皇都での出来事3
眼前には一人で歩いてくる救世主。黒目黒髪短髪のクセッ毛、紅顔の美少年がゆっくりと歩いてきていた。武器は刀、服装は黒いローブ。その佇まいは剣聖そのものだった。
私の周りにはヨハン、ロバート、バルトルト、ベルタが居た。後方には1万の軍勢が居た。救世主はゆっくりと歩いてきていた。そして、声が届く距離まで来ると救世主は話しかけてきた。
「僕は皇帝陛下の代理でここに来ている。バロン・マルクス。降伏してくれないか?僕は君たちと戦いたくない。降伏を受け入れてくれるのなら、命は保証する」
救世主の言っている事を疑うわけではないが、提案を受け入れるわけにはいかなかった。すでに反乱を起こしたのだ。命は保証されるかもしれないが権利は全て奪われる。
「断る。そもそも国家を運営する大臣たちが不正を働いている。私はそれを是正するために反乱を起こしたのだ。皇帝陛下がそれを理解できぬというのであれば貴殿を倒して先に進むのみ」
「そうか、なら仕方ない。僕は全力で君たちを殺す」
「では、私たちも全力で貴殿を殺すことにしよう」
私の言葉を聞くとヨハンが救世主の元に駆け出した。それと同時にベルタが歌い出す。
「進め進め勇者たちよ。戦え戦え勇者たちよ。汝らは国家の剣、汝らは国家の盾、国家にあだなす敵を討て」
ベルタの歌で、ヨハンの身体能力の上がる。ヨハンは、刀を抜き大上段に構えた。救世主も同様に刀を抜き大上段に構えた。そして、二人は示し合せたように同じ技を放つ。それは、剣士にとっての挨拶だった。
『修羅一刀流、一の太刀、雷撃』
二つの雷が落ちた。ヨハンも救世主も無事だった。互いの武器も破壊されなかった。
「ずいぶん。強くなったようだね。ヨハン」
救世主は嬉しそうに笑った。
「救世主様と互角に戦えるなんて嬉しいです」
ヨハンも嬉しそうに言っていた。
「じゃあ、これにはどう応える?」
救世主は刀を正眼に構え、力を蓄えていた。
「無論、こうですよ」
ヨハンは嬉しそうに刀を正眼に構えた。
『修羅一刀流、終の太刀、修羅無限闘舞』
二人は、修羅一刀流の奥義を出した。知覚できない速度での斬撃の応酬の結果、二人は全くの互角だった。
これは夢だった。スキル『神算鬼謀』が見せる夢、知りえた情報から演算した未来予測だった。この予測は、知っている情報が正しければ確実に起こる未来の出来事だった。
最悪の結果だった。人類が倒せなかった赤の暴虐竜を単独で倒した救世主と戦う未来だ。負ければ反乱は失敗に終わる。そうならないために対策を練らればならない。救世主を倒す為の策を……。
皇都でやるべきことを終えたので、ルークスに戻る事にした。その旨を歩哨に伝えると、皇帝陛下から玉座の間に来るようにと伝言があった。ヨハンを従えて玉座の間に入ると、大臣たちと、セバスとマリー、それに『聖女の盾』が並んでいた。
皇帝陛下の前まで進み片膝をついて頭を垂れる。
「おもてを上げよ」
「御意」
皇帝陛下を見た。どんな用事で私を呼び出したのだろうか。
「バロン・マルクス。貴殿が領主になってからルークスの街がどうなっているのか、視察の為にアンネローゼを向かわせる事にした。護衛の『聖女の盾』と共にルークスの街まで一緒に移動してもらいたい」
「御意」
これは、叔母上の計らいだろう。アンネローゼ様居ない。だが、居る体で私に『聖女の盾』を預けたのだ。戦力として好きに使えという事だ。
玉座の間から退出するとリヒテンハイムが近寄って来て耳打ちした。
「首輪をつけられたな」
リヒテンハイムは気の毒にという様な顔をして、私に言ってきた。まあ、こいつは私を手下だと思っているから、そう思うのは無理もない。
「上手くやりますよ」
私が笑顔で返すと、リヒテンハイムは満足そうに笑った。
「頼もしいな、だが、困ったら私を頼ると良い」
そう言って立ち去った。困る事など何もないが、利用できる時には利用してやる。
こうして、皇都でやるべきことをこなし、ルークスの街に戻る事にした。皇都を出発する日、『聖女の盾』とセバスとマリーと合流した。セバスは執事の服、マリーはメイド服、『聖女の盾』のメンバーは黒い隊服を着ていた。鎧は荷馬車に積んでいた。
「ルークスの街までご同行願います」
そう言ってセバスは、手を差し伸べてきた。私は手を握り返した。
「ええ、よろしくお願いいたします」
こうして、皇都を後にした。私とヨハンは馬車に乗り、セバスとマリーも馬車に乗った。他のメンバーは馬に乗っての移動だった。
ルークスの街に向かう道中、草原で空から子豚が落ちてきた。なぜ空から豚が?と思っていると、その豚の背中には翼が着いていた。生えているのではなく着いていたのだ。まるでアクセサリーの様なその翼は淡く光に包まれていた。
豚が地面に落ちたと思ったが、落ちていなかった。地面から2cmほどの高さを飛んでいた。飛ぶと表現するには高さが地面すれすれだった。辛うじて浮いているといった方が正確かもしれない。
豚の体に対して翼は小さかった。翼は羽ばたくことなくアクセサリーのように背中に着いているので、魔法の力で浮いているのだろう。豚は四つん這いではなく翼に支えられて立っているような状態でこちらに向かって来ていた。
先頭のアーサーが警戒し、部隊を停止させた。私は馬車を降り、アーサーの元に駆け寄った。
「さて、珍妙な生き物が出てきたな」
私が話しかけるとアーサーは困った顔をした。
「全くですね。一見して魔物だと分かるのなら切り捨てれば良いのですが、あれは微妙ですね。聖獣の様な気もしますが、それにしてはオーラが無いというか……」
「そうだな、ここは私に任せてくれないか?」
「バロン・マルクス様、危険ではありませんか?」
「いや、危険はないと思う。あれが、なんなのか知らないが、あの小ささでは兎も殺せまい」
「まあ、そうですが……」
「任せておけ」
私が近づくと豚は私を見た。そして、可愛らしい声で私に話しかけてきた。
「なんでちゅか?」
どうやら言葉が通じるらしい。そうなると聖獣の可能性が高かった。仲良くしておいて損は無かった。
「きみは誰で何をしているのかな?」
私が問いかけると、豚はくるくると回り、嬉しそうに上下した。
「ウータンは、ウータンマルって言いましゅ、いまは地上のパトロール中でちゅ」
ウータンマルは、そう言うと偉いでしょというような顔をした。私は思わずウータンマルの頭を撫でていた。
「偉いね。ウータン」
信じがたい事だが、体が勝手に動き、口が勝手に動いていた。何を言っているのか分からないと思うが、私も分からない。
「ありがとうございまちゅ。でも、ウータンを撫でたら対価を支払ってくだたい。甘いお菓子でいいでちゅよ」
「ああ、ごめんね。ウータン。お菓子あげるから着いておいで」
私の体は私の制御下に無かった。つまり、これはウータンマルの能力なのだろう。何が目的なのか分からないまま洗脳されていた。アーサーの所まで戻ると、アーサーが話しかけてきた。
「あの、大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫だ。今からウータンマルにお菓子を上げないといけないから、少し待ってくれ」
「え?ああ、分かりました」
そんなやり取りをして自分の馬車に向かった。ウータンマルがアーサーと話を始めた。その声だけが聞こえる。
「やあ、初めまして、私はアーサー。君は?」
「ウータンは、ウータンマルっていいましゅ」
「あ、話せるんだね。凄いね~」
「えへへ、ウータンは神様に言われて地上を平和にするためのパトロール中でしゅ」
「何この生き物、可愛い~」「すっごく可愛い」「なでなでしたい」「なでなでしていい?」
聖女の盾のメンバーは早速、魅了されていた。
「え~とっ、ウータンを撫でて良いのは女の子と子供だけでちゅよ。おっさんは生理的に受け付けないので近づかないでくだたい」
ウータンマルは可愛い外見と裏腹に言動は辛辣だった。
「おっさんって何歳から?」
アーサーが質問をした。
「25歳以上はおっさんでちゅ。あと、25歳未満でも小汚い男はおっさんでちゅ」
「ああ、よかった。じゃあ、私はギリギリ合格かな?」
「合格でちゅけど、男は対価を払ってくだたい」
「対価?」
「甘いお菓子を希望しましゅ」
「分かった。これで良いかな?」
そんな会話を聞きつつ、私は馬車に戻り、皇都で買った土産のお菓子を一つ持ち出した。
「アイス様?何があったんですか?」
「ああ、ウータンマルにお菓子をあげようと思ってな」
言いたい事とは真逆の言葉が出てくる。本当は、出るな危険だと言いたかったが、体が全くいう事をきかなかった。
「ウータンマル?」
「外に出れば分かる。アーサーたちも今、ウータンマルと遊んでいる」
「そうなんですか?私も行った方が良いですかね?」
ヨハンが危機感無く聞いてきた。
「行くなら、お菓子を持っていった方が良いぞ」
「分かりました」
こうして、ヨハンもお菓子を持ってウータンマルの場所へ向かった。
「これは、何事ですかな?」
セバス殿が騒ぎを見て、私に聞いてきた。
「みんな、ウータンマルと遊んでいるんですよ」
「ウータンマル?」
「セバス殿も一緒にいかがですか?可愛いですよ」
「ふむ、可愛いですか……。では、お菓子を持って行きますかな」
警戒を促したくても言葉が出ない。このままでは全員がウータンマルに魅了されてしまう。セバス殿が馬車に戻るとマリー殿も出てきてしまっている。
ウータンマルはネヴィアに抱きかかえられて、ナデナデされている。ウータンマルはご満悦のようだ。ネヴィアを始め、全ての隊員がウータンマルに夢中だった。ウータンマルは差し出されるお菓子を頬張り、ナデナデされている。
「お菓子、ありがとうございまちゅ。おいしいでちゅ」
お菓子を貰うとちゃんとお礼をしていた。私は背筋が凍るような思いをしていた。こんなにも簡単に精神支配を受けるとは思っていなかったのだ。このままでは私もウータンマルにお菓子を差し出して、お礼を言われてしまう。だが、どうやっても私は体の自由を取り戻せなかった。
ウータンマルは男からはお菓子を貰っていたが、女性がお菓子を差し出すとこういった。
「女性と子供は対価は支払わなくていいでちゅよ。ウータンは紳士でちゅから、女性と子供には優しいんでちゅ」
「可愛い」「紳士なのね」「ウータン可愛い~」
女性の隊員はウータンマルの可愛い発言にメロメロだった。
「ウータンマル。対価を持って来たよ」
自分でも驚くほど優しくウータンマルに話しかけてお菓子を差し出していた。
「ありがとうでちゅ、いただきましゅ」
ウータンマルはそう言って、私の差し出した棒状のお菓子をポリポリと食べた。その可愛らしい姿に、私は精神がおかしくなりそうだった。
「お礼に、お兄さんの心に巣くっている。怒りの感情を浄化してあげまちゅね」
やめろと叫ぶが声が出ない。次の瞬間ウータンマルから温かい光があふれ出し私を包み込む。そして、目の前に死んだはずの母と父が居た。
「レオン。もう復讐はやめても良いのよ。私はあの世でレオンハルト様と再会して、幸せに暮らしています。あなたはあなたの幸せの為に生きて良いの」
母が幸せそうにそう言った。
「レオン。私は復讐も汚名の返上も望まない。ただ、君に幸せになって欲しい」
父が、生前に言いそうな言葉を私に投げかけてきた。こんな幻覚で私の復讐の炎は消えたりはしない。父の死を母の死を知った時の絶望と後悔と怒りが蘇ってきた。そして、大臣たちの顔とまだ見ぬ神王ネロの姿、さらに叔母上の感情を失った顔とアンネローゼ様の姿が見えた時、ウータンマルの幻術を破る事が出来た。
体の感覚が戻り、視界にウータンマルが映る。
「ウータンの力では浄化出来なかったみたいでしゅね」
ウータンマルは困ったような顔をしていた。
「なぜ、君は私の怒りの感情を浄化しようとしたんだい?」
私はウータンマルの目的を知りたかった。それによっては、この可愛い生物を殺さなければならなかった。
「それが、神様から与えられた使命でちゅ。人間は怒りの感情で戦争をして、多くの悲しみを生み出していまちゅ。だから、ウータンがみんなの怒りの感情を浄化して世界を平和にして、多くの人間を幸せにするんでちゅ」
どうやら、神の使い、天使らしい。殺すか、生かすか、判断を迷った。天使を殺せば神に呪われる。それは、世界が敵になる事を意味していた。だが、放っておけば私の怒りの感情を浄化されかねない。今は防げたが今後、防げる保証が無かった。
「私の浄化は何故失敗したんだい?」
「お兄さんの怒りのエネルギーがウータンの力より強かったからでちゅ。でも、ウータンはこれから力を付けてきっとお兄さんの怒りを浄化するので安心してくだたい」
ウータンマルの言葉で、私は自分の復讐が終わるまで、ウータンマルが私の復讐の炎を消すことは無いと確信した。だから、生かしておくことにした。それに、放っておけばもう2度と会う事も無いだろう。
「そうか、ではまた会った時には頼むよ」
「だめでちゅ。ウータンは最初にお兄さんの怒りを浄化するって決めました。だから、ついて行きまちゅ」
聖女の盾のメンバーが私を見ていた。怒りの感情を持っているとウータンマルが言ったせいだ。そして、私に付いてくると言っているウータンマルに私がどう答えるか見守っていた。
「分かった。良いだろう付いてくるがいい」
「たい」
そう言ってウータンマルは抱っこしろとせがんで来た。ネヴィアがウータンマルを私に差し出してきた。私はネヴィアからウータンマルを受け取った。ウータンマルの体は柔らかくほのかに温かく、触り心地も良かった。
「いいな~」「私もウータン飼いたい」「アイス様~後でもう一度ウータンマル触らせてね~」「アイス様、俺も抱っこしたいです~」
聖女の盾のメンバーの声にウータンマルはこう答えた。
「みんな仲良く順番守るんでちゅよ」
こうして、全ての隊員がウータンマルを堪能する事になった。セバス殿とマリー殿もウータンマルの魅力にメロメロだった。ウータンマルは油断ならない相手だが、見た目の可愛さと触り心地の良さは最高だった。
馬車に戻り、ウータンマルに聞いてみる。
「ウータンマル。ステータスを見ても良いかい?」
「たい」
どうやら、『たい』は『はい』という意味らしい。
「知の神オーディンに願い奉る。この者の能力を教えてくださいませ」
「たい」
ウータンマルのステータスを見ると、能力値は1つを除いて全て10だった。その一つは、人間のステータスには無いものがあった。それは『かわいさ』だった。数値は3万と人間の尺度を超えていた。
そして、スキル蘭には『可愛いは正義』『ハゲの守護天使』があった。可愛いは正義は何となく分かるが、ハゲの守護天使とは何だろうか?意味が分からなかった。だが、最も驚いたのは種族名だった。ウータンマルの種族名は天使の豚だった。意味はその通りだが、発音が無駄にカッコ良かったのだ。でも、ウータンマルを見ていると思うのだ、可愛いは正義と……。




