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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Have a Nise Trip! ~異世界転生が当たり前になった世界~

作者: オリハナ


 俺の名前は○○××。黒髪黒目短足(たんそく)の十五歳学生で、通学途中にある横断歩道の端っこに立っている。

 これからトラックに轢かれて「転生」する予定だ。




 異世界転生というジャンルを知っているだろうか。簡単に言うと、くたびれた学生やサラリーマンが不慮の事故によって異世界に飛ばされ、そこで第二の人生をエンジョイするといったものだ。ある者は神様から授かった膨大な力でおとぎ話の主人公のような大活躍をし、ある者は前世で(つちか)った知識を転移先に伝えて文明を築き、またある者は(きょ)を構えて気ままに日々を過ごすという。

 先に挙げた例は一部でしか無いが、「異世界転生」のジャンルは、自身の人生の在り方に疑問を抱いた者達を中心に共感を呼んで大ヒットし、その年の流行語にまで認知される程に。そこから数十年経った20××年の現代でも、その勢いは一切衰える事なく、娯楽(ごらく)の九割が転生を取り扱ったもので溢れるようになった。


 しかし、こいつが娯楽として一般に広まれば、世間は一体どうなるのか? ―― 一発逆転を狙って自殺……いや、「異世界転生」を希望する者が続出するようになったのだ。


 今の苦しい人生よりも、きっと素晴らしい人生が異世界には待ち受けているに違いない! 異性にチヤホヤされないなんて、こんなのあんまりだ! 自分にぴったりな理想郷がどこかにある! そう願い、こぞってトラックの前に飛び出して行くのだ。


 かくいう俺自身も、自分の人生に嫌気が差した一人だ。冴えない容姿だし、特別頭も良いわけではないし、情熱をかけられるような特技も、心を許せる親友や彼女だっていない。親は宿題をさっさと終わらせろ、勉強せずにいつまで漫画読んでるんだだのって口やかましくて恵まれていないし、最悪だ。親ガチャに失敗したと思ってる。

 決定打になったのは今日の出来事。一時間目の中間テスト返しがあった際に三教科も赤点を取ってしまって、脳裏に大好きな漫画を没収される映像が走馬灯のように浮かんだ。ああもういよいよダメだなこりゃと思ってしまった。


「あ~~~ッ! もういいわ! みんな、俺『転生(トリップ)』するわ! 先生、あんたの事デブくてキモいと思ってたけど、世話になりました! 仁奈美(になみ)さん、初めて見た時から好きでした! それじゃ、あばよ!」


 頭をくしゃくしゃ掻きむしって、大声でこんな事を叫んで席を立った。背後から「Have a nice trip~!」なんてケラケラ笑う冷やかし野郎がいて、頬がかーっ! と熱くなるのを感じたが、トリガーが粉々に爆発四散した俺は(かばん)を握り締めて、脇目も振らずに教室を飛び出した。


 そうして今に(いた)る。歩行者用の信号機のそばでぽつんと佇み、目の前を轟音と共に走り抜けて行くトラックばかりに視線を動かす……のだが、一体何度信号機が「とおりゃんせ」を奏でただろうか。やはりいざ死……いや「転生」を図ろうとすると、足の甲に釘でも穿(うが)たれたように動けなかった。情けないが仕方ない事でもある。大縄跳びの中に入るより数段勇気がいるし、何よりトラックに跳ね飛ばされたら、たとえ一瞬であっても痛そうだし?


 小型トラック、大型トラック、派手なデコトラ……往来するターゲットを観察するだけの時間がただただ過ぎて行く。肩掛けのショルダーベルトを力を込めて握り締め、「行け!」と脳に命令を送るも、トラックの走るスピードが予想より速くてタイミングが掴みづらい。

 ひょっとしたら俺の思惑がバレバレなんだろうか? 澄み切った明るい空の元に、学生が一人で横断歩道に留まっているもんだから、俺が飛び出す前に通り抜けてしまわねば! なんてみんな考えているんだろうか? まさかな。


 だが、仮にそんなアウェーな状況だったとしても、俺の芯は割としっかりしていた。いつかは決行日が来ると、なんとなーく神託的(しんたくてき)なものを受信していたからだ。常日頃から心の中の誰かが、「こんな世界、とっととおさらばしちゃおうぜ!」なんて(ささや)いていた。まったく取り柄のない俺にも、何かしらの神様は祝福してくれているのだと思った。

 神様の後ろ盾がある。そうと自覚していなければ、鞄にお気に入りの転生ものの漫画本なんか忍ばせていない。これはお守り代わりだ。

 お守りを鞄から取り出してパラパラとめくると、凶悪なモンスターをばったばったと切り捨てる主人公が視界に飛び込んで来た。選ばれし勇者として転生したそいつは格好良く魔法をぶっ放し、周囲に唖然とされ、パーティメンバーの女の子達には褒めちぎられる。俺もこんなふうに羨望の目で見てもらいたい。何でもないふうに装いながらも、心の中で「決まったぜ!」なんて(えつ)に浸るのだ。


 漫画本に勇気づけられた事で、ようやく踏ん切りがついた俺は、かくして、一生分は聞いた「とおりゃんせ」の脳内信号を合図に、トラックの前へと駆け出した――



(とおりゃんせ とおりゃんせ)


 右半身の神経がぶっ飛んで、硬いものに押し潰された。


(ここはどこの細道じゃ)


「ア"っ!?」 内臓が圧縮され、震動と骨が砕け散る感触が。


転生者様(てんじんさま)の細道じゃ)


 砕けた骨が臓器に食い込む。足が潰れたのにトラックは止まらない。


(行きはよいよい 帰りハ)


 体が宙に浮かんだ。


(帰リハ)


 頭からアスファルトに。


(カ エ リ ハ)


 ゴキゴキゴキゴキゴキッ! ぐしゃあッ!




 ハァァー……、ァアアーー……


 軽快なメロディーとはほど遠い耳障りな音を立てながら、俺は震える(まぶた)を開ける。そしてハッと、おぞましいほどの精神的ショックを受けた。視界の端に見覚えのある信号機が見えたからだ。すなわち、まだ転生せずに現世に留まっているということ。


 かろうじて生き長らえてしまった俺。ねじれた体を横たえた状態で、途切れ途切れの呼吸を繰り返す。たったの一呼吸が苦しくて仕方がない。鼻からだらだらと生暖かいものが滴っていて、喉の奥まで流れ込んで来る。


 俺が口から血を吹き出して苦痛に(あえ)いでいると、正面がぐしゃぐしゃになった運送トラックから、二十にも満たなそうなひょろひょろ男が転がるように飛び出して来た。首元を抑えて歪んだ表情をしているが、そいつは道路に横たわっている俺を見つけると、失敬にも悲鳴を上げて血相を更に青くさせた。

 すぐさま懐から携帯電話機を取り出し、切羽詰まった様子で誰かと話しをする。救急車でも呼ぶつもりか? 無理だぞ。俺は助からない。三教科赤点の頭だろうが、それくらいは分かる。


 通話を終えた後、極力俺を見ないよう、落ち着かぬ様子でうろつく若い男。程なくして俺らの元に辿り着いたのは、白くてピーポーとサイレンを鳴らす大型車――ではなく、畑なんかで見かけるような白の軽トラックだった。車内から出て来たのも防護服に身を包んだ隊員ではなく、頭にタオルを巻いた男。土に汚れた作業着を着ていて、腕まくりをした腕が日に焼けている。


「あっちゃー、やっちまったなあお前」呼び出されたタオル男は、ポリポリと頭を掻いた。


「先輩! 僕、僕、僕は、どうしたら……うっ、ぐふっ、オエッ!」


「大丈夫か? 気をしっかり持て」


 軍手をはめた手で、動転した若い男の背中を叩いてやる。てっきり救急車にコールしているものと思っていたのに、なぜ先輩と呼び慕う男を呼んだのか。理解しかねていると、バチッとタオル男と目が合った。


「……ん? こいつ、まだ息があるっぽいな。うっすら目が開いてやがる」


「え!? この状態で生きてるんですか!? そんなバカな! どうしよう!」


「まあでも、ここまで無惨になってちゃあ助からんだろうな。――仕方ねえ、こいつを俺のトラックの荷台に運んでおいてやるから、お前は自分とこのトラックをその辺に駐車して来い」


「ええ!? 荷台に乗せるんですか!?」 若い男は荷台に積まれた、採れたてのネギの束が入ったカゴを一瞥(いちべつ)する。「僕の為に、そんなのダメです! 大事な作物に血がついちゃいますよ!」


「こんな時に言ってる場合かよ。んじゃあ、(わら)ヒモと、ビニールシートをここに持って来て広げてくれよ。青いやつな。そいつでくるんで縛る」


 白トラックを(あご)でしゃくった後、タオル男は慣れた様子で赤い三角形の停止表示板を道路上に立てた。


 命令通りに若い男が事を済ませ、ビニールシートを広げると、タオル男は「我慢してくれな」と軽く断りを入れて、俺の感覚のない両足を重たそうに引きずってシートの上に乗せた。相変わらず片側道路のど真ん中で。誰がどう見たって事故の隠蔽(いんぺい)工作をしようとしているふうにしか見えないのに、何だってこんなにも大胆な行動が出来るのか、まったくもって意味が分からない。


「あの、自分で言うのもなんですが、堂々とこんな事していいんですか……? 公道だからいろんな人に目撃されていると思いますし」


 おっ、おっ! よくぞ聞いてくれた! 歯がボロボロで顎の砕けた、口出し出来ない自分の代わりに疑問をぶつけてくれた若い男に、俺は血を垂らしながら感激する。

 タオル男はうーんと(うな)った。


「良くないっちゃあ良くないわな。けど、明日は我が身かもしれないからな。割と見過ごしてくれる。現に俺は一昨日もやっちまったが、今のところお縄についた事は一度もねえ」


 え? 俺と若い男が驚いて思考停止するのを余所に、話を続ける。


「それに、もしこいつが『転生志願者(トリッパ―)』だとしたら、それは()()()()()()()()って事だし、今は生き地獄かもしれんが、異世界へ飛んじまえば幸せな人生が待ってる。こんなの、ぶっちゃけ法の出る幕じゃないんだよ」


 やべ、ヒモの寸法が足りねえ、とタオル男が舌打ちする。顔の半分までヒモが及ばず、棺桶(かんおけ)みたいに顔だけが露わになった。




 ポカポカ陽気に照らされた公道を、瀕死の俺を積んだトラックが走る。そよ風に揺れる草原や、ぽつぽつと建てられた民家の向こうに山が見えたりと、車窓から見える景色はそれなりのもので、真正面しか向けない俺からも、だだっ広い大海原が映っている。……これが例えば広大な畑から見えた景色で、ふっかふかの藁を積んだトラックに寝そべりながら青空を見上げる、なんてシチュエーションだったらどんなに良かっただろうか。


 実際、その寝心地は最悪という他ない。こっちへの配慮なんて何のそので、腹の中のものが全部出そうになるくらいにガタガタ揺れるし、体があちこちにぶつかって(あざ)や内出血が増えるのなんの。おまけにカモフラージュか何かのつもりなのか、葬式の菊の花みたいに俺の周りをネギ入りのカゴが取り囲んでいて、ネギ独特の強烈な生臭さが、折れた鼻の隙間に入り込んで来る。


 あっ、あっ、カゴを伝ってアリが上ってきやがった! あっ! うわっ! 震動で俺の顔面に落ちてきそうだ! ひぃっ! ネギの先っちょに! おい、どっちでもいいからこいつを追い払ってくれよ!


 しかし俺の心の叫びも虚しく、ハンドルを握ったタオル男は助手席に向かって喋りかける。


「朗報。睨んだ通り、あいつは『転生志願者(トリッパ―)』だった。鞄にその手の漫画が入ってた」


「……」


「あのシリーズは兄貴が購読してて、俺もよく読んだなあ。ウロボロス大王戦あたりからはヤケクソ感が漂ってたが、唐突に降って湧いた超絶最強覚醒進化は、案外俺の好みだったんだよな。買う奴がいなくなったから、最後はどうなったか知らねえままだけど。なははは」


「……」


「……そういやあ、お前は()()()()()()んとこの生徒だったっけな。今何年生だっけ?」


「……中学一年生です。四月に六年の義務教育を終えました」


「そうか、俺より三個下だったっけか。『転生』を自殺行為だと教育してるところは、いざこういった事をやらかすとキツいよな。まともな学校があるおかげで、かろうじて世の中は回っちゃあいるが……。まあ、あんまり落ち込むなって。何か流行(はや)りの音楽でもかけてやるからさ」


 トラックばかりが行き交う中を、しゃれたアニメソングを車内に響かせた一台が行く。民家の脇に止めてある車もトラック。友達みたいに大はしゃぎする家族が乗っているのも当然トラック。後ろを付いてくるやつなんて、正面にスパイクみたいなのをギラつかせた、世紀末のような改造車だ。

 タオル男は曲に合わせて鼻歌を歌っているが、助手席からは誰もそこに乗っていないかのように反応がなかった。俺の目玉の上をちょこまかアリが這っていた時だったから、そっちに気を取られて聞きそびれただけかもしれないが。




 有名なRPGゲームの中に、今と似たような光景があったような。

 霧が立ち込める奥地にトラックが停車すると、男二人は俺入りビニールシートを引きずりながら、森の中を進んで行った。機能の殆どが死んだこっちにはさっぱりだが、やたらと異臭の立ち込める場所らしい。ゲホゲホと(せき)をしたり、嘔吐(えず)く音が聞こえる。ハエが俺に挨拶しに飛び回っている事からもそれは(うかが)えるのだが、生憎とアリに蹂躙(じゅうりん)されまくった俺にはハエなんて大したものじゃなくなっていて、もはやとってもフレンドリーなお友達に見える。種族を越えた友情なんて、ちょっとうずくじゃないか。


「おし、着いたぞ。ここだ」


 タオル男がパーティメンバーのどっちかに向かって声を掛ける。俺がよく見えるように縁まで転がされると、辿り着いたその場所は隕石が落ちたような大穴が開いたところで、下には異臭の発生源と思しきものが山盛りになっていた。


「『異世界の門』だ。火葬したらマジで死人扱いになっちまうし、土葬はアンデッド化して這い出て来るイメージが強いからな。送る側としても、こっちの方が面倒臭くなくていい。穴でも古びた神社でも、こじつけられりゃあ何でもいいもんだから、世界遺産よりも数があって、ここなんかは第三位くらいの規模なんだとか。元々は『地中にダンジョン埋まってないか探してみたwww!』って動画企画の跡地だったっけな」


「凄い……。本当に『門』に相応しい光景ですね。近寄り難い圧があって、この世の闇を覗き込んでるみたいです」


「ベルゼバブの使いみたいなのも飛び交ってるしなっ! なんつって!」


「それだと、繋がってるのは魔界か地獄って事になりませんか?」


「まあまあ。必ずしも人型に生まれ変わるとは限らんだろうしな」


 タオル男は横倒しになった俺の背中の方に位置をずらして移動し、若い男には足の方を支えるよう(うなが)す。穴を覗き込んでからの若い男は、どこかぼうっと遠い目をしていて、二、三度呼びかけられた後にようやくハッと反応して動き出す。


 タオル男の指揮によって、「いっせーのせ」を合図に穴へ突き落とされる手筈となった俺。数センチ先の真っ黒な虚空に、ジェットコースターのてっぺんにいるようなドキドキ感を味わわされたが、カウントが始まった直後、若い男が「先輩」と力強い言葉で待ったをかけた。


「僕、決めました。この人を見届けたら、僕もトラックに轢かれて『転生』しようと思います」


「……」 おしゃべりだったタオル男は、途端に言葉に迷った。「……『門』を目の当たりにして、当てられちまったか? 十二年で転生を選択するにはまだ早いと思うんだが。親御さんから受けた恩を(あだ)で返すような事するなって」


「まあ、物語上ではあんまり見かけないですよね。でも現実はフィクションほどうまくはいかないです。人を『転生』……いや、殺してしまった僕なんて、生きる価値ないです。彼女に指輪をプレゼントしようと思って今まで一生懸命働いて来たけど、もう心から笑って過ごせそうにないです」


「そんなに罪悪感を感じてるなら、今から自首するのも手だ。素直に出頭すれば、ごっこ遊び感覚のアホな奴らからたらふく()()()()貰える。殆どボランティアで社会貢献してくれてる奴が『転生』に逃げちまわない為の意味合いがあるが、多少はケジメを付けられる筈だし、指輪の一つや二つ、それでどうとでも――」


「首、打っちゃったんです。事故を起こした時に。鞭打(むちう)ちした箇所が痛くて辛いんです」


 二人の間に暗澹(あんたん)とした沈黙が漂う。鞭打ち程度で、と思う奴もいるかもしれないが、『転生』という逃げ道が用意されている現代では、親に叱られてイラっとしたとか、おみくじを引いて凶が出たとか、そういう些細なキッカケさえも十分な堕落理由になり得た。とにかく、諦めるのが早い。その割りにトラックに轢かれて来ようと思い立った時の決意は、生き続ける事への執着よりも強固だったりするのだから、おかしな話だ。


「本当にそれでいいのか? モンスター共のいない前世の方がマシだったって、後悔しても遅いんだぞ?」


 諦めの目をしていると悟ったタオル男は、それでも真剣に思い留まらせようとする。


「先輩、今までお世話になりました」


 若い男に迷いは見られなかった。


「なん、か、おれ、ごめ……」


 横やり入れるのも躊躇(ためら)うほどの空気だったが、申しわけなくなって、巻き込んでしまった事を謝っておく俺。すると若い男は悲しそうに笑った。


「あなたは別に気にしなくて良いですよ。何かの縁で転生先で出会ったら、その時は一緒に冒険しましょう」


「! うん……、うれ、し……い」


 気を使ったつもりなのに、その言葉で逆にこっちが救われたような気がした。




「異世界で幸せに暮らしてくれよ。頼んだぜ神様」


「Have a nice trip。良い旅路を」


 二人からの(とむら)いの言葉を最後に、せーので押された俺は斜面を転がり落ちて行く。顔面を突出した岩にぶつけて、ヒモが途中で千切れて、ビニールシートから放り出された俺は、やがて棒のように硬いものが重ね合わさった場所に行き着いた。うまい具合に体は天井の方面を向く事になったが、俺を看取ってくれた二人の姿も、もはやどこが穴の入り口部分なのかも分からなくなっていた。


 刺激臭にやられた目がしょぼしょぼして、瞼が段々と重たくなって行く。――即死出来なかったのはかなり痛くて、死の間際まで最悪な思いをするハメにはなったが……どういった心境の変化だろう。終わり良ければ、といった感じで、案外悪くない人生だったと振り返られるようになっていた。

 自分より苦労してるっぽい奴の話を聞いたからか? 良い奴らに看取ってもらえたからか? それとも、転生先での楽しみが出来たからだろうか。朦朧(もうろう)とした頭では答えが導き出せないが、止まりそうな胸の中は満ち足りていた。


(神様、俺、別に勇者になれなくたっていいや。女の子にモテモテになれなくってもいいや。あいつと一緒の世界に転生させてくれれば、それで俺は満足だわ)


 穴の入り口よりもずっと向こうで見守っているであろう、神様に語りかける。その時はタオル男も一緒だといい。どれだけ遅くなっても待っててやるし、歳の差がえらい離れてても、それはそれで面白そうだ。「今度は俺が先輩として面倒見てやるからな! ありがたく思えよ!」って威張り散らしてやるんだ。


 そうして、幸せな夢を見るような心地で、俺は瞼を閉じた……。


 ―おわりー

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