三人の男たち
男たちに気まずい空気が流れた。
どうやら、マユの存在を気にしているらしい。
「その後、変わりないのか」
山崎が言った。
「ああ、変わりはないな」
「問題があってきたんじゃないのか」
織部は率直に問う。
「お前の顔を見に来ただけだ。元気で安心した」
笑顔で言う山崎を不審に見る織部。
いつもはこんなことを言う奴じゃない。
しかも知らない男まで同行して。
三人は出されたコーヒーを飲んだ。
マユは手をつけなかった。
山崎は織部に別れを告げに来ている。
「じゃ、これから久しぶりに飲みに行くか」
織部の言葉に山崎は笑って首を振った。
「今日はやめておく」
彼は学生時代から誘いを断ったことがない。
「そうか、ではゆっくりして上田へ帰れ」
信州上田が二人の故郷だった。
山崎と千坂は立ち上がった。
マユと織部が立ち上がるのを制して、山崎は手を差し出した。
織部はその手を握った。
千坂が伝票を取ろうとした。
左手で織部はそれを取り上げた。
そして、二人はカフェを出て行った。
何とも不可解な遭遇だった。
五年ぶりに会ったというのに。
不審そうに二人を見送る織部に、マユがささやいた。
「彼は別れを告げに来たのよ」
織部はギクリとマユを見た。
「すぐに行って上げて。もう会えなくなる」
伝票を手にしたまま、織部は二人の後を追った。
山崎は親友の織部に、永劫の別れを告げに来たのだ。
わさわざ信州の上田から。
なぜか殺しの過去のある千坂を伴って。
マユは冷めたコーヒーを一人飲んだ。
これが男たちの別れだ。
明日の今頃、山崎はもういない。
自分にこんな遠くまで、別れを告げに来る友はいるか。
・・・いない。
それにしても、千坂の存在は何なのだ。
いずれ、分かる。
マユは迫る山崎の最期に立ち会うつもりだった。
山崎の唇が異様に青かった。
多分、心臓を病んでいる。
医者へなど行かず、自分の運命を見極めているのだ。
夜の街を彷徨った。
明け方、阿佐ヶ谷のビジネスホテルの一室にマユは降り立った。
それをする力をリーパーは与えてくれていた。
ベッドで苦しみにのたうつ山崎の首を、千坂が両手で締めていた。
そうか、これが千坂の役目だったのだ。
マユは背後に立ってそれを見ていた。
やがて山崎の体から力が抜けていった。
彼から離れ、虚空を見つめている両目を閉じてやった。
そして、両手を合わせた。
親友を手にかけた千坂の心中は、察して余りあった。
心臓発作は苦しい。
以前、マユの愛猫が真夜中に発作を起こし、
ベッドに寝るマユの元へ行こうとして途中で力尽きた。
マユが早朝目をさますと、ベッドの前で愛猫は冷たくなっていた。
せめて自分の元へ必死で辿り着こうとした彼が、哀れでならなかった。
冷たい彼を抱きしめてマユは泣いた。
こんな辛いことはなかった。
いつもの発作でそれを知っていた山崎は、最後の務めを親友の千坂に託したのだ。
いくら死の辛さからとは言え、
親友を手にかける千坂の辛さはマユの想像を絶した。
千坂は振り向きもせずに行った。
「やはり、君は来ていたのか」
彼は私の存在に気づいていた。
「お迎えに感謝する。奴は安らかに逝った」
歯を食いしばって嗚咽を堪えた。
マユの悲しみなど、千坂に比べたら物の数ではない。
「これから杉並署へ行く。織部が待っている」
これは昨夜、三人で決めたのだ。
男の友情の凄さを見せられた気がした。
明けかけた仏暁の街へ千坂は出て行った。
マユは物言わぬ山崎のそばに立っていた。
前にもこんな経験が彼女にはあった。
小学生の時、姉が亡くなったのだ。
その時、両親は留守だった。
姉の遺体とともに、両親が戻る三時間を過ごした。
姉への懐かしさと得体の知れない恐怖で、
マユは泣くことも動くことさえできなかった。
だが、今のマユはそうではない。
深い哀しみといたわりを持って、山崎の遺体に寄り添うことができた。