表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
19/54

夏美の死


突然、学校へ行こうと思った。

すでに無断無登校をしてから三ヶ月近く経っている。

単位をいくつか落としているだろう。


行きたくないと思ったのも突然だったが、行こうと思ったのも突然だった。

両方とも理由はない。

いじめに会ったわけでも、教師に叱られたわけでもない。


気まぐれだった。母や父のことがあったのは事実だが、それは直接の原因でない。まず、担任教師を訪ねて詫びを入れ、許可をもらわなければならない。そんな規則はないが、それが道だと思った。彼にも大変な迷惑をかけているのだから。


夜、担任の黒松の家を訪ねた。

まず奥さんが出てきて、彼に取り次いでくれた。彼は高教師としては若い。

担任教師だが、数学を担当していた。


仮のおかげで私は方程式や微分・積分が好きになった。

今でも時間があると問題を解いている。数学が私の趣味になった。

彼は教育熱心な教師だった。


まず薄暗い彼の部屋で、私は頭を下げた。そして、また明日から登校したいとを告げた。こんな生徒は珍しいのだろう。

「すでに君は単位を二つ落としている。しかし、登校したいというなら、まだなんとかなる。物理と体育の教師に頼んでおくから、明日登校したら君も頭を下げて来い」と言った。


退学ギリギリだったのだ。

翌日、三ヶ月ぶりに登校すると、何より同級生たちが驚いた。

これだけ無断欠席しておいて、いい度胸だと思ったろう。


私には何でもないことだった。一大決心して学校へ行かなくなったのではないし、また死ぬ思いで登校したわけでもない。全ては気まぐれだ。教師に言われた通り、物理と体育理教師の部屋へ詫びを入れに行った。物理の教師はすんなり詫びを受け入れてくれが、体育の教師にはネチネチと嫌味を言われた。


これも何でもないことだった。復学するための通過儀礼だ。

中でも仲のいい宿院夏美は、抱きついてきて喜んでくれた。

こうして、とにかく学校へ復学することができた。


夏美はまだ名古屋の男子生徒と、遠距離恋愛していた。

藤本彦之という成績優秀なやつだ。もともと彼はこの学校の同級生だったのだが、父の仕事の転勤で名古屋へ転校した。


毎日曜日、彼は名古屋から夏美に会いに来ていた。

その熱愛ぶりはクラスでも評判だった。

彼に夢中な彼女に私は忠告しなかったが、何か不穏なものは感じていた。


三ヶ月経った今でもそれは続いていたが、今は彼女が名古屋へ日曜日に通っているという。毎週となると経済的にも時間も大変だろう。彼の受験勉強が大変になったせいだという。


それは彼女も同じはずだ。私立明涼高校は県内有数の進学校だった。長期不登校した私は、完全にその進学グループから外れた。かつてはそうでなかったのだが、今はどうでもよくなっていた。大学へ行く資産を父は残してくれていたが、マユはやりたいことをするために大学へ行こうと思っていた。


夏美は心なしか、以前より太っている気がした。

また、懐かしい学校生活が始まった。以前と違って部活は何もしなかった。二年の時は陸上で走り幅跳びの県記録を出したこともあった。インターハイ全国大会にも出た。


その時は惨敗だったが。彼女の県記録も塗り替えられていた。

もう陸上をやる気は全くなかった。

学校新聞の取材を受けるヒロインには興味はなかった。


マユと入れ替わるように、夏美の長期欠席が始まった。

教師は病欠としか言わなかった。病名は告げられなかった。

ラインをしても彼女から返事はなかった。


特殊な事情が感じられた。

マユは彼女から連絡があるまで、そっとしておいてやることにした。


そして、数日後授業の初めに教師から夏美の死が告げられた。

マユは授業中にもかかわらず、夏美のお迎えに飛んだ。

場所は天竜川の河川敷。彼女は上り新幹線の非常停止ボタンを押し、ドアを開けて河へ飛び込んだのだ。


検死の結果、彼女は妊娠していることが分かった。

やはり!事態の経過が手に取るようにわかった。

それで彼女は休学していたのだ。

 

最初、彦之は夏美が好きになり、転校先の名古屋から毎週のように彼女のいる東京へ通った。当然の結果として、彼女は妊娠した。避妊するには、夏美も彦之もあまりに性に対して無知すぎた。


当然、東大を目指す彦之は、当然夏美の妊娠を聞いて震え上がる。夏美から遠ざかろとする。夏美のラインにも電話にも出ない。夏美は日曜日ごとに名古屋の彦之の実家を訪ねた。


彦之も戸惑い困惑した。それが大事な受験勉強の障害となる。

彼は夏美より東大を取ったのだ。親にも話せず、夏美は途方にくれ絶望した。

そして、東京へ戻る途中、新幹線を停め天竜川へ我が身を投げたのだ。


マユがお迎えに行くと夏美は寂しげに笑った。

そして、大きくなった自分の腹部を抱いて涙を流した。

心の中で最愛の我が子に産んでやれぬ母であることを詫びたのだ。


高校生の妊娠は、よほどの理解ある親か愛情深い親でなければ擁護してくれない。

本人は孤立無援となる。

結果として生まれた子を捨てるか、無理心中を選ぶ。


お見送りを終えて戻る途中、マユは泣いた。せめて私が事態を察してあげることができたなら、両親のいなくなった広い我が家に、彼女と彼女の子供の居場所を作ってあげることができたのに!自分を責めた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ