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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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激痛

リーパー(死神)から新しい指令が来た。

彼はマユの絶対的ボスである。

命令には従わなければならない。


マユと同年齢の少年の余命が1ヶ月以内だと言う。

至急お迎えに行けという。

お迎えとは死に望んで安らかにあの世へ導くことだ。


死はだれでも恐ろしい。

その恐怖を取り去り、安心立命で死を迎えさせてやるのだ。

お迎えと呼ばれているのがそれだ。


それがマユの役目だった。

相手は高三と言うからマユと同学年だ。

そんなに若くて、なぜ死病にとりつかれたのか。


これだけは誰にもわからない。

自分だけが死ぬなんて理不尽だと、取り乱すものもいる。

だが、自然の成り行きだ。誰にもどうすることもできない。


学校の帰り道でその男子を見つけた。

心なしか一人で力なく歩いている。

友人たちから離れて一人だ。


まるで自分の運命を知ってるかのように。

マユはすぐに近寄らず後をつけた。

細い路地を見つけると、少年は入ってしゃがみこんだ。


激痛に耐えているのだ。

後ろから見てもわかる。

懸命に肩を震わせ、痛みと戦っている。


マユはそっと背後に立ち、その震える肩に両手を置いた。

少年の震えが止まり、息を沈めながらマユを見上げた。

痛みが止まったのだ。


きっとこんな経験は初めてなのだろう。

信じられぬようにマユを見上げている。

マユの役目は最後の痛みも取り除き、

安らかにの世へ導くことだ。


少年は信じられないようにマユを見た。

初めての経験なのだ。

これがくると、実は本当に最後は近い。


「ありがとう」

少年は素直に言った。

「きっとまた発作が起きる。家まで送りましょうか」


マユは少年に言った。

「それは助かる。これが始まると胸を締め付けられ

動けなくなくなる」


そうだろう。心臓は最後の断末魔を上げてるのだ。

少年の心臓は生まれつき小さく、しかも変形している。

現代医学では助けようのない奇病だ。


余命はあと1ヶ月ない

本人はそれを知らない。

二人は並んで歩いた。


「不思議だなあ。あなたに触られたら、ピタリ!と痛みが止んだ。

こんなこと初めてだ」

別に不思議でもなんでもない。


誰もが最後に経験することだ。

だから死を恐れてはいけない。

私がそばにいれば激痛から解放され、笑って死ねる。


二人は並んで彼の家へ向かった。

南荻窪の彼の家は、あたりを圧する豪邸だった。

玄関前で別れようとすると、彼はマユを引き止めた。


奥から出てきた母親も、

事情を聞くと手を取らんばかりに家へ入ることを願った。

マユもこのまま少年から離れるのに危険を感じていた。


言われるままに家へ入った。

少年の部屋は一階奥にあった。

三階建てだが二階三階へは、彼が上がらぬようにとの配慮なのだろう。


少年の名は鳥羽幸治郎と言った。

マユも自己紹介した。

彼女が同学年の高校生であることに、母子は驚いた。


きっと看護師の見習いか何かだと思ったのだろう。

出なければ、あの激痛は治せない。

普通の看護師でも、いや医師でも無理だ。


二人が散々経験してきたことだ。

今や諦めの境地に入っていた。

母親はマユの家庭状況、境遇を詳しく聞いた。


初対面の人間に対して、明らかに礼を失している。

しかし、その必死さはマユには手に取るようにわかった。

一人息子をなんとか痛みから解放したいと、恥も外聞もなかった。


母親の言いたい結論は解っていた。

マユに両親がなく一人暮らしであることを知ると、

我が家へ来てここから学校へ通ってくれと頼んだ。


さすがにマユが断ると、それが懇願に変わった。

マユも幸治郎は心配だった。

救急車も頼みにならないからだ。


彼の死期は迫っている。

母はただ彼の安らかな最期を願っているのだ。

これ以上マユには断る理由がなかった。


ついにマユは承諾した。

部屋は彼の隣の十畳ある客間が当てられた。

夜、彼の父が帰宅した。


事情を妻から聞いたらしく、正座して「よろしく頼む」とだけ言っ頭を下げた。

某大手IT企業の取締と聞いたが、

挨拶する彼の目に医師免許も何も持たないマユにかすかだが疑いの色があった。


マユはその日から、鳥羽家で暮らすことになった。

夜中に幸治郎は発作を起こしたが、

いつものように両親を起こすことなくマユが静めた。


朝は食堂で四人で食事をとった。

彼の痛みを抑えることなど、マユにはなんでもなかった。

彼は完全にマユに心を許している。

好青年だった。


やがて確実に来る彼の死を思うと、マユは切なく辛かった。



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