから」


「さすがマヨさんね。でも、否定も肯定もできない」

これは

母からげ中に口止めされているのだ。

飛天とは奈良の法隆寺の壁画にも描かれている

宙を舞う天女のことだ。


二年前宇宙飛行士若田光一さんが、

宇宙滞在中の宇宙ステーションで飛天の舞を

再現したことで一躍有名になった。


それを依頼したのはお茶の水女子大学の石黒節子名誉教授。

彼女はシルクロードの莫高窟に描かれている

四千五百種もの天を舞う天女「飛天」の姿を

ぜひとも宇宙空間で再現して欲しかったのだ。


若田飛行士は数百年の時を経て

「飛行」「回転」「座禅」の舞を再現して見せた。

華を降らせ、楽を奏じなから、平和を祈り、

死者を慰め、天して見事に虚空を飛天して見せた。


法隆寺の飛天はマユも以前チラリとだが

見たことはある。

だが,この国際宇宙士の飛天再現には度肝を抜かれた。


重力のない宇宙空間で重い宇宙服をつけて

飛天舞を再現するのは並大抵のことではない。

以来、マユの頭の中から飛天が離れなかった。


光代の考えられない行動から、飛天を思い出したのだ。

飛天を当てはめれば、午前三時、四時に突然阿佐ヶ谷から

荻窪へ現れるのは説明がつく。


光代は笑って即答しなかった。

飛天の発祥の地は中国である。

それも女性のみである。


現在の中国ではとっくに飛天は絶えている。

おそらく共産党体制という態勢からくるものだろう。

だが、日本にはまだ飛天の血を引く女性がいるはずだ。


いや、日本にしかそうした女性はいない。

数百年前に描かれた法隆寺や東大寺に描かれた無

ことはすべて絵空事と日本人は思って来た。


しかし、最近の近代科学の粋を使った研究で

それが現実のものと認められつつある。

飛天もそれではないかとマユは思っていた。


光代の行動がそれにピタリと当てはまる。

なぜか光代は肯定しなかった。

母から厳重に口止めされているのだ。


母から娘へ、さしてそらにその娘へ。

飛天は女系に代々受けつがれ、何百年を過ごしてきた。

公にされなかったのは、女性にしかできない飛天が男性統治者にとって、決して心地よいことではなかったからだ。


マユそれ以上光代には聞かず、好きなカレーを作ってやった。

敦煌郊外の莫高窟に無数の飛天が描かれ、数百年の時を経て日本の法隆寺の壁画にも描かれた。


その末裔の少女が、今マヨの前でカレーを食べている。

無理にその秘密を明かさせず、密かに光代の娘に伝えるのが

一番良いとマユは思った。


光代はカレーを二杯お代わりした。

昼間、彼女は地下鉄と歩きで現れる。

だが、深夜はどこからともなく突然現れる。


おそらく人目と監視カメラを避けてのことと思われた。

真夜中に監視カメラの届かない上空高くを

飛天する光代を想像するのは楽しかった。


これからも光代の力になっていこうとマユは思った。

飛天は女性のみでなく、人類の宝だからだ。

絶対に絶えさせてはならない。


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