チョコチップクッキーの謎
誰もがそわそわして過ごしている二月十四日。
教師陣が受験を早くも意識させようと発破をかけ始めたとはいえ、まだ高校ニ年生の僕はそんな気になれないし、この一大イベントの前では一年以上先の受験なんてどうでもいい。
とはいえ小学生の時に仲の良かった近所の女の子から本命ともなんともいえないチョコをもらって以来、僕は義理チョコか母チョコしかもらったことはないし、今日もそうだろうと、半ば諦めつつ過ごしていた。
そして諦めと共に放課後、校舎を後にした。
・・・しかし神は僕を見放さなかった。
「内畑君、ちょっといい?」
寒空の下、バス停まで他意はないけれど何となくゆっくり歩いていると、途中で声をかけられたのだ。
同じクラスの岸本さんだった。
「・・・何?」
岸本さんも僕と同じように帰宅部で、家の方向は同じなのでバスでたまに乗り合わせたりする。
「こっちに。」
そう言って岸本さんが小道に誘うがまま、僕もフラフラとついていく。
・・・足取りが妙に軽いのも仕方ないことだろう。だって岸本さんは、ちょっと訳ありそうなところもあるけれどかなり僕の"タイプ"だから。
周りに人がいないところまで来ると、岸本さんは一つの包み紙を手に振り返って言った。
「内畑君を想ってつくったの。あの、私・・・あの・・・返事待ってるからっ。」
岸本さんの頬はちょっと赤くなっていて、目も泳いでいる気がしたけれど、そういう僕も妄想の範囲内、想定外の言葉にしどろもどろになる。
「え、あの・・・本当に?」
僕に包みを渡すと足早に立ち去ってしまったその背中に、僕は声をかけた。思ったほど声が声にならなかったので、聞こえなかったかもしれない。
それと、僕もバスに乗るからそっちに行くんだけど・・・。
気まずいので少し時間を置いてから、次のバスのタイミングで小道を出ることにした。
父さんが診療している動物病院併設の家に帰ると、そそくさと自分の部屋に入って、バッグに収めていた包みを丁寧に開ける。
オレンジのなんだかふわふわした包装紙には白い紙箱が包まれていて、箱には小分け用らしいビニールの袋にクッキーやチョコが入っていた。それから手紙も。
「マジなやつだコレ・・・!」
いや、別にあの小道での岸本さんの言葉やこのプレゼントに何か裏があるとは全く思っていないけれど、敢えて言葉にしてみる。
「・・・うん?」
けれどよくよくそのお菓子を見ると、なんとも言いにくいゾワッとする気持ちが湧き上がった。
入っていたお菓子はクッキーが三つと、ハート型の小さいチョコが一つ。
クッキーは全部チョコチップが絵になるように配置されていて、二つは人型、もう一つは犬型のようだ。
人型は髪型の違いから男の子と女の子なのかな?男の子の胸には丸い穴が、女の子の胸にはハート型の穴が空いている。ハート型の穴は、ハートのチョコがちょうど嵌りそうだ。
男の子はなぜか泣いているようにチョコが溶けている。女の子は口のチョコがじわっと周りに溶けている。
犬型にも体にはなぜか十字っぽい穴が空いている。
・・・どういうこと?
とりあえず、個別に小さい封筒に入っていた手紙にも目を通す。
『内畑君のことが好きです。形は気にしないでね ^v ^ ; 』
うん、その形が気になるんだけど・・・。
僕にとって岸本さんは嫌う要素が全然ないし、むしろ好きな方なので、僕も好きだよと返事をしてしまいたい。
だけどこのクッキーは何かあるんじゃないかと思ってしまう。
だって普通、ハート型のチョコだけでいいんじゃない?と。いや、クッキーも作るとなると手間だろうから、それだけ頑張ってくれたんだという意味では嬉しいんだけど。
岸本さんはあまり目立つタイプではないけれど、なんだか変わったところがあるよね、という印象をみんな持っていると思う。
それは秋の学園祭の時、出し物を決める会議で妙にお化け屋敷の案を嫌がっていたからだ。
「真似でもお化けとか幽霊とは関わりたくないの。どうしても別のものにしてもらいたいんだけれど・・・。」
投票の前にわざわざ手を挙げて意見したので、当然、奇異的な視線が岸本さんには集まった。
クラスメイトが嫌がっていることを無理に押し通そうとするわけにもいかないし、結局クラスの出し物はボードゲームをたくさん集めて休憩所的に学園祭を訪れた人たちに楽しんでもらう、という、よくそれを担任の葉山先生も許したよなというものになった。
岸本さんと仲のいい何人かも含めて、なんで岸本さんがそんなことを言ったのか知っている人はいなかった。
だから少しの間事情を勘繰るような噂がいくつも持ち上がっては消えていったけれど、そういえば岸本さんはお寺の子だったよね、ということで噂は落ち着いた。お寺にはお墓もあるし、なんかその関係なんだろう・・・そんな、曖昧だけどそれっぽい理由だ。
善意的に見れば、女の子が好意そのものであるハートを男の子に届けようとしていて、それを十字架を持った犬が天使よろしく見届けようとしているのかもしれない。
チョコは溶けて当然だし、岸本さんも手紙に『形は気にしないでね ^v ^ ; 』と書いている。
でも意地悪な見方をすると、口がチョコまみれの女の子は男の子のハートを食べてしまって、代わりに自分のハートを入れ込もうとしているのかもしれない。犬はやっぱり天使で、ただ、天に召される時に降りてくる役割の。
もちろん穿った見方だと思うけれど、そうなると『形は気にしないでね ^v ^ ; 』の意味合いが違ってくる気がする。
クッキーを見てすぐ感じたゾワゾワの理由が気になるので、一応よくない意味での可能性をもう少し考えてみる。
例えばこういうのは?
『実は岸本さんはヤンデレかメンヘラで、僕をそのうち束縛してしまうよ、ということが無意識のうちにお菓子に反映されている。』
無いだろうな。岸本さんはそういうふうには見えない。
ちょっと地味系だけど割と品行方正な綺麗どころ、という感じだから。僕が岸本さんの何を知ってるんだよ、とは思うけど。
じゃあこれは?
『うちの病院で看取った動物たちの怨念が実は見えていて、僕のことは好きだけどそのことが気がかりだと犬で表現している。』
・・・咄嗟に考えた割には随分それっぽい気がする。
むしろ本当にそうなんじゃないかな?
『お寺育ちの岸本さんには実は霊魂が見えていて、うちの病院は動物に怨まれている。』
なんだかそうとしか思えなくなってきた。
そう考えると、このゾワっとした気持ちも、見えない霊が僕に寄ってたかっているせいに思えてくる。
父さんの診療の評判は悪くなかったと思うけれど、それは飼い主が言っているだけで当の動物たちが何を思っているかまでは分からないから。
・・・考えすぎか。
売り物のデコレーションされたクッキーでも顔が溶けていたり、そういうことはよくある。
それを家庭科部だったり普段からケーキを焼いているわけでもないだろう普通の女の子がやったら、少々形が崩れるのはむしろ愛嬌だろう。
僕はまず自分っぽい男の子クッキーを食べ、周りをキョロキョロと見回しながら犬のクッキーを食べ、最後にハートのチョコを女の子クッキーの胸に嵌めて、岸本さんへの返事を決心しつつそれを味わった。
塩味が効いていて、見た目以上に美味しかった。
翌日の放課後、僕は早めに教室を出て、昨日岸本さんが僕にしたように、バス停に向かう岸本さんに小道から声をかけた。
「岸本さん、ちょっといい?」
岸本さんはこくんと頷いて、厚く巻いたマフラーに顔を半分埋めるようにして僕に付いてきた。
「昨日のことだけど」
包みを渡されたところまで来て、振り向きざまに言う。妙に緊張してしまうので勢いに任せてしまう作戦だ。
「おわっ」
思ったよりもピッタリくっついて岸本さんは付いてきていたようで、振り向いたらすぐそこに岸本さんの赤らんだ顔があって戸惑ってしまう。
作戦失敗・・・にはならない。その表情を近くで見たことで、僕は逆に落ち着けた。
あ、大丈夫なやつだ、と。
もちろん大丈夫のつもりで来たわけだけれど、そうじゃない可能性を一応何かしらの心の保険的に頭の隅に置いていたから。
「・・・昨日のことだけど、僕も岸本さんのこと、好きだよ」
ドモってないよね?と、自分がちゃんと声を出せているか不安になる。
岸本さんはというと、緊張一色だった表情が安堵と喜びに塗り替えられていくのがわかる。
・・・なぜだろう、なんで僕は岸本さんのことをこれまで"ちゃんと好き"じゃなかったんだろう、という気持ちが湧き上がってくる。
こんなにも岸本さんは可愛くて、僕は今こんなにも愛しい気持ちになっているというのに。
「よかった、嬉しい・・・。」
「僕も嬉しいよ。えっと、それで・・・。」
「内畑君、私と付き合ってくれる?」
あぁ、先に言われてしまった。ちょっと不甲斐なかったかな。
「うん。」
岸本さんは暖かく微笑んで、僕の手を取った。
小っ恥ずかしいけれど、僕たちは手を繋いで小道を戻り、バス停に向かった。
「じゃあ、また明日ね」
僕の降りるバス停が近くなったので、ブザーを押して岸本さんに告げる。
「うん」
なんというか、"彼女"がいるというだけでこんなにも心が温かくなるのかと、自分でもびっくりしてしまう。
バスが止まり、じゃあね、と小さく手を振って僕は席を立った。
小さい声で岸本さんが何か言った気がして振り返ったけれど、岸本さんはにっこり笑って小首を傾げただけだった。
*
その後僕たちは同じ大学に進学し、一度危ない時もあったけれど、卒業後には結婚して家庭を築くことになった。
僕は父さんの動物病院を継いで、祐里はお寺のことはお兄さんに任せられるからと、家を離れて公務員になっている。
僕たちの娘も小学生になり、その意味が分かっているのかはともかくバレンタインデーにチョコを持っていくと言い出した時、僕はふと祐里にもらったお菓子のことを思い出した。
それまで全く気にすることのなかった、あのチョコチップクッキーとハートのチョコのことを。
「そういえばあれ、何か意味があったの?」
「なんのこと?」
僕は祐里のくれたお菓子と、その時僕が考えたことを祐里に話した。
すると祐里は微笑みとしたり顔を混ぜたような表情になって、一言だけ僕の問いに答えた。
「いいの。相変わらずいい子たちよ。」
・・・どうにも深く追求する気が起きなかったけれど、悪い意味ではなかったようだ。
僕は妙に安堵して、それから娘に持たせるチョコをどうするか祐里と話し合った。
ノベルアップ+のバレンタイ企画(引用:三題噺コンテスト!!キーワードは「恐怖」「チョコレート」「告白」)用に書いてみた作品です。
ちょっとモヤっとする終わり方に仕上げてみましたが、自分の中で岸本さんの言葉の真意は定まっています。
いかがでしょうか?
2021/2/7 完結『今更普通の異世界転生』
https://ncode.syosetu.com/n2242gp/
冬童話2021投稿作『クリスマスのおくりもの』
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