和平交渉
小屋の中には女王のフランとアイス、それに金髪碧眼の平均点男ヨハンが居た。ヨハンを鑑定の魔眼で見たら別人の様に強くなっていた。
LV50で全ての能力が500を超えていた。しかも、スキル欄には『剣聖』『修羅一刀流』『羅刹二刀流』その他、剣聖に相応しいスキルを獲得していた。さらに、ヨハンは、僕とセバスが持っていないスキル『剣聖』を持っていた。
少し、羨ましいが、僕には『愛の奇跡』がある。これ以上を望むのは、強欲だと自分を戒めた。
「私は、シュワルツ様の師匠と名乗るリーゼという赤髪の魔女に依頼されて、ここに居るのです」
リーゼは僕のこの世界の母親、魔族の中でも高位の種族黒の殲滅者であり、五大厄災の一人『殲滅のエリーゼ』が人間に化けた姿だった。
「どんな依頼を受けたんですか?」
僕は、母さんが、まともな依頼をするはずがないと思っていた。たぶん、無茶振りの類だろうと思っていた。僕が母さんに育てられた時はそうだった。獅子は子供を育てるために千尋の谷に落とすというのを地で行く育て方だった。
だからこそ、僕は物心ついてから6年で戦士として完成していた。それが人間相手だとしても同じ対応をするのは目に見えていた。
「リーゼ様が、黒の殲滅者の毛を持ち込み、あなたに、黒の殲滅者の毛で編んだ服を渡すように言われたので、加工技術を持つエルフの里に持ち込んだのですよ」
予想通り、無茶振りだった。毛は、そろそろ夏なので母さんの抜け毛を渡したと思われる。それは良いとして、僕に渡すという所が無茶振りだった。アイスは僕が何処に居るかを知らない。探すにしてもシュワルツェンド皇国内に居なかったのだ。
今は偶然出会えたが、タイミングが合わなければ僕とアンネが皇宮に戻らない限り達成できない依頼だった。
「師匠からの無茶振りに応えて頂き、誠にありがとうございます。その師匠は、依頼を果たさないと、どうなるとか言っていましたか?」
母さんの性格だ。たぶん、ナチュラルに脅しをかけていると思った。
「ええ、半年後に出来ていなければ、ブッ飛ばすと言われましたよ」
アイスは苦笑いを浮かべて答えた。
「すみません。僕の師匠は常識が通じないんです。僕の居場所は今後、定期的にお知らせします」
「それは、大変助かります。私も伝説の冒険者『赤の魔女』リーゼ様とは友好な関係を維持したいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。それと、私が依頼を果たしたら、その旨、リーゼ様に連絡をして頂いてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。即座に連絡いたします」
これまで、僕はアイスに色々と面倒ごとを押し付けてきた。アイスは、そのことに対して怒っている様子はなかった。心の声を聞いても僕に対する悪感情はなかった。むしろ、こう思っていた。
(リーゼ様と違って救世主様はまともらしいな。リーゼ様が私に無理難題を突き付けたことを理解して、フォローしてくれている)
なので、僕はアイスのすることに全力で協力しようと思った。
「ありがとうございます。それで、連絡はどのような方法で頂けるのですか?」
僕はスキル『念話』で伝えることを前提にしていた。だが、それだと相手が念話を使えないと一方通行になる。
(僕が持っているスキル『念話』で連絡しようと思っていたのですが、これだと一方通行ですよね?)
僕が念話でアイスに伝えると、アイスは驚いていた。
「伝心の魔法をスキルで行えるのですか?」
「伝心の魔法?」
「この魔法ですよ」
そう言ってアイスは詠唱を始めた。
「旅の神ヘルメスに願い奉る。我が言葉を友人に届けたまえ」
僕の視界に『メッセージが届いています。自動で再生しますか?』と表示されたので心の中で『はい』と答えた。
(聞こえますか?救世主様)
「なるほど、これが『伝心の魔法』なのか」
「ええ、ですので、念話で伝えて頂ければ、魔法で連絡いたしますよ」
「なら、問題は無いな」
僕とアイスの会話が終わったのを見計らってヨハンが挨拶をしてきた。
「シュワルツ様。お久しぶりです」
アイスと同じくヨハンも僕に対して救世主様と言わなかった。僕は真実の魔眼で、心読み、理由を知った。
どうやらエルフは、メシアス教の救世主を信じていないようだった。それどころか、神の言葉をでっち上げ、救世主を騙る詐欺師だと思っていた。だから、救世主という言葉は禁句らしい。
「久しぶり、宣言通りアイス様に仕官したんだね」
「ええ、お陰でセバス様から直々に剣の稽古つけてもらえました」
「そうか、それは良かった」
「シュワルツ様、お知合いですか?」
デニスさんが聞いてきたので僕が答えた。
「紹介するよ。こちらが、ルークスの街の新領主アイス様だ。そして、こっちが剣士のヨハンだ」
「初めまして、商人のデニスと申します。今はシュワルツ様と一緒に旅をさせて頂いています」
「初めまして、ルークスの街の領主、アイス・フォン・マルクスです。シュワルツ様には依然助けて頂いたことがあります」
「初めまして、アイス様の臣下のヨハンです」
エルフの女王以外が挨拶を済ませた。
「それで、シュワルツ様は、どんな理由でエルフの里に?」
アイスが僕に質問をしてきたので、正直に答えた。
「僕はデニスさんの護衛で来ました」
「ふむ、ではデニス殿は、どのような理由でここに?」
「私は、ドワーフとエルフの戦争を止めるために来たのですよ」
「なるほど、私と目的は一緒ですね」
デニスさんは戦争になった場合、商売どころじゃなくなる。下手をすれば持ち込んだ商売道具を徴発される可能性があった。アイスも同じ状況だった。
「さて、挨拶も終わったようだし、本題に入る」
今まで静観していたフランが話し始めた。
「知っての通り、ドワーフどもは、金儲けの為に我が国の森を破壊しようとしている。私としては全く
許容できない。それを念頭にどうやって戦争を回避するつもりか教えてほしい」
フランは一切の譲歩をしないという決意で話していた。
「確認ですが、売れる木材は、もう無いのですね?」
アイスが確認する。
「ない」
フランは断言した。
「では、ドワーフたちに木材を諦めて貰うしかないですね」
アイスの言葉に僕は素人考えでデニスさんにも言ったことを提案してみる。
「木炭の代わりに石炭をドワーフに使ってもらうというのはどうです?」
「問題があります。石炭を使って溶かした鉄は質が低い上に、毒性のガスが発生するのです」
アイスが僕の提案を否定した。だが、僕は前世の記憶で、鉄を溶かす燃料は石炭が主だと、どこかで聞いていた。だから、魔法『異世界転移』を使って日本に戻り、インターネットで調べれば問題を解決できると思った。
「なるほど、それらの問題が解決されれば、石炭で鍛冶ができるということになるんですね?」
「そうですが、問題の解決方法を知っているのですか?」
「今は、分かりませんが、調べればわかると思います」
「ふむ、後はドワーフの国への交易ルートの確保が問題ですね」
アイスもデニスさんと同じく交易路が確保されていないと認識していた。
「海路だとダメなんですか?」
「シュワルツ様。なぜ、海路だとダメなのか商人の私から言わせていただきますね。ドワーフの国の首都アイアンメイズに石炭を運ぶ場合、一番近いのが、シュワルツェンド皇国の街、ブルクから北に陸路で行くのが最短なのですが、その場所は『死の荒野』と呼ばれており、凶暴な魔物が多数生息しているのです。
そこを避けて海路で運ぶとなると石炭の運送コストが馬鹿にならないのです。そうなると木炭よりも値段が高くなるので、ドワーフたちは石炭を買わないのですよ」
「なるほど、商売って難しいんですね」
「ですが、『死の荒野』の魔物を殲滅できるのなら、問題は無くなります。そちらの方は私が何とかしましょう」
アイスは、『死の荒野』を自分の領地にするつもりだった。そうすれば、通行税を取れるのだ。しかも、相手は金持ちのドワーフと商人たちだから多くの税収が見込めるらしい。
「話はまとまった様だな、私としてはドワーフどもが我が領内から木を奪わぬのなら何もしない。後は、ドワーフどもを勝手に説得するがいい」
そう言ってフランは会議室を出て行った。
「では、私は『死の荒野』を制圧するための準備をしに戻ることにします」
アイスがそう言って、ヨハンと共に出て行った。
「さて、我々もドワーフ王を説得しに戻りますか」
「いいえ、待ってください。先に石炭での鍛冶の方法を調べましょう。その方が王を説得しやすいと思います」
「そうですな、そうしましょう」
「後、石炭って簡単に調達できますか?製法もそうですが、実際に石炭でも鍛冶が出来ることを実証してから説得した方が確実だと思うのですが?」
「そうですな、実証さえしてしまえば誰も反論はできませんな。しかし、買うのは簡単ですが、先ほども言いましたが、運ぶのが問題です。海路だと15日はかかります。往復を考えると30日です」
「『死の荒野』行く場合は何日ですか?もちろん、僕が護衛をします」
「それならば、アイアンメイズから3日ほどで石炭を採掘している町、ブルクに行けます」
「では、アイアンメイズから、僕が空を飛んでブルクに行きますので、道案内をお願いしても良いですか?」
「え?空ですか?」
「ええ、空です。往復1時間もかかりませんよ」
「この前、フーリー法国の首都に行った時も空を?」
「ええ、そうですよ」
「魔法ですか?」
「スキルです」
「ふむ、空を飛ぶのは初めてですが、シュワルツ様を信じます」
デニスは、なぜか決死の覚悟を僕に伝えてきた。
「大丈夫ですよ。フーリー法国の首都に行ったとき、奴隷商人たちは全員無傷で運びましたから」
ただし、全員もれなく気絶していたけど、それはデニスさんには伝えなかった。たぶん、加速度的な何かで意識が飛んだと推測している。なので、今回はゆっくり加速し飛んでいけばデニスさんは大丈夫だと思った。
「そうですか、では、早速行きますか」
「ええ」
こうして、僕とデニスさんは魔法『空間転移』でアイアンメイズに戻り、そのまま『死の荒野』を超えてブルクに向かった。
「あああああああああああ~~~~~~。速い!速い!速い~~~~~」
僕は犬の姿になり、デニスさんを魔法『黒の剣鎖』で固定し、魔法『結界』で守った。その上でゆっくりと加速し、空を飛んでいたが、音速を超えたあたりから、デニスさんは絶叫していた。
「高い!高い!高い!地上はどこですか~~~~~」
地上に影響が出ないように、高度1万メートル上空を進んでいたが、地上は遥か下だった。しかも、雲があるので地上が全く見えなかった。だが、問題は無い。ある程度の距離と方角は飛び立つ前に聞いたので、後は近くになったら、高度を下げてブルクの町を確認すれば良いと思っていた。
「デニスさん。もう少しの辛抱です。もうすぐブルクの町、周辺につきますから」
「あああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~」
デニスさんは僕の言葉が届いていないのか、絶叫していた。『死の荒野』を飛び越えて、町っぽい場所を見つけたので、速度と高度を落として着地した。
「デニスさん。ここがブルクの町ですか?」
「救世主様……。また、同じ速度で空を飛ぶというのなら、もうココがブルクの町で良いです」
デニスさんはぐったりと倒れたままで僕に言ってきた。
「大丈夫ですよ。次からは、ゆっくりと飛びますから」
「本当ですか?」
「ええ、『死の荒野』を安全に抜けるために速度を出したのです。もう超えたので、後はゆっくりと探しましょう」
「はい」
そう言って、デニスさんは立ち上がり、町の様子を見た。
「ブルクの町で間違いないですな」
「では、石炭を10キロほど購入して帰りましょう」
「あの、帰りも空を?」
「いいえ、帰りは魔法『空間転移』ですよ」
「ああ、良かった」
デニスさんは命が助かったとばかりに、安心していた。僕のスキルも安全だと思うのだが……。まるで絶叫マシンに乗っているかのような反応だった。




