奴隷商人は2度捕まる
まだ、戦いが始まっていないようだったので、犬の姿に戻り、魔法『空間転移』で誘拐犯と奴隷商人が一望できる近所の建物の上に移動した。誘拐犯10人と奴隷商人10人は、港の空き地で対峙していた。
「おう、神金貨は持って来たのか?」
誘拐犯の一人が神金貨を見せる。その男は身長2メートル黒い武道着を着た筋肉質の男だった。
「なんだ、おめぇ、見た事ないやつだな、覆面を取れ」
奴隷商人のリーダーと思われる男が身長2メートルの男に言った。言われた方は素直に従って覆面を取った。そう、それは奴だった。キョウレツインパクトだった。奴は覆面を取った後で、神金貨を手のひらに移動させて握りこぶしを作った。そして、腰を低く落とし戦う構えを取り、キメゼリフを言った。
「俺の名前は、キョウ・レツ・インパクト。俺より強い男を探す旅をしている」
「はぁ?」
奴隷商人が、そう言った瞬間、奴は一瞬んで間合いを詰めて奴隷商人のリーダーのみぞおちに掌底を撃ち込んだ。奴隷商人のリーダーは吹っ飛んで、積み上げてある木箱に突っ込んで爆発した。なぜ爆発が起こったのかは分からなかった。奴は続けざまに、近くに居た奴隷商人の懐に入り叫んだ。
「ライジングブルードラゴンボルケーノ」
奴は屈んだ状態から青い闘気に包まれて飛び上がりアッパーカットを放った。格闘ゲームでよく見る飛び上がるあれだ。攻撃を受けた奴隷商人は上空に勢いよく吹っ飛んで行った。奴はいつの間にか新しい技を習得していた様だ。
次に奴は3メートル跳躍した状態で叫んだ。
「ディセントレッドスパローシューティングスター」
赤い闘気に包まれて、奴は降下しつつ飛び蹴りを放った。攻撃を受けた奴隷商人は何故か地面に激突しバスケットボールの様に真上にバウンドした。
「クラッシュブラックタートルアースクエイク」
奴がそう叫ぶと、黒い闘気に包まれて別の奴隷商人に背中から体当たりをかました。すると、奴隷商人は周囲の奴隷商人4人を巻き込んで物理法則を無視して何故か真上に吹っ飛んで行った。
「ダブルストライクホワイトタイガータイダルウェーブ」
奴がそう叫ぶと、白い闘気に包まれて左右の手で突きを放ち残りの2人が物理法則を無視して真上に吹っ飛んだ。最初の奴隷商人のリーダーを除いて、全ての奴隷商人が上空を舞っていた。
そして、それらは一か所に集められて地面に落ちてくるが、ここで奴は地面に落ちる前に素早い足払いを放った。すると奴隷商人たちは、何故か空中で一時動きが停止して少し上に跳ねた。奴はそのまま足払いを続けていった。すると、奴隷商人たちはカクカクと動きながら、いつの間にか出現した画面端に少しづつ追いやれていく。そしていつの間にか表示されているライフバーが削られていった。
まるで、某格闘ゲームの様な動きだなと思っていると、奴隷商人たちが空高く舞い上がった。奴は、奴隷商人を追いかけて空中で足払いを続けた。すると、奴隷商人たちは地面に落下し、何故かバスケットボールの様に跳ね返って上空の奴の所へ帰っていく。そして、蹴られて地面に落ちて跳ね返る。まるでバスケットボールのドリブルの様な動きだった。
そんな光景が暫く続いた後で奴隷商人たちのライフバーが無くなり何故か空中に「KO」の文字が表示され、奴隷商人たちは地面に突っ伏し、奴は背中を向けて腕を組んで黄昏ていた。
「You.Win.Perfect」
どこからともなく声が聞こえた。奴が何をしたのか分からないが、奴が戦い始めると世界の法則が捻じ曲がるらしい。
「ここにも俺の敵は居なかったか……」
キョウレツインパクトは何故かカッコいいセリフを吐いていた。
「おお、すげぇもんみたぜ」「なんだあれ?なんで人間が地面に激突して跳ね上がるんだ?」「理屈は分からねぇが強いのだけは分かる」
誘拐犯たちも不思議に思いながらも奴の強さを讃えていた。そこへ人間の姿に戻ってから、僕は状況を知らせる為に移動した。
「子供たちは、家に帰したよ」
「ああ、ありがとうございます。救世主様」「これで、安心して暮らせます」「本当にありがとうございます」
口々に礼を言って、誘拐犯たちは家族の元に帰っていった。
「なあ、キョウレツインパクト、奴隷商人たちは生きているのか?」
「生きてますよ。シュワルツの兄貴が出来るだけ生け捕りにしろと言ったんで、手加減したんでさぁ」
「いや、人間が空高く舞うほどの打撃を受けたら普通は死ぬと思うんだが?」
「ああ、それはあっしの技の効果です」
「どういう技なんだ?」
「ライフキープフォーセイントファイティングダンスって技で、相手は気絶するっていう効果っす」
「元々の技名で言ってくれ」
奴の事だから、本当の技名を改変しているに違いない。
「元々は、有情活人四聖陣というダサい名前の技っす」
「なるほど、分かった」
所々叫んで出していた技の本当の名前も分かった。青龍、朱雀、玄武、白虎なのだろう。それにしても、聖獣の技はどうやって法則を捻じ曲げているのだろうか?魔法は魔力によって世界の法則を捻じ曲げている。聖獣は何をもって世界の法則を捻じ曲げているのか気になった。ちなみに、魔力ではないのは確かだった。奴のステータスを見てみたが魔力は一切減っていなかった。
「さて、キョウレツインパクト。後始末するか」
「合点承知!」
キョウレツインパクトと二人で奴隷商人を縄で縛り、デニスさんの船に魔法『空間転移』で移動した。
「それで、こいつらはどうします?」
デニスさんに僕が奴隷商人たちをどうするか聞いた。
「犯罪者は領主に引き渡すのがルールです」
「なるほど、では奴隷船に居た奴らも連れてきますね。
奴隷船に戻ると、そこには奴隷たちが残っていた。
「あれ?帰らないの?」
僕の質問に奴隷の青年が答えた。
「帰るところが無いんです」
「え?なんで?」
「故郷は焼き払われました。父も母も殺されて、どうやってここに連れてこられたのかも分かりません」
奴隷商人はかなりひどい事をしていたようだ。
「分かった。僕が良い所に連れてくよ」
「本当ですか?」
「ああ、とてもいい領主で、そこに行けば仕事を貰えて住むところも与えられると思う」
僕は、奴隷たちをアイスに押し付ける事にした。
「ありがとうございます」
「それと、これは当面の生活費に使って」
僕は彼らに、一人当たり金貨10枚を上げた。百人ほどいたので全員で千枚になった。
「こんな大金、良いんですか?」
「良いんだ。好きに使ってよ」
「ありがとうございます」
魔法『空間転移』で奴隷たちをルークスの街に送り届けて、殺した奴隷商人の見張りを生き返らせて、デニスさんの元に戻った。
「これで、全員ですね」
「では、領主様に引き渡しましょう」
デニスさんと僕は奴隷商人を連れて、この町の領主の館に向かった。門番に事情を説明すると、謁見の間にすんなりと通された。玉座には領主が座り、両脇に領主の部下が並んでいた。
「奴隷商人を捕まえたそうだな」
領主は偉そうに言った。
「はい、娘を誘拐した者たちを問い詰めたら、奴隷商人に脅されてやったと白状しましたので、取引に応じる振りをして全員捕まえました」
デニスさんが答えた。
「そうか、それはご苦労だった。後の事は任せなさい。下がってよいぞ」
「ははっ」
こうして、僕とデニスさんは領主の館を後にしたのだが、領主の心を読んだ僕は、どうするべきか悩んでいた。奴隷商人は領主の命令で動いていたのだ。しかも、自国の領内で子供を誘拐する事も許可していた。
どうやら、不老不死になる為に金を集めているらしい。そういえば、ルークスの元領主もそんな事を考えていた。何か繋がりがあるのかもしれない。ただ、これらの情報をデニスさんに話すと何で分かったのか説明しなければならず。心を読めるとは言えないので、偶然を装って、奴隷商人を再逮捕する事にした。
翌日、アンネとベルタは最後の講演に向かった。護衛はクラウスさんたちとキョウレツインパクトに任せた。僕は、不審者が居ないか町をパトロールすると宣言し、奴隷商人の元に向かった。
奴隷商人の居場所はスキル『千里眼』で把握済みなので、迷うことなく奴隷商人と再会した。
「こんにちは」
僕はにこやかに挨拶をした。
「げぇ!救世主!」
奴隷商人は驚きの表情で答えた。
「何をしてるのかな?」
「何をって、無罪放免となったから商売をするんだよ」
「商売って?」
「そりゃあ、奴隷の売買だ」
「違法じゃないの?」
「この領地では違法じゃないんだよ」
「誘拐も?」
「そうだ。俺たちは領主から許可を貰って商売してるんだ」
「なるほどね」
僕の言葉で奴隷商人は安心したようだった。僕は魔法『黒の剣鎖』を発動した。そして、奴隷商人全員を捕縛した。
「何をする!俺たちは無罪だって言っただろ?」
「それって、国王陛下は知っているのかな?」
「もちろん、領主様が許可を貰っている」
(知ってる訳ないだろ、奴隷商売は聖王ニグレドの命で禁止されてんだから)
奴隷商人の心の声で僕は勝利を確信した。
「そうか、じゃあ確認するために一緒に国王陛下の元へ行こう」
「はぁ、一般人が国王様に謁見できるわけねぇだろ!」
「それは、どうかな?」
僕には勝算が無かった。だが、奴隷商売を禁止して聖王と呼ばれているぐらいだ。領主が命令に従っていないと聞けば話位は聞くと思った。僕は魔法『空間転移』でデニスさんの船に戻った。
船ではデニスさんが積み荷を降ろしたり積んだりしていた。
「デニスさん。相談があるんですが、大丈夫ですか?」
「ええ、どうしたんです救世主様」
「昨日の奴隷商人ですが、裏で領主と繋がっていたのか釈放されていたので再度捕らえました」
「ええ!本当ですか?」
「この通り」
僕は黒の剣鎖で捕縛した奴隷商人たちを見せた。
「ふ~む、フーリー法国では奴隷商売は禁止されているはずなのに……」
デニスさんは不思議そうにしていた。
「なので、これから国王様に直訴しに行きたいので、道を教えてください」
「構いませんが、王都までは7日程かかりますよ?私どもは明日には出港する予定だったのですが……」
「大丈夫ですよ。今日中に行って帰ってきます」
「お一人で行かれるのですか?」
「そのつもりです。アンネたちには内緒にしておいてください。要らない心配はかけたくないし、彼女たちには楽しい思い出だけ残したいので……」
「そうですか、分かりました。王都パルストはここから南西に行けば見つかります。城が大きいのですぐに分かると思いますよ」
「分かりました。では、夕方には戻ります」
「ええ、お気をつけて」
こうして、僕はフーリー法国の王都パルストに一人で向かった。奴隷商人たちは黒の剣鎖で縛り、犬の姿に戻り翼を広げた。奴隷商人たちは無知なので僕が黒の殲滅者だとは思わなかった。救世主が犬に変身したと思っていた。
そして、僕は空を飛んで王都パルストに向かった。ただし、ストーカーを倒した後で、LVが80になっていた。その時に得たスキル『超高速飛行』のお陰で音速を超えて飛行していた。もちろん、奴隷商人を無防備にしていたらバラバラになってしまうので魔法『結界』で守って移動した。
それほど時間もかからずに王都に着いた。奴隷操人たちは、なぜか全員気絶していた。静かなのでそのまま放置して黒の剣鎖で縛ったまま移動する。人間の姿に戻り、王都の門番に黒の剣鎖で捕縛した奴隷商人を見せて話しかける。
「港町アブールで奴隷商人を見つけたので領主様に突き出したのですが、何故か翌日には解放されていて、奴隷商人たちに話を聞くと領主公認で奴隷商売しているって聞いたのですが、聖王ニグレド様はこの事をご存じなのでしょうか?」
「君は何者だね?」
「僕はシュワルツ。冒険者をしております。階級はミスリルで黒の魔法使いと呼ばれています」
救世主と自分では名乗れなかったので、冒険者としての肩書を名乗った。
「冒険者の証を見せてくれ」
門番は僕を疑っていた。
「どうぞ」
僕が真銀製の冒険者の証を渡すと、門番は驚きの表情を浮かべた。
「すみません。すぐに確認してきますので、こちらで少しお待ち頂けますか?」
冒険者の証を見せたとたん態度が一変した。やはりミスリルの冒険者の証は一定の身分証明になるらしい。
「分かりました」
僕は、門番に示された場所、門の外に設置されている椅子に座って待つことにした。一応日よけ用のテントが張っていあるので、それなりに涼しかった。椅子に座っていると、すぐに門番が戻って来た。
「お待たせしてすみません。聖王様が直々に話を聞くそうです。どうぞこちらへ」
「分かりました」
どうやら聖王は名君らしい。ちゃんと聞く耳を持っている。




