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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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魔の香り

学校での昼休みに、神代伴紀が声をかけてきた。

彼は上背もあり格好の良い男子である。

だが、ついぞ女子との噂もなく、我が道を行くタイプだ。


その神代が誘いをかけてきたのだ。

デートしようと言う。

頰に笑みさえ浮かべている。


まんざら冗談とも思えなかった。

まったく女子に関心がないと思われていたから意外だった。

「悪いけど君と付き合ってる暇ないの。他を当って」


素っ気なく言った。

無難な断り方だった。

他の男子なら、これで舌打ちして離れていく。


だが、彼は意外な言葉を吐いた。

「デカとつきあう時間はあっても、俺とは付き合えないってのか」

こいつは先日のジャケットの件を知っている。

油断ならなかった。


「俺は滅多に女子に手は出さんが、決めたら必ずものにする」

薄ら笑いを浮かべたその態度は不気味だった。

マユはこれ以上相手にならず、彼から離れた。


彼はじっとマユを見つめていた。

これだけでは終わらない。

直感で彼に異常な執念を感じた。


マユが付き合ってるのが刑事だからか。

その日は授業中も、背後に彼の視線を感じた。

遊び人らしいが、女子には手を出さない。


外で他校の女子と付き合っているのか。

とにかく厄介な奴に目をつけられたと思った。

学校が終わって下校中に瀬能にメールを送った。


「今頃どうしたんだ。今夜は付き合えないぞ」

彼は忙しいのだ。声を聞いただけで安心した。

「ううん、声を聞きたかったの」


「三日後なら時間を取れる。三十程度だけどな」

「無理をしなくていい」

そう言ってマユはスマホを切った。


いま自分は身も心も瀬能に気を許している。

女子高生と刑事の恋愛は、他から見たら異様だろう。

極秘にしておいたのに、神代は知っている。


それから三日後、登校後神代の顔を見て身の毛がよだった。

彼は人を殺していた。

顔を見て直感した。


まさか瀬能を!!

始業前一分前に、デスクの下で瀬能にメールした。

彼もブリーフィグの始まる直前だった。元気だった。


とにかく一安心だった、では一体誰を彼は手にかけたのか。

その恐怖と異常さにマユは慄いた。

あのさりげない彼の誘いが、大変なことになる。


その日一日、マユは神代を避けた。

夜のニュースで、阿佐ヶ谷駅近くのマンションで若い女性の惨殺死体が発見されたことが報じられた。


名前は靭負恭子と言った。

普通は部屋で殺しても、それを隠蔽するために他へ移す。

恭子の遺体は逆だった。帰宅途中を殺し、遺体を室内へ運び込んだ形跡があった。


そこでさらに虐殺の傷を加えたのだ。

明らかに異常者の犯罪だった。

すぐに杉並署内の大部屋に捜査本部が置かれた。


翌朝のニュースの第二弾は、さらに世上を驚愕させた。

容疑者に捜査に当たる刑事の一人が挙げられたというのだ。

瀬能だとマユは直感した。


最初、容疑者の部屋へ行った捜査員は、強い香水の香りを嗅いだという。それが何の香りかデパートとの専門家に来てもらい、何の香りか調べてもらった。


ダンヒルのピュアというすでに発売されていない男性用香水とわかった。そして、その香りを発していた捜査員が即座に容疑者として拘束されだのだ。


すでに市場に出回っていない特殊な香水である。

十数年前に街からその香りは消えていた。

いまつけている者は皆無である。手に入らないからだ。


秘密の曝露に属するこの情報を、なぜ敢えて捜査陣はいま発表したのか。

仮につけていても、その夜シャワーを浴びれば消えてしまう魔の香りを、警察捜査が追うことは不可能だからだ。


瀬能が容疑者となっていることをマユは知った。

神代はいつもと変わりなく授業を受けていた。

あれからマユへのアプローチはなかった。


彼女の知らないビュアの香りらしいものは、神代から全くしなかった。瀬能と付き合っていて、彼から香水らしいものの香りを感じたことはない。


彼はそんなものは絶対に身に纏わない人間だったから。

捜査は行き詰った。香りなどという正体のないものを操作するのは、誰も初めての経験だったから。


ビュアという魔の香りが捜査陣を振り回した。








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