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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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自殺する少女


マユはリーパーから人間の寿命を見分ける力を授けられていた。

それをマユは人助けのために使おうとしている。

特に子供たちの自殺を食い止めることである。


最近では中高生の自殺はもちろん、小学生の自殺も珍しくはない。

まだ人生の入り口へも立ってもいないのに、自ら命を絶つのは悲惨すぎる。


なんとしてもそれを食い止めたかった。

特に子供の登下校時に注意を配った。

彼らは大人のそれと違い、発作的に行うことはない。


長年、誰にも言えぬ苦悶の時間を経て、決行するに至ることが多い。

マユは子供の頭を見れば寿命時間がわかる。

数十分、数時間などの数字が見えれば要注意である。


だが、一度自殺を決意した人間のそれを断念させることは、ほぼ不可能であることをマユは知っていた。

その場の場で止めても、苦しみの根源は相変わらず残っているからだ。


必ず再決行する。そして成し遂げる。

哀れである。人生経験もない年端もいかぬ子供が、自殺を考えるに至る気持ちを考えるだけで胸がつぶれる。


無事にその時を乗り越え、成長してから思い出した時必ずや生きていて良かったと思うに違いない。知恵と分別がない彼らには、正常な判断などできないからだ。


幼い小・中学生に人生の何がわかるだろう。

いじめや友達との諍いが過大に思え、解決の道も見出せぬままに自殺へ走る。

止められる者は、それを渦中で見抜ける者だけだ。


彼らは親へも友達へも決してそれを話さない。いや、頼み友達そのものが原因であることが多い。ましてやSNSなどの交流で生じた場合、周囲の大人が察知することはほぼ不可能だ。


マユは朝、阿佐ヶ谷駅へ向かう途中、前を行く中学生と思しき子供にそれを見た。頭部の寿命表示はあと十七分とあった。

危機的状況である。


彼女は慎重に子供のあとを歩いた。自分の登校の時間が迫っていたが、それどころではなかった。目の前を行く少女の命を救わねばならない。


こんな状況を察知できる異能が、つくづく呪わしかった。

だが、知った以上放置はできない。

なんとしてでも、彼女の命を救わねばならない。


少女はJR阿佐ヶ谷駅の改札を抜けていく。

残された時間から見て、電車への飛び込みだと確信した。

十七分以内に自死できる手段などないからだ。


ホームへのエスカレーターも階段も、ラッシュ時で混み合っていた。

マユは少女を見失わないよう間合いを詰めた。

すぐに彼女の体に手が届く距離を取った。


東京行きの快速電車が来た。少女は乗らない

彼女も急がなければ遅刻である。だが急ぐ気配はない。

並んだ列を詰められ、彼女はほぼ最前列へ出ている。


私は察知した。駅を通過する通勤快速を待っているのだと。

通勤快速は猛スピードでホームを走り抜ける。

最前列でその直前へ飛び込まれたら、マユに打つ手はない。


マユは必死で混雑の中を少女へ近づこうとした。

割り込みと間違われ、並ぶ人々は通してくれない。

通勤快速通過のアナウンスがなった。


マユは人混みをかき分けた。

左手の車線に通勤快速が遠く迫るのが見えた。マユと少女の間には、まだ二人客がいる。せめて少女の肩を掴もうと手を伸ばした。

前の大学生らしい客が険しい目で振り向いた。


通勤快足の地響きがホームに聞こえる。

こんな時に限っていつもよりホームは混んでいた。

マユはなりふり構わず少女に迫った。


やっと肩をつかんだ。小さな肩だった。

通勤快速の巨体が猛スピードで迫って来る。引きとめようとした少女の肩が意外な力で前へ出る。背後には大人たちの行列がある。少女を引き戻せない。


背後から押され、マユは少女と共に線路へ転落した。左から通勤快速が猛スビードで迫る。

ホームの雑踏で悲鳴が上がった。


マユは夢中で少女の体を抱いてホームへあげようとした。並んでいた男たちが協力し、間一髪で少女の体をホームへ引き上げた。

快速列車が少女の履いていた靴を吹き飛ばして行った。


マユの体が列車と激突した。それは激突などという生易しいものではなかった。列車はマユの体を文字通り粉砕した。

腕や足はちぎれ、頭は潰された。その凄まじい衝撃で、一瞬でマユは絶命した。


轢死体の惨状は無残である。ほとんど人間の体の原型を止めないことが多い。



気がつくとマユは検視体の解剖台の上にいた。

部屋は薄暗く人影はなかった。ここは多分、警察病院の検視体室なのだろう。


他にも解剖台があり、様々な遺体が置かれていた。

マユは蘇生した.バラバラだった体の部位は元どおりとなり、潰れた頭も異常なかった。不死鳥は甦ったのだ。


マユは起き上がり、全裸の上に白衣をつけて部屋を出た。

あの少女に会いたいと思った。あの体験で少女は確実に変わったはずだ。

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