聖王ニグレド
奴隷商人たちを衛兵に引き渡した後で、僕はすんなり玉座の間に案内された。金髪碧眼の40台のナイスミドルが玉座に座っていた。漆黒の鎧と漆黒の盾、それに漆黒の剣を身につけていた。ルベドが炎なら、ニグレドは水だった。全てを飲み込み無効化する。そういう存在だった。
対峙した時、僕の攻撃の全ては受け流されるか無効化される。そういう強さを感じた。一方聖王ニグレドは僕の顔を見てこう思っていた。
(どこかで見た事のある顔立ちだな?そうだ、あの顔は殲滅のエリーゼに似ている。他人の空似か?そして、あの佇まいは剣聖ルベドを思い出す。さすがに救世主と言われるだけのことはある)
まあ、殲滅のエリーゼは僕の母親で、剣聖ルベドは僕の父親であり師匠ですけどね。この事実を伝えると、ニグレドが食いつきそうだったので、聞かれない限り何も言わないことにした。
「さて、その方、余が発した。奴隷禁止令に背いた者が居ると言ったな、事実か?」
「事実です」
「証拠は?」
「僕以外に証人が多数います。連れてきて証言させましょうか?時間は取らせません。魔法『空間転移』で即座に連れてきます」
「なるほど空間転移の魔法を使えるのか、さすがは『救世主』と呼ばれている冒険者だ。だが、それは不要だ。代わりに余の魔法を受けて応えよ」
「分かりました」
「契約の神ミスラに願い奉る。この者の嘘を暴き給え」
視界に「はい・いいえ」が表示される。なにもやましい事は無いので「はい」を選択した。
「君は、先ほど嘘を言ったか?」
「いいえ」
僕の言葉の後で何も起きなかった。
「なるほど、真実を言っているようだな」
そう言った聖王の顔色は悪かった。
「では、領主を召喚して事実確認を行う。それまで、この城に滞在してもらえないだろうか?」
「本来であればお受けするところですが、あいにく旅を急いでおります。ですので、僕が空間転移でここに領主をお連れするというのは如何でしょうか?」
「そうか、時間が無いのであれば君の魔法に頼らせてもらおう。余としても時間が惜しい」
「では、早速お連れ致しますね」
僕は、魔法空間転移で領主の館に直行した。
領主の館の玉座の間に出現すると、領主を含め全員が驚いていた。無理もない。突然出現したのだから……。
「貴様!誰の許可を得てここに来た!いくら救世主でも許されん行為だぞ!」
領主が何か喚いているが無視して、魔法『黒の剣鎖』で領主を捕縛し、魔法『空間転移』で聖王ニグレドの玉座の間に戻った。
頭に疑問符が多数浮かんでいる領主を放っておいて、黒の剣鎖を解除しニグレドに話しかける。
「聖王様、領主様をお連れ致しました」
「な?え?聖王様?」
「シュワルツよ。領主に何も説明しなかったのか?」
領主の様子を見てニグレドは状況を察したようだ。
「はい、説明したところで納得はされないでしょうし、何より僕が話すよりも聖王様から話してもらった方が早いと考えましたので」
そう言って恭しく頭を下げた。
「なるほど、分かった。では、余から説明しよう。アブールの領主レイブスよ。お主が奴隷商売を許可している聞いたが真か?」
「滅相も無い。そんな事はしておりません」
(どうしてバレた。奴らには救世主が居なくなるまで暫く身を潜めて居ろと言ったはず)
「では、この魔法を受けた後でも同じ事が言えるか?」
そう言ってニグレドは僕にかけた魔法と同じものをレイブスにかけた。
「契約の神ミスラに願い奉る。この者の嘘を暴き給え」
魔法が掛けられた直後、ニグレドが改めてレイブスに聞いた。
「奴隷商人に許可を与えたというのは本当か?」
レイブスは顔を蒼白にして、口をパクパクさせていた。
「どうした?『はい』か『いいえ』と言うだけだぞ?何も難しい事は無い」
ニグレドは既にレイブスが黒だと確信していた。
(どうする。どうすれば、この窮地を切り抜けられる。嘘をつかずに嘘を言わねば……)
レイブスは、追いつめられながらも考えていた。そして……。
「奴隷商人に許可は与えておりません」
(奴隷商人にすぐに商売を始めても良いという許可は与えておりません)
レイブスは心の声と口に出す言葉を変える事によって嘘を嘘でなくして答えた。
「ふむ、嘘は言っていないようだな」
(やった。切り抜けたぞ!次は貴様が疑われる番だ!救世主)
レイブスは心の中で勝ち誇っていた。
「では、奴隷商人たちをここへ」
ニグレドの要請で僕が捕まえた奴隷商人たちが縄で手を縛られた状態で兵士に囲まれて玉座の間に入って来た。それを見てレイブスは小刻みに震えていた。
(馬鹿な馬鹿な馬鹿な、なんで捕まっている!)
「この者達に見覚えは?」
ニグレドが問いただすとレイブスは観念したように返事をした。
「知っております」
「では、もう一度問おう。奴隷商売を許可したのか?」
「はい」
「なぜ、余の命令に背いた」
「金の為でございます」
「十分な報酬を支払っていると思っていたが、領主としての賃金が足りなかったのか?」
「いいえ、私が強欲でございました」
「何に金をつぎ込んだ?」
「女でございます」
「どんな女だ?」
「とても美しい女です」
「娼婦なのか?」
「違います」
「では、なんだ?」
「商人です。彼女に気に入られるために貢ぎました」
「そうか、馬鹿な事をしたものだな……」
僕は正直、レイブスを侮っていた。ニグレドの追求で全てを吐くと思っていたが、エンリの存在を完全に隠し通したのだ。
心の声が見える僕はレイブスとエンリの関係を完全に把握した。エンリは不老不死を餌にレイブスから金を巻き上げていたようだ。不老不死になる方法を僕はセバスの心を読んで知っている。
そして、エンリは嘘をついていない。本当に不老不死になる方法が存在し、それを実践したのがエンリたち『大罪戦士』なのだ。オールエンド王国は本気でこの大陸を征服するつもりのようだ。シュワルツェンド皇国とフーリー法国の領主を買収し弱体化を謀っている。
他の領主も同じように買収を受けているかもしれない。一度、皇帝陛下か皇妃様に報告しに行こうと思った。
僕が色々考えている間に、事態は進んでいた。
「追って沙汰は伝える。連れていけ」
ニグレドがレイブスにそう言うと、レイブスは手を紐で縛られて謁見の間から退場していった。
「さて、シュワルツよ。礼を言う。褒美を与えたいが何か欲しいものはあるか?」
ニグレドに聞かれて欲しいものが無いか考えてみたが、何もなかった。金は腐るほど手に入る予定だし、食い物にも装備にも困っていない。だから、別のものを要求した。
「では、レイブスと同じように聖王様の言いつけを守らない不届き者が居るかもしれません。そういう者たちを取り締まって頂きたい」
「言われずともそうするつもりだが、何故君がそれを願う?」
「僕の大切な友人が奴隷商人に誘拐されたからです。今回は無傷で奪還できました。ですが、誘拐されたことで友人は心に傷を負いました。それが許せません。二度とこのような事が起きないように聖王様にしっかりして欲しいのです」
実際にベルタは面には出さないが、心の中では恐怖を感じていた。今は隣にアンネが居るから取り乱さずに済んでいるし、拒食症も発症していない。だが、ベルタは心の中でこう叫んでいた「一人にしないで」と……。
「なるほど、君は優しいのだな。分かった聖王の名にかけて誓おう。国内の領主を一斉に調査すると」
「ありがとうございます」
「さて、心優しきシュワルツよ。余から一つお願いがあるのだが、聞いてはくれまいか?」
僕はニグレドの願いを聞く義務も義理も無いが、一応聞くだけ聞いてみようと思った。
「僕にできる事であればお受けいたします」
「なに、ミスリルクラスの冒険者なら容易い事だ。余の息子ライトに敗北を教えてやってくれ」
ライトというとアンネの婚約者だったな、どんな奴か見ておくか。
「畏まりました」
「おお、やってくれるか、ありがたい」
「ですが、何故僕なんですか?陛下なら御子息にも勝てるでしょうに?」
「確かに、余は勝てる。だが、息子は余を尊敬するあまり勝てなくて当然だと考えておるから、余が勝っても自分が弱いとは考えない。しかし、余の息子は強い。他の者では歯が立たんのだ。それゆえに増長してしまってな。どうか、上には上が居るという事を教えてやって欲しい」
「分かりました。それで、いつ、どこに行けばよろしいのですか?」
「いま、案内させる。ちょうど訓練を行っている時間だ」
「分かりました」
僕は案内されて城内の訓練場にやって来た。訓練場は100メートル四方の芝生に覆われた中庭だった。そこで、皮の防具に身を包んだ兵士たちが木剣を打ち合って訓練を行っていた。その中に金髪碧眼の美少年が居た。それがライト・フォン・フーリー、この国の王子でありアンネの婚約者だった。
年齢は9歳と僕と同い年でレベルは35だった。周りの兵士たちはレベル20台なので、ニグレドの言った通り強かった。並みの冒険者は歯が立たない。
ライトは若い金色の獅子の様な印象そのままに、荒々しい剣技で兵士と打ち合っていた。木剣と木の盾を巧みに操り兵士を追いつめていく。そして、そのまま兵士の木剣を跳ね飛ばした。
「参りました」
兵士はそう言って両手を上げたが、ライトは嗜虐的な笑みを浮かべて、兵士に木剣を打ち込んでいた。
「まだ盾があるだろう!降参するにはまだ早い!」
そう言って笑いながら兵士を打ち据えていた。周りの兵士は見てみぬフリをしていた。僕は何故、ニグレドが僕にお願いしたのか理解した。魔法『黒の剣鎖』を使ってライトの木剣に巻き付けてライトの動きを止める。
「誰だ!この俺がライトと知って止めたのか?」
完全に他人を見下し、暴力と権力に酔いしれている阿呆が居た。なので、そのどちらも無意味だと教えて差し上げる。
「ライトって言うのが誰だかは知らない。でも、君は僕よりも弱い事を知っている」
これは事実だった。ライトのレベルは35で、僕のレベルは80だった。
「おい!何をしている不審者が侵入しているぞ!追い出せ!」
「不審者じゃないよ。君のお父様からの依頼で、君に敗北を教えに来たんだ」
僕は笑顔で答える。
「なんだと?本当か?」
ライトは僕を案内してきた兵士に聞いた。
「はい、聖王様からの命令でシュワルツ殿をご案内いたしました」
「なるほど、分かった。シュワルツとやらそこに直れ、お仕置きしてやる」
「良いですよ。やれるものならやってみてください」
僕は言われた通りにその場に正座した。ライトは嗜虐的な笑みを浮かべて木剣を振り上げて僕に突進してきた。僕は魔法『黒の剣鎖』でライトの四肢を絡めとり自由を奪った。
「この!離せ!卑怯だぞ!」
「魔法の一つも使えないんですね。使えないだけならまだしも対策も出来ないなんて雑魚ですね」
「クソ!魔法を使わなければお前なんか敵じゃない!」
「なるほど、では剣でお相手しますよ」
そう言って僕は立ち上がり、訓練場に置いてある傘立ての様な筒に放り込まれている木剣の一つを手に取って黒の剣鎖を解除した。ライトは地面に着地するなり、勢いよく僕に向かって来た。
僕は自然体のままで、ライトを間合いに迎え入れた。ライトは大上段からの連撃を放った。僕は体捌きだけで連撃を避けた。ライトは僕が回避できないように盾を構えて体当たりをしてきた。
僕はスキル『殲滅の闘法』の技『鋼気功』体を強化し、ライトの盾に右肩で体当たりをした。ライトは吹っ飛び木の盾は真っ二つに割れた。僕はすかさず間合いを詰めて、転んでいるライトの木の剣を跳ね飛ばした。そして、木剣を突きつけて宣言する。
「君の負けだね~」
「ふざけるな!俺が負けるはずがない!もう一度だ!」
ライトは木剣と木の盾を取ってきて僕に挑んで来た。
「良いよ。でも、夕方までに勝てなかったら僕は帰るからね」
「ふん!そんなに長くかからない次は勝つ!」




