誘拐犯と奴隷商人
「この人たちは、奴隷商人に子供を誘拐されて脅されて私を誘拐したの!分かった?」
ベルタは僕をビンタした後でまくし立てるように言ってきた。どうやら、洗脳とかストックホルム症候群とか、そんなものでは無かったようだ。ベルタは正気だった。ただし、本気で誘拐犯に同情し奴隷商人の行いに怒っていた。
「分かった。分かったから落ち着いて」
僕はベルタをなだめようとした。
「じゃあ、その黒い鎖を消して!」
ベルタの怒りはMAXのままだった。
「はい」
僕は魔法『黒の剣鎖』を解除した。
「その人たちの怪我を直して!」
ベルタの怒りは、まだMAXのままだった。
「はい」
僕は魔法『回復』を発動し、誘拐犯たちの足の怪我を治した。
「良いわ。次はお父様に身代金を用意するように伝えて戻って来て」
ベルタの怒りは少しだけ収まった。
「はい」
ここまでのやり取りの間、僕とベルタを見ていた誘拐犯の心を読んでみた。結果、嘘はついていない、本当に子供たちを人質に取られベルタを誘拐した事が分かった。だから、ベルタの指示に従って行動した。
だが、ベルタの指示に従う僕を見て、誘拐犯たちは心の中でこう思っていた。
(ベルタ様、すげー、あごで救世主様を使っている)
(というか最初のビンタ凄かったな~。救世主様をあんな風にビンタなんか出来ない)
どうやら僕は幼女にこき使われているように見られていた。まあ、仕方ないベルタの圧に屈していう事を聞いてしまった。ベルタと結婚するものはきっと尻に敷かれるに違いない。
僕はベルタの指示に従ってデニスさんの元に戻った。
「救世主様!ベルタは?」
デニスさんは心底心配そうな顔をして聞いてきた。
「無事ですよ。怪我もしてませんでした。丁重に扱われていたようです」
「それで、ベルタは?」
「それが、誘拐犯たちも子供を誘拐されて仕方なくベルタを誘拐したみたいなんです。ベルタはその子供たちも助けたいと思っているみたいで、デニスさんに身代金を用意するようにと言っていました」
「身代金を用意するのは構いませんが果たして誘拐された子供たちは無事に帰ってくるのでしょうか?」
デニスさんはベルタが誘拐された時、すでに殺されているか、生きていても犯人の顔を見ていたら、身代金だけ受け取って殺される可能性も考えていた。だから、他の子供たちが無事だとは考えていなかった。
「分かりません。ですが、僕は最善を尽くします」
「分かりました。私は身代金を用意して、待ち合わせ場所に向かいます」
「よろしくお願いしますね」
「シュワちゃん。私からもお願い。こんなことをする悪人を野放しにしないで」
アンネは怒っていた。アンネも誘拐された事があった。その時の恐怖と怒り、セバスとマリーの献身、そして僕がアンネを助けた事を思い出していた。
「分かった。しかるべく処理する」
僕の言葉を聞いて、アンネは安心した。
「お願いね」
僕はベルタの元に戻った。すると、ベルタはまた椅子に拘束されていた。目隠しと猿ぐつわもセットだった。
「なんで、また拘束されてるの?」
誘拐犯の一人にたずねた。
「奴隷商人の仲間が様子を見に来るのでベルタ様と協力している事がバレないように拘束させて頂いています」
「奴隷商人の仲間はどれぐらいの頻度で来るの?」
「だいたい1時間に1回です」
「分かった。ここに僕が居るのもバレると不味いよね?だから、変装するよ」
そう言って僕は犬の姿に戻った。
「救世主様は伝承の通り何でも出来るんですね」
誘拐犯は犬の姿を見て感動していた。犬の姿だと人間の言葉を話せないので、ここからは念話で話した。
「まあね。それで、この後はどうするつもりだったの?」
「ここから先はベルタ様から、説明を聞いてください。私たちの事情を聞いてベルタ様が私どもの子供たちを助ける作戦をたててくれました」
どうやら、その作戦が現実的で成功率も高そうだったからベルタに協力することにしたらしい。ベルタの猿ぐつわが外された。目隠しと体の拘束はそのままだった。
「救世主様、まずはお父様から身代金である神金貨1枚を受け取って、私を開放します。その後、神金貨1枚とこの人たちの子供の交換が行われる手筈ですが、奴隷商人は先に神金貨を渡す様に言って来ています。これは、子供たちを返す気が無いことを意味しています。ここまでは分かりますか?」
ベルタが言っていた子供たちを返す気が無いという根拠は分かった。本当に返す気があるのなら神金貨と引き換えなのだ。先に渡せと言った時点で子供たちを返す気が無いのだろう。もっと言えば殺されている可能性もあるが、奴隷商人が商品を処分する事は考えられない。奴隷も神金貨も手に入れるつもりだろう。ちなみに神金貨は日本円に換算すると1億円の価値がある。
「ベルタの言っている事は分かるよ」
「では、神金貨と私の交換が終わった後で、救世主様には奴隷商人のアジトを襲撃して子供たちを救出して欲しい」
なぜ、神金貨とベルタの交換後かというと、その後で誘拐犯から奴隷商人が神金貨を受け取る為に待ち合わせ場所に向かうからだ。この時、アジトにいる奴隷商人の人数が減る。人数が減れば、子供を無傷で救出できる可能性が高くなるからだ。
「良いよ。それで、神金貨を受け取りにくるやつはどうするの?」
ベルタはあえて言わなかったが、神金貨を受け取りに来る奴らは誘拐犯たちを口封じの為に殺しに来るのだ。それを防ぐ必要があった。
「それはキョウ様が倒してくださるのが一番です」
「クラウスたちの役目じゃないの?」
「いいえ、クラウスたちは武装しています。武器を持った人間が居れば奴らは逃げ出すでしょうから、肉体自体が武器の無手の覇者ことキョウ様の出番です」
「なるほどね。というか、やつもそれなりに有名になってるけど大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。救世主様も私が説明するまで、この人たちは知りませんでしたから」
「そうなんだ」
「救世主様に関しては黒髪の美少年でとても強い魔法使いだという情報だけですからね。この町で魔物退治もしてませんし、正体を知る者は居ないのです。キョウ様に関しても同じです。無手で長身の強い漢が居るとだけ伝わっています」
「なるほどね。なら、気付かれていない今がチャンスか」
「そういう事です」
ベルタは自信満々に言ってきた。
「分かった。ベルタの作戦でいくよ」
「救世主様なら快諾してくれると思っていました」
ベルタは目隠しをしていたが、ようやく笑ってくれた。怒りゲージはようやく無くなったようだ。
『救世主様、ベルタ様、子供たちをお願いいたします』
誘拐犯たちは、僕とベルタの話がまとまったと同時に全員が頭をさげてきた。
「分かった。任せて、全員無事に助けるから」
『ありがとうございます』
僕は一旦、デニスさんの元に戻り人間の姿でベルタの作戦を説明した。
「なるほど、我が娘ながら見事な采配、これは将来楽しみだ」
ベルタの無事が確保されたので、デニスさんはいつもの調子に戻っていた。神金貨1枚が必要だと伝えた時、デニスさんは驚かなかった。それどころか、小銭でも用意するかの如くあっさりと了承した。その理由は心を読んで分かった。デニスさんは僕の予想を超える金持ちだった。
「それで奴隷商人のアジトの場所は分かっているんですか?」
「ああ、すでに特定して来たよ」
奴隷商人の居場所は魔法『検索』で誘拐犯の子供の位置を探す事で簡単に判明した。後は、神金貨を奴隷商人が受け取りに行ったタイミングで僕が手薄になったアジトに突入し子供たちを安全に救出し、誘拐犯を口封じの為に殺しに行った奴隷商人たちをキョウレツインパクトが倒すだけだった。
「キョウレツインパクト。奴隷商人は出来るだけ生かして捕獲してくれ、でも味方がピンチになりそうなら殺しても良いからな」
「合点承知!」
今日もキョウレツインパクトは元気に返事をした。
「私も手伝う」
アンネがそう言ってきた。だが、僕は反対だった。アンネを危険な場所に送り込みたく無かった。過保護かもしれない。でも、僕の手の届くところ以外で戦って欲しくなかった。だから、もっともらしい理由を述べる。
「アンネはダメだよ。だって、ベルタの仲間だってバレているからね」
「なんで?」
「ベルタと一緒に歌っていただろう?」
「それなら、キョウちゃんだって……」
「キョウは脇に立っていただけだし、あの公園でアンネとベルタ以外の人間の顔を覚えてるやつなんて居ないと思う」
それほど、アンネとベルタの歌は素晴らしかった。
「分かった。キョウちゃん。みんなを守ってね」
「合点承知!」
アンネのお願いをキョウレツインパクトは胸の前で左の手のひらに右の拳を打ちつけて応えた。その佇まいは一流の武道家の様だった。
僕は作戦を伝え終えたので犬の姿に戻ってキョウレツインパクトと一緒にベルタの元に戻った。
「という訳で、デニスさんも了承してくれたよ」
「さすがお父様ですね。後は身代金を受け取って、奴隷商人を一網打尽にしましょう」
「子供たちは任せておいて、無傷で取り返して見せるから」
「お任せしますわ。キョウ様はこの方たちを守ってくださいね」
「合点承知!」
キョウレツインパクトの返事を聞いて誘拐犯たちは安心したようだった。黙っていれば男前の黒髪長髪長身筋肉質の漢が言うのだ。何となく勝った気になるのは理解できる。ただ、頭が弱いのを知らなければの話だが……。
ベルタを連れてデニスさんとの待ち合わせ場所に誘拐犯と一緒に移動した。ベルタは体の拘束と猿ぐつわは外されているが、目隠しはそのままだった。デニスさんは誘拐犯からの要望通り一人で来ていた。誘拐犯たちは全員が覆面をしていた。キョウレツインパクトも覆面をしていた。
「娘は無事か?」
デニスさんは娘を誘拐され心底心配している父親を熱演していたが、目の前に五体満足のベルタが居るのにそのセリフはどうなのかと思ってしまう。まあ、娘を誘拐され冷静な判断が出来ない状態だとも見れなくも無いからセーフだろう。
「大丈夫です。お父様!」
ベルタは、誘拐された娘らしく必死に父親に無事をアピールしていたが、心の中では「見たらわかる事を聞かないで」と思っていた。
「身代金は用意できたのか?」
誘拐犯のリーダーがデニスに聞いた。
「この通りだ。娘を返してくれ」
デニスさんが神金貨を懐から取り出して、誘拐犯のリーダーに見せる。
「じゃあ、同時に交換だ。おかしな真似をしたら娘の命は保証しない」
「分かっている」
デニスさんは誘拐犯のリーダの所に向かった。ベルタは誘拐犯のリーダーの隣にいる。
「さあ、受け取れ」
デニスさんが神金貨を差し出すと、リーダーが受け取り、ベルタをデニスさんに渡した。
「追ってきたら殺す」
そう言い残して、誘拐犯たちは、その場を去った。僕とキョウレツインパクトも一緒にその場を後にした。
アジトに戻ると、奴隷商人に取引が上手く行った事を伝えて、神金貨を渡す場所にキョウレツインパクトと誘拐犯たちは移動した。僕は、少し時間を空けて奴隷商人のアジトに魔法『空間転移』で移動した。
奴隷商人のアジトは船だった。キャラック船と呼ばれる商船の積み荷部分に奴隷たちが鎖に繋がれた状態で座らされていた。その中に誘拐犯たちの子供もいた。奴隷商人の見張りは4人だけだった。
船の外に2人、船の中に2人だった。僕は犬の姿で船内に転移し、魔法『黒の剣鎖』で即死させた。理由は声をあげられて外の見張りに感づかれるのが嫌だったからだ。だが、これが裏目に出た。
「きゃ~~~~~~」「魔物だ!」「誰か助けて~~~~」
犬の姿で魔法を使って人間を殺せばそうなるよね。奴隷たちは鎖に繋がれて身動きが出来ない。パニックになり声はあげているが、怪我人は出ないだろう。僕は仕方なく魔法『空間転移』で船の外に移動し、外の見張りを黒の剣鎖で拘束した。
そして、人間の姿になり、再び船内に入った。奴隷商人の見張りを拘束し、人間の姿で扉から船内に入った時、奴隷たちは息を呑んで僕を見ていた。
「黒目黒髪の魔法使い……。もしかして、救世主黒の魔法使い様なのですか?」
奴隷の青年が僕に聞いてきた。なので、応える。
「巷では、そう呼ばれているみたいです」
やはり、自分から救世主だとは名乗れなかった。なぜか気恥ずかしい。
「やった!助かった!」「ああ、神様。ありがとうございます」「これで、お家に帰れる」
奴隷たちは歓喜の声をあげた。僕は見張りから奪った手かせと足かせの鍵を奴隷の一人に渡した。
全員が開放されたのを確認し、誘拐犯たちの子供の名前を呼ぶと全員無事だった。
「じゃあ、これから親の元に送っていくから集まって」
「はい」「分かりました」「お願いします」「ありがとうお兄ちゃん」
全員素直な子で良かった。僕は、誘拐犯から聞いていたそれぞれの家に魔法『空間転移』で送り届けた。
家には子供たちの母親が居て、子供を届けると泣いて喜んでいた。全員無事に送り届けた後でキョウレツインパクトの様子を千里眼で見る。さて、キョウレツインパクトの方は首尾よく行くのだろうか?
僕が覗いた時、丁度奴隷商人と対峙していた。誘拐犯たちはキョウレツインパクトも含めて覆面をしていた。奴隷商人たちは顔をさらして、その手に武器を持っていた。剣に槍に斧と武器はバラバラで防具は着ていなかった。全員が悪人顔をしていた。




