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黄泉からのマユ  作者: 工藤かずや
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黄泉からのマユ

その朝、私立明涼高校のさして広くもない校庭は、

生徒と教職員たちで埋め尽くされていた。

その数八百人を超える、


全員の目は、校舎三階の屋上に集まっていた。

屋上の端には、一人の女子高生が今にも飛び降りる態勢で

仁王立ちになっていた。


校庭を見下ろして瀬能マユは立っていた。

こんなに集まりやがって、人が三階から飛び降り

グチャグチャになるのがそんなに見たいのかよ!


なら、見せてやろうじゃないか。

下からは

「お願いだから、飛び降りないで!」とか

「早まるな!」とか

「やめてェ、話聞くから!」とか叫ぶ声が聞こえる。


早まったわけでも、頭に血が上ったからでもない。

二年以上も前から入念に考えての結果だ。

こうするのが、私にはいま一番自然なことなのだ。


私の目は大観衆の中の、一人の目だけを意識していた。

彼——石野慶次は最前列にいた。

本気でやる時は、意識がすでに前方の宙にある。


あとは半歩踏み出せばいい。

死なんて簡単だもん。

そう思った時、背後で声がした。


「二回も失敗しといて懲りずに、またやる気かよ」

男の声だ。

おかしい!私以外誰もいないはずだ!


「最初は風呂場で一回目はリストカット、

二回目は自分のベッドで眠剤一つかみ飲んだ」

振り向いた。


なんでそこまで知ってるんだよ!

見たことのない老人が

あぐらをかいて座ってた。


驚いた事に床から三十センチほど体が宙に浮いている。

まだ飛び降りてないはずなのに

自分はもう死んだのかと思った。


そいつは私をじっと見つめている。

これは現実だ。

だが、私の二度の失敗をどこで知ったのか。


母親以外、私の自殺未遂を知ってる人間はいない。

二度とも医者へは行かず看護師の母が直してくれた。

「また、失敗するからやめときな」


男は楽しそうに言った。

人の失敗が楽しいんか!

老人の言葉に、私はムカついた。


「お前、どうやってここへ来たん」

私は思い切りトゲトゲしい声で言った。

今、私以外この屋上に人がいるのが許せない。


「俺はいつでも好きに時に、好きな場所へ行く」

こいつ、この学校のやつじゃない。

「用は何よ!早く言って消えな!」


「消えるのは簡単だ。

用件は、お前に三回目は無理だってわからせることだ」

「やって見せたる」


本気だった。簡単だ、半歩編み出すだしゃいいんだ。

サイレンを鳴らしてパトカーと消防の梯子車が校庭へ入って来た。

「お前、石野の目の前へ、ぶざまな姿さらすんか。

わしならやめとくな」


私は跳び下りる姿勢で振り向いた。

「知りもしないで、ふざけたこと言わないで!」

つい怒鳴った。


私が背を向けて何やら叫んでいるので、下はざわめき出した。

「誰かいるのか!」

警官二人を脇にした校長がつぶやいた。


「お前な、普通にやってりゃ寿命はあと八十二年ある。

今十七だから、九十九まで生きられる」

老人の言葉にに、ん?となった。


なぜ知ってる。

口から出まかせか。

「三番目だ」


老人がまた言った。

九十九!なんのこっちゃ?

「下の有象無象の連中の中で

三番目に長生きできるってこっちゃ」


一瞬、こりゃ本物だと思った!

祖母が百まで生きてたからだ。

「死に損ないは恥ずかしいことなんだ!しかも何度も!バカか!」


だから今度は決めてやる!

途中から声を出さない会話になった。

「下には、余命三日やつもいる。何も知らんでお前を看取るがな」


私は言葉を失った。

三日!!教師か生徒か知らんけど、そんなやついるんか!

「お前は命を弄んどる!そいつに失礼だとは思わんか」


そういうお前は何者なんだ!

「リーパー!日本語で死神じゃ」

なるほど、死神ならこれくらいするよな。


「余命三日は、お前が死ぬほど好きな石野じゃ」

一瞬私の頭が凍りついた。

目が点になった。


屋上の端を踏み外しそうになった。

下で悲鳴が上がった。

時間と地球の回転が止まって、言葉が出なかった。


「!・・・い、石野君が!」

そう言うのがやっとだった。

二度の自殺もこの三度目も、彼に振られたからだ。


振られたと言うより、相手にされなかったからだ。

「そのこと、彼知ってるの」

「知っとるわけないだろ。だから、下で見物しとる」


「余命三日で学校へ来てるわけ!入院してなくていいの」

「病気で死ぬとは限らん」

私は崩れるようにその場に座り込んだ。


また、下で悲鳴が上がった。

彼の死を聞いて涙があふれた。

校庭では、これにみんながまたざわめいた。


屋上の出入り口ドアを、中から誰かがガンガンやってる。

きっと教師と警察だろ。

もうそんなことはどうでもよくなった。


石野君、石野君・・・!!

君のそんな状況も知らんで、

私は好きだの付き合ってだの、

とぼけたことをほざいていたんか!


石野君、ごめん!本当にごめんて!

私は心の中で言い続けた。

「だが、彼を助ける方法はゼロではない。

お前が本当に本気ならな!」


そんなこと決まってんだろ!

自殺を、同情を引く狂言だとでも思ってんのかよ。

「だがこれをやれば、三日後にお前が命を失う」


彼の命が救えんなら、そんなことはどうでもいい。

やり方教えろよ!

「三日と八十二年を取り換えるんじゃ」


どう言うことよ?

「お前の寿命を彼に与え、彼の余命をお前が取る。

つまりお互いの寿命の交換だ」


私は絶句した。そんなことできんのかよ!

「やる!やってよ、ここで!」

「待て、それには条件が二つある」


どんな ?

「まず第一に、寿命の交換を石野が受け入れること。

これは絶対条件だ。彼がお前を好きなら、了解しないだろう!」


第二は ?

「二人は一度死ぬ!同時にだ。多少の時間差はある。

数分差ならオーケーだ!そして十分後、二人は蘇生する」


私はため息をついた。

なら私の余命は三日か。

「やる!!」


老人はうなづいた。

そしてじっと私を見つめた。

「資格ありじゃな。そんな人間を探しとった」


なんだよ、死神がなに探してたんだ。

「石野が八十二年間生きとる間、

お前は死んでいないんたぞ。それでいいのか」


いいに決まってるだろ!だから承知したんだ。

「悲しくはないのか」

悲しくないはずない!!そんなこと念をおすな!


悲しくなる!

「一つだけ、彼と一緒に生きる方法がある」

どんな方法だって、彼は私と一緒には生きないよ。


「でも、好きなやつの生き方を見届けたいだろ」

そりゃ興味はあるけど・・・。

「なら、わしの助手になれ」


私に死神になれっての!人の弱身につけこんで。

なんて死神だ!どんなに落ちぶれたって死神なんかなんねぇよ!

「死神ではない。フェニックスだ」


なんじゃそりゃ!

「日本語で不死鳥とも言う」

鳥になれってのか。


「つまり、不死身の人間じゃ」

だんだん分けが分からなくなって来た。

「死んでは生き返り、また死んでは生き返る。

永遠にそれを繰り返す人間じゃ」


石野君を見てられるなら・・・なんだっていいよ。

ここに教養が現れる。

私はその時、不死身がどういう意味かはっきり分からなかった。


階段のドアを叩く音が激しくなる。

そろそろ破られる。

「じゃあ決まった。お前は今から、わしの助手じゃ」


なぜ私なの?

最後の質問を彼にした。

「わしはこれまで、何千万の自殺志願者に同じ質問をしてきた。

フェニックスになるのを即答したのはお前だけじゃ!」


あとの人間はどうなったの?

「拒否して、すべて自殺しおった」

ついにドアが破られた。


警官と警備員、教師が私に殺到してくる。

「裏から飛び降りろ。指示は後で出す」

声と同時に、私は屋上の反対側へ走った。


老人は消えた。

私が屋上から飛び降りる時、警備員の手が

私の上着をかすめた。












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