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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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生死一如

マユの父は警視庁杉並署の刑事だった。

捜査一課すなわち殺人課のベテラン刑事である。

夏休みに入って時間のあるマユは、口実を設けては署へ入りびだっていた。


今日は久しぶりに父に時間ができたので、署で待ち合わせ夕食をとることにした。

こんなことは滅多にない。

入り口のロビーで待っていると、父の部下の織部が声をかけて来た。


「マユちゃん、上で待ってなよ」

父のいる捜査一課は二階だ。

「ここがいいの」


マユは答えた。ロビーのソファーに座ってると、いろいろな人間が署へ入ってくる。

手錠をかけられた逮捕されたばかりの男だったり、

殺人容疑者だったり普通では見られない人間たちが署員に連れられて入ってくる。


普通は裏口を使うのだが、緊急のときは玄関を使う。

リーパーに会い、石野とのことがあってからマユは変わった。

人間のうわべではなく目の奥を見る習慣がついていた。


石野のあの最後の目が、今でも忘れられなかった。

織部がソファーの横に座った。

「主任、事件が起きて、急に忙しくなって」


じゃあ、今日のごはん食べる約束もダメか。

マユは少しがっかりした。

ロビーのエレベータードアが開いて、三人の男たちが出てきた。


その真ん中にいる上背のある男にマユの視線が行った。

じっと男を見ている。異常なほど集中して。

マユたちの前を通り過ぎる時、男は視線に気づき彼女を見た。

それでもマユは視線を外さない。


さすがに織部がそれに気づいてマユにささやく。

「どうかしたの」

「ううん、なんでもない」


時間があるとマユは署へ遊びに来る。

父は禁じているのだが、毎日のように来る。

いつも父はいない。その度に織部が相手してくれる。


刑事である彼も忙しいのだが、マユと気が会う。

まるで兄妹のように一緒にいる。

歳は八歳離れていた。

「今の人、だれ?」


マユが聞いた。

「本庁から来たお偉いさんだ。

事件が起きた三階の会議室に捜査本部が置かれる」


中年の制服警官が二人の前を通りかかった。

その男の目にもマユの視線が釘付けになった。

階段を上がって姿が消えるまで流を離さない。

さすがに警官は、階段の上でちらり!と彼女を見た。


今度は玄関を入ってくる若い制服警官にマユの視線が行った。

その目をじっと食い入るように見る。

その目つきは普通の目つきではない。


三人目には、さすがに織部は気になった。

刑事の勘が働いた。

立ち上がってカウンターを入り、総務課へ向かった。


総務課の女子署員岡部に聞いた。

「本庁の帯刀軽視と生活安全課の大林、

捜査二課の遠山の共通項はなんだ」


いきなり唐突な質問に岡部は戸惑った。

「至急調べてくれ!」

織部の真剣な表情に、一応署内の規定だは告げた。


「本庁警視の個人情報となると、署長の許可がいるんですけど」

低い声で織部は怒鳴った。

「そんなことは分かってる。急ぎだから頼んでる!」


岡部は無言でコンビューターを叩いた。

出てきた画面を織部は横からのぞきこんだ。

「三人とも容疑者を、緊急事態発生で射殺しています。帯刀警視は十二年前に・・・」


織部は説明を聞かずにロビーへ戻った。

そうか、マユは殺人者を見抜けるんだ。

これは大変なことだ!


これが事実なら、容疑者に自白させる必要がない。

秘密の暴露を吐かせれば、容疑は確定する。

マユはまだロビーのソファにいた。


その肩に手を置いて織部は言った。

「マユちゃん、五分だけ僕に時間くれる?」

マユは笑った。

「何よ改まって。面白いことなら付き合うよ」


織部は先に立って二階への階段を上がった。

マユはついて来る。

言葉の割には、織部の歩くのは慌ただしかった。


二階の奥のドアを開けて中へマユを入れた。

中は異様だった。

部屋は薄暗く五人の男と一人の主婦らしい女がいた。

みんな、部屋の左手の壁いっぱいにはめ込まれたガラス窓を見ている。


ガラス窓の向こうの部屋には、低い台の上に立った五人の若い男たちがいた。

全員こちらを向いて立ち、

両手で数字の書かれた板を持っている。

数字は1から5まで。男たちは五人いた。


闇の中の三人の男たちが織部とマユを見た。

「何だ!立ち入り禁止だぞ!」

「わかってます。5分、いや3分だけ時間ください」


織部はマユの肩に手を置いてささやいた。

「あの五人の中に、さっきのおじさんたちみたいなのがいたら、笑って」

マユはガラスの向こうの男たちを見た。


「何も言わなくていい。笑って番号だけ言って」

無表情でマユは異様な格好の男たちを見た。


突然、ドアが勢いよく開いて、男が入ってきた。

三人の男の一人が驚いたようにつぶやいた。

「瀬能主任!」


瀬能は男たちに言った。

「誰だ、ここへ娘を入れたのは!」

織部が言った。


「私です。すみません」

マユの肩を掴んで部屋から引きずり出した。

慌てて織部も後を追ってドアを閉めた。


廊下へ出ると、まず瀬能はマユに言った。

「署への出入りを禁ずる!厳禁だ!!」

織部へも命じた。

「以後、娘と接触するな!やったら交通課へ飛ばす」


それだけ言って足早に階段を上って行った。

織部はマユに謝った。

「ごめんな。悪いことしちゃった」


「何番とは言わないけど、あの中に織部さんの探してる男いたよ」

そう言ってマユは、一段飛ばしに階段を軽快に下りて行った。


マユは署の玄関の石段に腰掛けていた。

女子高生が警察署の前に座っているのは、かなり異様である。

でも、本人はなんとも思ってない。


やがて、あの面通しの三人の男たちが出てきた。

マユはそれを待っていたのだ。

「君たち、ちょっと話したいことあるんだけど、いい?」


男たちは怪訝な顔をした。

「お前、なんだよ」

「警察関係者。正確には刑事の娘」


「そいつが、なんでおれたちナンパするんだ」

「ちょっと気になるあってさ。時間はとらせない。コーヒー代もおごる」

三人はマユを値踏みした。


いい女だ。好みもあるけど、コーヒーぐらいは飲んでもいい。

デカでないので安心した部分もある。


適当に近くのカフェへ入った。

奥のテーブルへ三人を並べて座らせ、前にマユが座った。

三人は彼女を観察している。デカの娘と行ったのが気になってるのだ。


「君たちの名前知らないから、番号で呼ぶよ。

私の名は瀬能マユ。左から二番、三番、四番」

さっき警察で持たされた番号と同じだ。


三人は警戒した。追求されたら困るヤバイこともしている。

だが、相手は女子高生だ。なんとでもなる。

「君たち三人、人殺しを考えてるよね」


思いもかけないマユの言葉に、三人は緊張した。

「三番は二人称の殺し。つまり自分の恋人や家族、

いわば分身のようなかけがえのない人を殺そうと悩んでる」


三番の顔色が変わった。

「四番は三人称の殺し。相手は見知らぬ奴でも、

通りすがりの奴でも誰でもいいから無差別に殺ろうと思ってる」


二人は下を向いて黙っていた。

誰にも話したことがないのに、なぜ知ってる?

四番が言った。


「二番はなんなんだよ。やっぱ殺しだろう」

「二番は一人称の殺し。つまり自分を殺そうと思ってる」

こいつ、自殺しようってんのか!


三番と四番は驚いて二番を見た。

「みんな、やめときな! 殺しは人間として、

超えてはならない一線を越えることなんだ。

もう後戻りできない。それからは、想像もできない人生だ」


「必ず後悔するぜ! 二番は死ぬ瞬間にそう思う。

「生死一如」て言葉がある。

意味わからんだろうから、スマホかネットで引いてみな」


マユは伝票を掴んで立ち上がった。

「君たちはまだどうにかなる。

もうやっちまったやつは・・・手がかかる。

こっちが命取られた場合もある。そっちが多いけどね」


店を出て行くマユ。

三番が立ち上がる。

「俺、あいつに聞きたいことがある!」


店飛び出してマユの後を追う。

二番、四番も慌てて続く。

店の前で立ち尽くす三人。

どこにもマユの姿はない。




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