再会
魔法『異世界転移』で移動した先は、人がいなさそうな雑居ビルの屋上にした。
「何これ!すごい!」
立ち並ぶビルを見てベルタは感動していた。一方アンネは一度見ていたからか、それほど反応しなかった。キョウレツインパクトとラビは、何が凄いのか理解すらしていなかった。
「あれ?みんな、そんなに凄いと思っていない?」
「高い建物が多いっすね」
キョウレツインパクトは建築に関する知識が無い。高い建物を作ることが困難だと知らないので、高い建物があるという認識しかない。
「そうですね。なんか、高い建物が多いですね」
ラビもメイドの作法は知っていても、建築の知識など皆無なのでキョウレツインパクトと同じだった。
「いいえ、とっても凄いわ。こんなに高い建物を作れる技術があるなんて信じられない」
アンネは女優のスキルを発揮して、ベルタの感動に同調した。
「ああ、良かった。アンネは理解してくれるのね」
「私が住んでいたお城よりも大きい建物なんて初めて見たよ」
「そうよね。しかも、全ての建物が細長いなんて、どんな構造してるのか興味あるわ」
そう言って、ベルタは僕に目を向けた。
「僕は詳しくないよ。知りたかったら、自分で調べてみて」
「救世主様のケチ」
転移前に説明した注意事項を全て忘れているかのようにみんなで話しているので、注意することにした。まあ、こうなることを見越して人気のない場所に転移したのだけど……。
「はい、私語禁止、救世主様禁止、勝手に行動しない」
僕が注意するとベルタは少し、ふてくされながら抗議してきた。
「少しぐらい良いじゃない、シュワルツのケチ」
「後で、いっぱい話は聞くから、静かにして」
ベルタはフンと顔を背けて喋るのをやめた。それを見てアンネは微笑んでいた。そして、優しくベルタの手を取った。ベルタはアンネを見た。アンネもベルタを見た。
(しょうがない。アンネが大人しくしてるから、私も静かにしてやる)
ベルタは上から目線で僕に指示に従ってくれた。
「それと、これから移動した先で挨拶することになる。キョウレツインパクトは、いつもの挨拶をやめて、今日は普通に挨拶すること」
(合点承知!)
奴は心の中でそう答えた。
(え?いつもの挨拶ってシュワルツの差し金だったの?)
ベルタは僕を疑問の眼差しで見ていたが私語禁止なので何も言わなかった。なので、僕も説明しなかった。
僕は魔法『空間転移』で、××さんの家に向かうことにした。自分の実家を頼るという手も考えたが、死んだ息子が転生して帰ってきたと説明しても信じてもらえないと思った。
その点、××さんの両親なら一度、僕を飼っていたし、その時に生まれ変わりだと信じて貰えた。だから、手前勝手だとは思ったが頼ることにした。
全員に魔法『無音化』と『透明化』を施してから、空間転移した。
××さんの家の庭に転移すると、春に来た時と変わらず綺麗に手入れされていた。夏に来たのは訳がある。今生の別れのような感じでサヨナラしたのに、すぐに戻ってきたらバツが悪いと思ったからだ。
僕は周囲に人が居ないのを魔法『索敵』で確認し、彼女の母親と父親が家の中に居るのを確認して、玄関の中に空間転移し姿を現して犬に戻った。
(ごめんください。○○です。お父さん、お母さん、居られますか?)
僕の念話に××さんの両親が応えて玄関に出てきてくれた。
「あら、お久しぶり、もう会うことは無いのかと思ってたわ」
「どうしたんだい?何かあったのかい?」
二人は、依然と同じように優しく接してくれた。
「あの、二人に会わせたい人が居るのと、少しの間だけ協力して欲しいことがあるんですが、よろしいですか?」
「あら、会わせたい人?」
(もしかして、あの子の生まれ変わりかしら?)
お母様の方は感づいたようだった。
「はい、本人に記憶はありませんが、ほぼ間違いなく××さんの生まれ変わりだと思います」
「3カ月で生まれたってこと?」
お母さんが、そう思うのも無理はない。こちらの世界では3カ月しかたっていないのだ。
「いいえ、こちらの世界と僕が居た世界では時間の長さが違うみたいです。彼女は、すでに9歳の女の子になっていました」
「そうなの?」
「そうなんです」
(そうなると、3カ月で9年たったことになるから、○○さんも9年たっているってことなるわよね?そうなると、なんで○○さんは子犬のままなのかしら?)
お母さんは納得していないようだった。
(色々と不自然な事はあるけど、○○くんは悪い人じゃないし、××の事で嘘を言うとは思えない)
お父さんは信じてくれたようだ。
「信じよう。不自然なところはあるが、異世界とか犬に転生したとか、ありえない事が起こっているんだ。これ以上、気にしても仕方ないよ、香」
香とはお母さんの名前だった。
「そうね」
二人は信じてくれた。
「それと、驚かないでくださいね。こちらで活動するために、姿を変えますから」
「分かった」
僕は人間の姿になった。
「まあ、なんて可愛いらしいの」
「本当だ。すごい美形じゃないか」
「人間の姿になったらこうなりました」
「まあ、ワンちゃんの時も美形だったから当然ね」
「そうだね。クロは、可愛かった」
犬として飼われてた時も僕はワンとしか鳴かなかったが、二人は良く話しかけてくれていた。だから、自然と会話も出来ている。
「では、外に待たせている友達を連れてきますね。突然姿を現しますけど、驚かないでくださいね」
「ええ、いいわ。もう、何が起きても驚かないから」
そう言って、香さんは楽しそうに笑った。僕は遠慮なく魔法『空間転移』で4人を玄関に転移させ、『無音化』と『透明化』を解除した。玄関に4人も入れるのは、彼女の家が裕福で広めの玄関だったからだ。突然現れた4人を目にしても、二人は驚かなかった。
「僕から、紹介しますね。こちらの二人は、この世界でお世話になる」
「佐藤剛です」
「佐藤香です。よろしくね」
『よろしくお願いします』
4人は声を合わせて挨拶してくれた。
「そして、こっちが、僕の友達で」
「アンネローゼ・フォン・シュワルツェンドと申します。この度は急な来訪にも関わらず。ご協力頂き誠に嬉しく存じます」
アンネは王宮の作法に則り、他国へ来訪し、協力を得られた時の口上を述べた。そんなアンネを見て香さんは、驚いた表情で涙を流していた。
(ああ、この子が××が生まれ変わったという子ね。なんとなく分かる。雰囲気があの子と同じだわ)
「あの?どうしたんですか?」
「いいえ、いいえ、なんでもないわ。おかえりなさい」
香さんは混乱して、そう言った。
「ただいま。そして、ごめんなさい。え?あれ?なんで?私、なんで……」
アンネも涙を流していた。そして、意識せずに出た言葉と涙に戸惑っていた。
「いいのよ。大丈夫、分かってるから……」
そう言って、香さんはアンネに近づいて抱きしめた。
(あったかい。お母様に抱きしめられているみたい)
二人は、しばらく抱擁していた。剛さんもそれを見て涙を流していた。そんな現場を見て、ベルタは混乱していた。
「きゅ、シュワルツ。なんでこんな事になってんの?」
小声で、僕に耳打ちしてきた。
「気にしないでくれ、後で事情は説明する」
僕も小声で説明した。
「分かった」
ベルタは、それ以上何も聞かずに、待ってくれた。ほどなくして、二人の抱擁は終わった。
「ごめんね。急に抱きしめたりして」
「いいえ、大丈夫です。まるで、お母様に抱きしめられた時の様に嬉しかったです」
アンネは本当に嬉しそうに微笑んだ。それを見て香さんも嬉しそうだった。
「ごめんなさいね。自己紹介の途中だったわね」
「あ、では私から……。私は、ベルタと申します」
「あら?苗字は名乗らないのね?」
「私は平民ですので苗字はありません」
ベルタは、当然の様に答えた。ベルタが言うまで僕は、その事を気にも留めていなかった。あっちの世界で9年間魔犬として育ったせいか、苗字というものに興味が無かった。名前だけ知っていれば事足りたのだ。
「あら、そうなの?という事は、アンネローゼさんは?」
「アンネと呼んで頂いて構いませんよ、香さん。おっしゃるとおり私は皇族です」
「あらまあ、面白いお話が聞けそうね」
香さんは、アンネの生い立ちに興味津々だった。言われたアンネは頭に疑問符が浮かんでいた。
「私は、ラビと申します。よろしくお願いします」
そう言って、いつものように恭しくお辞儀した。
「こちらこそよろしくね」
(ずいぶん白い子ね。この子、アルビノかしら?)
「俺の名前は、キョウ・レツ・インパクト。俺より強い男を探す旅をしている」
普通の挨拶をするように前もって言ったのにやはりダメだった。奴には荷が重すぎた。まともな挨拶が、どんなものか分かっていなかった。その場の空気が凍り付いた。剛さんと香さんは、頭に疑問符を浮かべて目を点にしていた。
そして、アンネとベルタも目が点になっていた。
(キョウちゃん。シュワちゃんが言ったこと理解してなかったの?)
アンネは心でそう思っていた。
(なるほど~。筋肉質でカッコいいイケメンだと思っていたけど、脳みそまで筋肉だったんだ~。だから、いつも無口だったのか~。だから、シュワルツはキョウが余計なこと言わないように指示してたんだ~)
ベルタは今までの奴の言動や行動から、事実を察していた。そして、いつもは心の中でもキョウ様と呼んでいたのに、事実を知った瞬間呼び捨てである。ラビは、心の中で「先輩、素敵」と思いつつキラキラした目で奴を見ていた。なので、僕は念話で二人にフォローを入れた。
(ごめんなさい。この子、見た目は大人なんですけど、中身は子供なんです。でも、悪い子じゃないんで許してください)
どっかの探偵と真逆を地でいく残念なイケメンだった。
(なるほど、分かった)
剛さんは理解してくれた。
「さあ、全員挨拶も終わったことだし、中に入ってお茶でも飲みながら話を聞こう」
剛さんの言葉で、アンネとベルタは安堵のため息をついて土足で廊下に上がろうとしたので止める。
「ストップ!ここで靴を脱いでから上がってね」
僕が二人を止めて、自分が靴を脱いで上がってみせる。
「え?靴を脱ぐの?」
アンネは戸惑っていた。
「ああ、なるほど、そっち系の文化なのね」
ベルタは商人だからか、色んな国の文化に精通していた。僕の言葉に素直に従って靴を脱いだ。
「そういう文化もあるんだ~」
ベルタも靴を脱いだ事でアンネも靴を脱いだ。キョウレツインパクトとラビも同じように靴を脱いで廊下に上がった。
リビングに案内されて、ベルタが驚きの声を上げる。
「涼しい!なんで!魔法使いでも雇っているの?」
あっちの世界にはクーラーが無い。そして、夏を涼しく過ごせるのは魔法使いを雇える大金持ちの特権らしい。
「魔法使い?そっちの世界には魔法があるのか、だからあの時、君は……」
(あいつを簡単に殺せたのか)
剛さんは、僕の事を気遣って、殺しの事は言葉に出さなかった。
「魔法じゃないんですか?」
「ああ、これはクーラーと言って電気の力で空気を冷やす機械なんだ」
剛さんは自慢げに説明した。
「電気?機械?」
ベルタは聞きなれない言葉に興味を示した。
「電気というのわね」
「ストップ!その話は、後にしませんか?先に僕たちがここに来た理由とか、アンネの身の上話とか」
「シュワルツ!なんで邪魔するの!」
ベルタはえらくご立腹の様だった。邪魔するに決まってるだろ。電気とか機械とかをあっちの世界に持ち込んだら色々ぶっ壊れる未来しか見えない。
「まあまあ、怒らないで、別に邪魔するつもりはないよ。ただ、順番があるだろう?この家に来て僕たちの目的も告げずにアレコレ聞くのは良くないと思って……」
「私は別に構わないよ。それにこれ位の子供はなんでも知りたがる年頃だろう。目的は何であれ知りたいという気持ちは大事だ。私は勉強したいと言う子には何でも教えてあげたいんだ」
この時点で嫌な予感がしていた。教えるのが好きという事は高確率で教師系の仕事をしている可能性が高かった。この家で飼われていた時、剛さんは仕事の話をした事が無かったので僕は剛さんの職業を知らなかった。
「そうですか、ちなみに、ご職業は?」
「何だい?突然?」
「いえ、以前、ここに居た時に聞いていなかったな~と思いまして……」
「そうだったね。私は大学で教授をやってるんだ」
「ああ~なるほど~。だから、教えるのが好きなんですね~。ちなみに~専攻は?」
「ロボット工学を専門としている」
僕は全てを諦めた。もう、あっちの世界に機械文明が持ち込まれるのは防ぎようがない。だから、せめて核爆弾が作られることがあったなら、魔王と呼ばれてもいい。全力で工場と兵器を破壊し、研究者は拉致し、指示した者には死を与える事を誓った。




