キョウレツインパクトと幼犬
母さんが去った後でセバスが悩んでいた。
「さて、危機は脱しましたが、馬車を引く馬が居ませんな……」
馬たちは戦闘の最初に逃げたっきり戻ってこなかった。アンネを徒歩で歩かせるのはかわいそうだなと思った瞬間、例の声が聞こえた。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『索敵』を獲得しました≫
早速、使ってみると馬たちが1km先にたむろしているのが見えた。だが、移動している間にアンネたちが襲われたら面倒だなと思った。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『空間転移』を獲得しました≫
すぐに使って、馬たちが居る場所に移動した。転移すると馬たちは驚いていた。さて、どうやって移動させるか悩んでいると声が聞こえた。
「あ、シュワルツの兄貴、戦いは終わったんすか?」
低音の渋い声だが、話し方は下っ端っぽかった。だが、あたりを見回しても馬しかいない。
「兄貴、俺っす。キョウレツインパクトっすよ」
何故か、名前を僕が知っている体で話しかけてきていた。その声の主は馬だった。話しかけて来た時に自分が話している事を前足で地面を叩いてアピールしてきた。名前自体がどっかの名馬の名前とよく似ていた。
そこに居たのは馬車を引いていた馬だった。一頭だけ毛の色が黒だったのでよく覚えていた。ステータスを見るとただの馬ではなかった。種族名『草原の覇者』だった。馬なのだろうが、スキル欄に『風の加護』『体力回復』『牽引』『緩衝走行』があった。
馬車が揺れなかった理由はこいつが馬車を引いていたおかげだった。とりあえず言葉が通じるか分からないが、話しかけてみる事にした。
「戦いは終わったよ」
「さすがっすね~。俺は兄貴たちが勝つと信じてここでみんなと一緒に待ってたんっすよ」
馬の表情は分からないと思っていたが、めっちゃ笑顔だった。魔犬に転生した副次的な効果だろうか?動物とのコミュニケーションがめっちゃとれる。
「それにしても、セバスの旦那はいつも的確な判断で助かるっすよ。絶妙のタイミングで手綱を切ってくれたお陰で、上手く逃げ出せたんす。まったくアンネローゼ様を襲うなんてふてえぇ野郎でしたね。あ、やっぱりマリーの姉御の拷問受けた上に殺されたんですかね。前の兵士の時は口が堅そうだったんで、セバスの旦那が早々に切り捨てちゃいましたけど」
うん、こいつメッチャ喋るな。一気にまくし立ててきた。
「そうだね、マリーが拷問して全部吐かせてたよ」
「あ、やっぱそうなんっすね~。あいつ口が軽そうでしたもん。ナンパってやつっすね。それで、今回も黒い雷でワンパンでしたんで?あれを最初に見た時はマジ、ビビりましたよ。さすが、黒の殲滅者っすね」
「いや、今回は少してこずったよ」
「ええ?マジっすか?あいつら、そこそこ強かったんすね~。それなら、どうやって倒したんです?」
このままだと、話が長引きそうだなと思った。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『念話』を獲得しました≫
意味不明のタイミングでスキルが発動し声が聞こえた。
(シュワちゃんどこ?どうして消えたの?)
それはアンネの声だった。
(あ、ごめん。すぐに戻るつもりだったんだけど、馬を連れ戻そうと思って……)
(凄い!シュワアちゃんと会話できてる。良かった~。戻って来てくれるのね?)
(そうだよ。もう少し待ってね)
(うん)
アンネと普通に会話で来た。思わぬスキルを手に入れた。後で、念話が他の人間にも有効か試してみようと思ったが、今はキョウレツインパクトのマシンガントークを終わらせて帰るのが先決だった。
「兄貴?どうしたんで?」
「アンネからすぐに帰って来てとの連絡があった」
「あ、そうだったんですか、そいつは失礼した。兄貴の武勇伝は後で聞かせてもらいやす。あっしらはすぐに戻りますね。おいっ!野郎ども行くぞ~~~!」
『おおおおおおおおおお~~~~~!』
静かだった馬たちが一斉に雄叫びを上げた。
「ちょっと待て~~~い」
僕は、慌てて呼び止めた。
「え?なんですか兄貴?」
「ちょっと試したいことがあるから、みんな集まれ」
『合点承知!』
みんなそう言うとキョウレツインパクトを中心に集合した。
「よし、これから『空間転移』の魔法を使う。驚かずに魔法を受ける事、いいね?」
『合点承知!』
馬たちは応えてくれたが、なんで合点承知なんだろう?とりあえず魔法を発動させてアンネたちの元に戻る。
「お帰り、シュワちゃん。ありがとう」
(ただいま)
アンネが目をキラキラさせて、おいでと両手を広げていた。僕はアンネの胸に飛んで行った。そうしないといけない気がした。いつものように抱きしめられ、人形の様に持たれた。どうやら、ここが僕の居場所らしい。
「おお、シュワルツ殿かたじけない」
セバスも喜んでいた。
「シュワルツの兄貴、さすがっす」
キョウレツインパクトも褒めてくれた。マリーは……。
(居なくなって清々したと思っていたのに戻って来たか……。だが、アンネ様の為に命を捨てて戦った事は感謝しないでもない)
心の中でだが、マリーが少しデレている。マリーの中ではアンネが最優先だった。僕がアンネの為に戦って死んだことで少しだけ信じてもらえたようだ。
セバスがキョウレツインパクトを馬車に繋ぎ、他の馬たちには、街に戻るように指示をしていた。馬たちは賢いのか、セバスの命令に皆、頷いて元の街に戻っていった。
「さて、オールエンド王国が首謀者と分かった以上、傭兵を雇うのは危険でしょう。このまま四人で港町を目指します。それで良いですかな?アンネ様」
「セバスに任せる」
「畏まりました」
セバスは、もう傭兵を雇う必要が無いと考えていた。アンネの魔法で若返り全盛期の実力が発揮できるのだ。よほどの敵が来ない限り安全だと考えていた。そして、アンネが無事な限り、蘇生魔法で生き返れるのだ。魔族の中でも五大厄災と呼ばれる存在でも出てこない限り、死ぬことは無いらしい。
セバスは御者台に乗り、マリーとアンネと僕は客車に乗った。セバスがキョウレツインパクトに鞭を入れると馬車は走り出した。今まで、馬が話すと思っていなかったので、その声に気が付かなかったが、奴はずっと話していた。ただし、馬蹄の音と馬車の騒音で気が付かなかっただけだった。
耳を澄ますと聞こえてくる。やつの声……。
「最高だぜ!セバスの旦那の手綱さばきは!行くぜ!四輪ドリフト!直線コースは任せなシャイニングアタック!かっ飛ばすぜ、振り落とされるなよ~!」
なんか、ウザかった。僕は奴の声を気にしないようにした。