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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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十二歳の殺人者


マユ奥のテーブルへ向かいながら

女の子を観察した。

十三、四才の小学校五年生くらいだ。


普通なら、今の時間学校へ行っていなければおかしい。

三日、名前はまなみ。

それを確認して円形のソファの隣へ座った。


こういう子は最初の対応が難しい。

「お姉さんも一人なんで、お話し相手になってよ」

補導員でも警察関係者でもないことを知らせる。


まず警戒心を解かせるのだ。

なまみが顔を上げた。

それを見てマユに戦慄が走った。


この子は人を殺している!

なのに、何の罪悪感もない。

だから、この時間にスタバなどにいる。


警察はまだそれを知らないのか、

既に容疑者の初動捜査に入ってるのか。

それにしても驚いた。十二、三才の殺人者とは!


まなみのそばに寄ってささやいた。

「まなみちゃん、人を殺してるわね」

驚いたようにマユを見る。


なぜ知ってるのか?と言う表情だ。

「大丈夫、お姉さん警察の人じゃないから」

警察の名を出して恐れる風はない。


大きな犯罪を犯したと思ってないのだ。

「誰を殺したの?お姉さんに教えて」

店のスタッフも客も、

こんな会話をしていることを誰も知らない。


「殺したんじゃない。弟を助けたの」

「弟さん、どこにいるの?」

「病院」


「じゃ、まなみちゃん病院から来たんだ」

うなづくまなみ。

この子は弟を殺して、三日後に自殺しようとしている。


その過酷な状況に不覚にも涙が出そうになった。

「どうして弟さんを死なそうと思ったの」

「苦しんでるのに、誰も助けてあげてくれないから」


「弟さん、入院してるの」

うなづくまなみ。

状況が見えてきた。


「どうやって助けたの」

初対面でこんな会話をしている自分が信じられない。

「酸素マスク外してやったの」


おそらく弟は重度の肺炎になっていた。

大人でも酸素マスクをつけても死ぬほど苦しいのだ。

だが、それが生命線だ。


どんなに懇願しても、絶対にそれは外さない。

医師も看護師も両親も外さない大人たちを

この子は理解できない。


愛する弟がこんなに苦しんでるのに。

そして、病室に一人になったまなみはマスクを外してやった。

あんなに苦しんでいた弟が十数分で静かになった。


いくら弟を愛する姉でも、普通これはできない。

自分が三日後に逝くという意識が、そうさせたのだろう。

だから弟を助けたと言っているのだ。


今頃病院では大騒ぎになってるだろう。

「マミなちゃんも三日後に、死のうと決めてるのね」

まなみは当たり前のようにうなづいた。


「弟さんを助けたのと、自殺しようと決めたのは

どちらが先なの?」

「自殺」


躊躇なくまなみは言った。

彼女のこんな状態を両親は知っているのだろうか。

恐らく弟の病状で頭がいっぱいなのだ。


姉のまなみの方が、ずっとずっと危険なのに!

自殺する原因は分からないが、

誰にも彼女の危機を救うことはできない。


おためごかしの慰めを言っても、おとなしく聴くだろう。

決して反論したり真の理由を言ったりはしない。

そして、ある夜ひっそりと弟の後を追う。


高名な心理学者でも

ベテランの児童病理学者でも打つ手はない。

かつて自分がそうだったからよくわかる。


それを止めてくれたのはリーパー(死神)だった。

寿命交換という生きる目的を与えてくれた。

無償で人のためになることをすることだった。


マユは正を見た。

彼女のいた席で、ゆずシトラスティを飲んでいた。

まなみを預けられるのは彼しかいなかった。


彼も自死に向かっている。

まなみが一番心を許せる相手だろう。

「ちょっと待ってね」


まなみにささやいてマユは立ちあがった。

正へ向かって歩きながらマユは確信した。

彼しかいない!


席へ行くとマユは立ったまま彼にささやいた。

「あの子、三日後に自殺しようと決めてる」

正がまなみを見た。


「あんな小さな子が!」

「あなたしか預ける人がいない。

助けなくていい。一緒に暮らしてあげて。

昨夜、病気の弟を殺してきた。

彼女は助けたと思ってる」


正は無言で立ち上がった。

まなみの席へ向かって歩いた。

彼女の横に座って何か言った。


初めてまなみが笑った。

とんでもない自己紹介でもしたんだろう。

そうだ、今のまなみに必要なのは笑顔だったのだ。


ゆずシトラスティの食器を規則通り始末して、

マユは店を出た。

自殺者が毎年数万人も出る我が国は

病んでいる。それらの者たちに

正のように笑顔にさせる為政者が必要だった。


心から笑えるようになれば、死を忘れる。

それは簡単なようでいて難しい。

表面上の笑顔と心からの笑いはちがうからだ。


二人の男に尾行されながら、

マユは駅へ急いだ。



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