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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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火の鳥

その夜、私は石野の家の前に立っていた。

二階の窓に明かりがついてる。

多分、あそこが石野の部屋なんだ。


私は窓ガラスを割らない程度の、小さな小石を拾った。

それを窓へ投げた。

カチン!と小さな音がした。

私は違法駐車している車の陰で見守った。


カラリと窓が開いて、女が現れた。

しまった!あそこは石野の姉さんの部屋だ。

私は違法駐車の陰で小さくなった。


姉さんはビシャリ!と窓を閉めた。

家の横の路地へ行ってみた。

もう一つの窓の明かりがついてた。


あそこだ!

また手探りで小石を拾って投げた。

私は夜中に何やってんだろ!と思った。


今度は窓が開いて石野が顔を出した。

誰かのいたずらだと思って怒っている。

恋しい恋しい、私の石野!


私は街灯の下に立って、顔を見せた、

「瀬能、お前そこで何してんだ!」

声が大きい。


降りて来いと手招きした。

手招きなんてしたの初めてだ。

「何なんだ!」


「大事なこと。とにかくおいで」

おいでなんて、よく言うよ!

石野は窓を閉めて、裏口から出てきた。


「お前は俺の何なんだ。夜になんて来るなよ」

「とにかくここじゃ話できない。できるとこ行こ」

石野は憮然として歩き出した。


もう少し、優しくしてくれよ!

私はそのあとについていった。

近くに小さな公園があった。


ブランコのそばで、石野が言った。

「何だ、大事な用って!」

私はブランコに乗った。


「驚かないでよ!ほんとに驚かないでよ!」

「ああ、だから早く言えよ!」

世界一好きな男と一緒にいて、

突き放されるように冷たく言われる者の気持ちわかるか!


彼の命に関わることじゃなきゃ、絶対居たくない!

「君の命、あと三日!」

彼はブランコにも乗ってくれない。


「三日で死ぬってことか」

彼は顔色一つ変えず平然と言った。

さすが石野!これには驚いた。


切った張ったに慣れた、ヤクザ屋さんじゃないんだ。

私は石野の顔を改めて見た。

じっと私を見つめていた。


見つめ返した。

「三日で死ぬの平気なの」

「平気じゃないさ。三日で死ぬ根拠は何だ」


彼、十七歳だぜ! 腹が据わってる。舌を巻いた!

「リーパーが言ってた」

「死神か。今日の屋上にいたのか」


「避ける方法はある。私の寿命と石野君のとを交換すればいいんだ」

「お前の寿命は何年だ」


こうしてこっちの話に乗ってくること自体意外だった。

常識的には、こんな途方もない話否定する。

「八十二年」


答えて、思わず涙がこみ上げてきそうになった。

これって、医者の死亡宣告と同じだろ!

「三日と八十二年を交換しようってのか」


彼の言葉は他人事のように冷静だった。

「そうすると、お前は三日で死ぬのか」

「私はフェニックスになったから死なない」


石野は初めて笑った。

「フェニックス、火の鳥か」

そうだった。フェニックスは火の鳥だった。


石野は私の前へ来ると、顔を両手で挟んでキスをした。

そしてつぶやいた。

「お前は俺の恋人だ。もっと早く会いたかった」


泣きそうになった。

一年前の入学の時に会ってるよ!

彼はブランコの私を優しく抱いてくれた。


そして言った。

「三日後から夏休みだ」

そうだった!夏休みなんて忘れてた。


「夏休みには、俺たち家族はいつも親父の実家へ行ってる。

家族の中で死ねるなんて最高じゃないか」

彼、死ぬ気なんかよ!


「気持ちはありがたいが、人間死ぬ時は死ぬ。

死神が言ってるならまちがいない」

私は彼の腕の中で必死で言った。


「でも、でも助かる方法があるんなら!!」

「気持ちだけもらっとくよ。ありがとな」

そして、彼は私から離れて公園を出て行った。


涙が止まらなかった。

慟哭という言葉があるが、意味がよくわかった。

私は石野のいない永遠を生きるんだ!


三日後、東北自動車道で、石野の家族が乗った車の交通事故が報じられた。

逆走してきて車と衝突したのだ。

助手席に乗っていた石野だけが即死し、後の父親と母親、姉は無事だった。


石野は自分の運命に準じた。自殺と同じだ。

人間の死なんて,みんな自殺と同じだ。

あがらっても避けえないものなら、自分から受け入れる。


生き方と同じように、石野らしい死だと思った。


私はフェニックス、火の鳥を生きる。

それを知ってるのは石野だけだった。

彼と約束したんだ。





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