皇都での出来事2
アンネローゼ様の部屋に入ると、そこは応接室だった。私が泊まった部屋と同様に奥に寝室があるタイプの部屋だった。そこにはメイド服を着た女性が4人居た。
一人は黒目黒髪で肩口で髪を切りそろえた少し目つきのキツイ女性。
一人は黒目黒髪で髪を後頭部にまとめている清潔感のある女性。
一人は金髪撃眼の髪をポニーテルにしている女性。
最後の一人は赤眼赤髪で髪は三つ編みにしていた。
いずれも美人と言って差し支えなかった。
「あら?今話題のバロン・マルクス様ですわ。こちらにはどのようなご用件で?」
目つきのキツイ女が聞いてきた。
「マリー殿と少し話がしたいのですが」
「まあ、私と?」
目つきのキツイ女マリーが嬉しそうに言ってきた。
「ええ、ぜひあなたに聞きたいことがありまして」
「あらあら、嬉しいですわ。私の様なメイドに新領主様が興味をお持ちだなんて」
そう言ってマリーは嬉しそうに笑った。
「ごめんね。リエン、メアリ、モニカ、私、バロン・マルクス様とお話してくるわ」
「いいな~。私も素敵な殿方に誘われたい~」
金髪の子が悔しそうに言った。
「なんでマリーなの~。私じゃダメなの~」
赤髪の子が恨めしそうに言った。
「行ってらっしゃいマリー、後は私がやっておくから」
黒髪の女性は笑顔で言った。
「ごめんね、リエン。後でお礼するわ」
「良いのよ。気にしないで」
「ありがとう。いってくるわ。さあ、行きましょう、バロン・マルクス様」
そう言ってマリーは私の手を取って部屋の外に出た。アーサーとネヴィアが、怪訝そうな顔をして私とマリーを見送っていた。マリーは私の手を引いて中庭に来た。そこには東屋があり、マリーはそこに私を案内した。
東屋からは中庭が一望でき、誰かが近づけばすぐに分かるようになっていた。
「強引にご案内して申し訳ありません。私を指名したという事は、アンネローゼ様がらみの内容ですか?」
なるほど、彼女はアンネローゼ様と私に繋がりをある事を知っていたらしい。だからこそ、人に聞かれては不味い話だと判断し、私をここに連れてきたのだ。
「いや、君自身の事について聞きに来たのだ」
「え?」
マリーは驚きの表情を浮かべていた。
「まさか、本当に口説きに来たんですか?」
「え?」
まさかの反応だった。どうして、そういう事になるのか理解出来なかった。
「お気持ちは嬉しいですけど、私は生涯をアンネローゼ様に捧げております。ですので、お申し出にはお応えできません」
マリーは申し訳なさそうに言ってきた。告白もしていないのに何故か振られていた。
「あの、何か勘違いがあると思うのですが、私はあなたの魔法の師匠が誰なのか聞きに来たのですよ」
私の答えを聞いて、マリーは逆に驚いていた。
「ええっ?そうだったんですか?皇宮内でメイドを指名して呼び出すというのは愛の告白を意味しているのですよ?ご存じなかったのですか?」
「そんなルールがあるなんて知りませんでした。では、普通に話を聞く時はどうすべきだったのですか?」
「直接質問をするのが正解です。用件を言わずに聞きたいことがあると意味深な事を言ったら告白と取られますよ?」
「それは、皇宮内の暗黙の了解なのですか?」
「ええ、そうです。次からは気をつけてくださいね」
「心得ました。それで、あなたの魔法の師匠は誰なんです?」
「私には魔法の師匠はおりませんよ?」
「では、どうやって魔法を使えるように?」
「少し暗い話になりますが、大丈夫ですか?」
「あなたが辛い思いをするのなら無理にとは言いませんよ」
「いいえ、大丈夫です。私は戦災孤児でした。身寄りが無くなった私をある組織が買って暗殺者に育てました」
いきなり、予想外の答えが返ってきた。
「その過程で、私は組織に命じられて死体の分解と処理をやらされました。結果、人体の構造を理解しました。どこをどうやれば死ぬのか、腕を動かすにはどの筋肉を使っているのか……」
暗い話のレベルが違っていた。
「人体の構造を理解した後は魔力の操作を教えられました。結果、身体能力を強化する魔法だけ使えるようになったのです」
「魔法が使える理由は分かりました。ありがとうございます。世の中には私の知らない魔法の習得方法があったのですね」
「お役に立てたのなら幸いです」
「ちなみに、暗殺者が、なぜアンネローゼ様のメイドをしているのですか?」
私は臨戦体勢をとっていた。昨夜の襲撃者がマリーに変装している可能性があったからだ。この東屋は見晴らしが良い場所にある。だが、周囲に誰も居ないと確認できるのなら、ここは密室と同じだった。
自ら暗殺者と名乗った理由が分からなかったが、危険な状態に置かれているのは確かだった。
「それほど面白い話ではありませんが聞きたいですか?」
「あなたが嫌でなければ聞きたいですね」
マリーは襲ってくる気配が無かった。昨夜の暗殺者ではない可能性が高くなった。
「最初は、アンネローゼ様を暗殺するために送り込まれました。ですが、アンネローゼ様のお世話をしているうちに、アンネローゼ様を殺せなくなってしまいました」
「なぜです?情が移ったのですか?」
「いいえ、『聖女の盾』の影響です。彼らは私と同じ戦災孤児。彼らが希望に満ちた目でアンネローゼ様を見ているんです。理由を聞くとみんな同じ事を答えました。自分と同じ境遇の子が居なくなるのなら、アンネローゼ様の為に死ねるって、自分は救われなかったけど、もし生まれ変わりがあるのだとしたら、遠い未来の自分を救ってもらいたいって……。
それを聞いたらアンネローゼ様を殺せなくなっていました。そして、組織から暗殺の決行日が知らされました。私はその時、アンネローゼ様を毒殺出来る状態でしたけど、あえてセバス様が居る時に剣での暗殺を実行しました。
結果、セバス様に攻撃は防がれ武器を取り上げられました。そのまま死んでもいいと思っていたのですが、アンネローゼ様が庇って下さいました。それに、セバス様も剣に殺気が無かったと証言してくださり、私が組織について知っている事を全て話す事を条件にアンネローゼ様に仕える事を許されたのです」
私は緊張を解いた。マリーは昨日の襲撃者ではない。この話が本当ならマリーはアンネローゼ様の忠臣だ。
「なるほど、あなたがアンネローゼ様の忠臣である事は理解できました」
「つまらない話でしたでしょう?」
「いいえ、とんでもない。私が聞いたのです。それに、あなたの人生がつまらないなんて思いません」
「ありがとうございます」
マリーは少し嬉しそうに言った。
「あの、私の方からもバロン・マルクス様に質問しても良いですか?」
私の方から、彼女の過去を聞いたせいもあり、自分だけ答えないわけにはいかなかった。
「ええ、構いませんよ」
「では、アイス様は、年上と年下、どちらが好みですか?」
質問が私の過去の事では無いことに安堵した。
「どちらでも、私は年齢ではなく話して楽しいかで決めています」
「なるほど、それでは責めるのと責められるのではどちらが好きですか?」
なんのことか分からなかった。どういう状況で、責めたり責められたりするのだろうか?
「ええと、状況がよく分からないのですが?」
「う~ん。説明が難しいですね。例えば『どう気持ちいい?』と言いたい方か言われたい方か?」
ますます混乱してきた。なにか、その先の想像をしてはいけないような気がする。
「よく分からないです」
「じゃあ、好きな食べ物は肉ですか野菜ですか?」
「肉です」
「なるほど、攻めですね」
マリーは笑顔で意味不明の事を言っている。
「ちなみに、ヨハン殿は肉と野菜どちらが好きですか?」
マリーは立て続けに質問してきた。
「野菜を多く食べている印象があります」
「ふふふ、予想通りですね~」
その後、休日の過ごし方とか、好きな書物とか、日課はあるかなど、個人的な質問が続いた。私とヨハンの日常の情報を聞き終えるとマリーは満足した笑顔を見せた。
「ありがとうございます。お二人のことよく分かりました」
私はマリーの笑顔に何故か背筋に怖気が奔った。
「いいえ、他愛のない事です」
「今日は、ありがとうございました」
私は謎の恐怖を感じつつマリーと別れた。その後、ヨハンと合流し、自室に戻った。
皇都に滞在して一週間が立った。その間、ヨハンは剣術の稽古をし、私は領主との会合や皇宮での会議に出席していた。そこで、領主の義務や皇宮への上納金などの説明を受けていた。
その日、ヨハンが剣聖の称号を継ぐことになっていた。その事は一週間前から全ての国に通達された。その為、皇都ベルンには各国から剣士たちが集まってきていた。新しい剣聖になる為に……。
剣聖の称号の継承式は闘技場で行われる。闘技場には見届け人として皇帝陛下とフーリー法国の使者とオールエンド王国の使者が来ていた。ある意味お祭りだった。闘技場の周りには出店が多数乱立し、さらに新しい剣聖が誰になるのか賭けも始まっていた。
ヨハンの倍率は3倍とあまり勝てると思われていなかった。代わりに一番人気だったのが、放浪の剣士『剛剣のブレイド』だった。ブレイドは身長2メートルの巨漢で全身筋肉の塊だった。その筋肉を誇張するかのように上半身は裸だった。下半身は白い腰布だけをまとって両足の筋肉も見せびらかしていた。
いかにも強そうな雰囲気があった。それに比べると確かにヨハンは強そうに見えない。どこにでもいる金髪碧眼の青年だった。だが、私は知っていた。ヨハンに勝てる者は居ないと……。なぜならヨハンのスキルに『剣聖』が出現していたのだ。
いつからかは分からないが、昨日、ステータスを確認した時に、確かにあったのだ。剣聖の称号とスキルは同じものではない。称号はあくまでも称号なのだ。スキルの剣聖は才能の様なものだった。剣に関するあらゆる恩恵を受けることになる。例えば、剣の訓練の効率化とか、一度見た技を見切れるようになるとか、剣であればどんなものでも使いこなせる等、様々あった。
称号を得たからと言ってスキルを得るわけではない。スキルを持った者が称号を手に入れやすい。そういう関係だった。
授与式は正午過ぎに行われた。会場は満席なうえに立ち見の客も居た。みな、新しい剣聖を一目見る為に押しかけていた。
セバスとヨハンが闘技場の中央に現れた。セバスは執事の服ではなく、朱羅の剣聖と呼ばれた時に着ていた赤を基調にした体の動きを邪魔しない薄手の服を着ていた。鎧を着ないのは、敵の攻撃は全て避ける自信があるからだ。ヨハンも同じような薄手の服を着ていた。色は青を基調にしていた。
二人が闘技場の中央に立つと、皇帝陛下とフーリー法国の使者とオールエンド王国の使者が二人の近くまで進んだ。三人が十分に近づき、立ち止まったのを確認して、セバスが話始める。
「ここに宣言する。ルベド・リッターは、ヨハンに剣聖の称号を譲る。異議がある者は戦いを挑み称号を奪い取れ!」
セバスが宣言すると、闘技場に100人の剣士が入場してきた。そこにはブレイドも居た。ブレイドの剣は長さが2メートルもある幅広の剣だった。常人では持つことさえ困難な剣を右手一本で軽々と持っていた。セバスと見届け人の3人は剣士たちと距離を置いて成り行きを見守っていた。
「私からは攻撃いたしません。勝てないと思ったら逃げてください」
ヨハンは静かにそう告げて、刀を抜き正眼に構えた。その動きには一切の無駄が無かった。剣士たちは言葉は不要とばかりに各々剣を抜いた。ブレイドは様子見なのか遠くからヨハンを見ていた。
最初の一人が裂ぱくの気合と共にヨハンに切りかかった。ヨハンは技を出すまでもなく、相手の剣を簡単に切り落とした。ヨハンは剣士たちを殺すつもりは無いらしい。最初の一撃に会場はどよめいていた。
そこから、次々と剣士たちが襲い掛かるが、ヨハンは最小限の動きで全て相手の剣を切り落として戦意喪失させていった。10人を超えたあたりから観客たちがヒートアップしていった。
「新しい剣聖、何者なんだ?」「こんな戦い見た事ねぇ」「剣ってあんなに簡単に切れるものなの?」「相手が弱すぎるんじゃね?」「そんなことは無い。有名な実力者も居たぞ!」「11人目」「12人目」「おいおい、誰一人殺さずに100人倒すつもりなのか?」「すげぇ、すげぇ剣聖が誕生しようとしている」
ヨハンは、息一つ乱すことなく、剣を斬り続けた。その佇まいは水を連想させた。
『90、91、92、93、94、95、96、97、98、99』
観客たちは、ヨハンが折った剣を数える大合唱を始めていた。最後の一人はブレイドだった。ブレイドの剣は大きく幅広く分厚かった。その剣を斬れるのか観客たちは固唾を飲んでみていた。
「強い、強いな、ヨハン。俺は剛剣のブレイドと呼ばれている。この剣で斬れなかったものはない。あんたの剣を俺が折って、剣聖の称号を貰う」
「そうはならないよ」
ヨハンは静かに告げた。
「まあ、やってみれば分かる」
ブレイドは大剣を両手で持ち大上段に構えた。
「剛剣流、一の太刀、斬鉄」
そして、一気に剣を振り下ろした。ヨハンはその剣を刀で受けた。一刀両断にされたかと思ったが、ヨハンは柄を頭の右上に剣先を左下に斜めに構えて、ブレイドの一撃を受け流していた。ブレイドの剣が闘技場の地面に深々と突き刺さっていた。
ヨハンは手首を返しブレイドの剣に向かって刀を打ち下ろそうとした。ブレイドは全身の筋肉を使って地面に刺さった剣を持ち上げた。この時、初めてヨハンは剣を斬り損ねた。
会場が一気に歓声に包まれる。
「ずげぇ、さすがブレイドだ。初めてまともな攻防になった」「いや、やはりヨハンは強い。あんな一撃を受け流したんだぞ」「どうなんだこれ」「どっちが勝つんだ」
ヨハンは冷静に距離を置いて、体勢を整える。ブレイドもヨハンに対して再度、大上段に構える。
「同じ技で挑むのか?」
ヨハンがブレイドに聞いた。
「これが、俺にとって最強の技だ」
「そうか、ならば私も最強の技で応えよう」
そう言って、ヨハンは刀を下段に構えた。
「修羅一刀流、青の太刀、明鏡止水」
ヨハンがそう宣言すると、ブレイドは息を飲み、動きを止めたが、裂ぱくの気合を吐き出し、必殺の技を繰り出した。
「剛剣流、一の太刀、斬鉄」
先ほどよりも強力な打ち下ろしだった。だが、大剣は斬られていた。ヨハンの動きは見えなかった。いつの間にかブレイドの後方に移動していた。
「うおおおおおおお」「すげえ、100本斬りだ。100人の剣を斬った」「新しい剣聖に祝福を」「青流の剣聖ヨハン!」「確かに水のように流れる動きだった」「青流 の剣聖ヨハン!」
「ここに、ヨハンを新しき剣聖をヨハンと認める」
皇帝陛下がそう宣言すると、儀式は終わりを告げた。敗れた剣士たちはヨハンの実力を認め拍手を送っていた。




