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犬に転生したら何故か幼女に拾われてこき使われています  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
宿命は氷の貴公子を復讐に駆り立てる

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皇都での出来事1

 叔母上との会合の後で、私は財務大臣フリードリヒ・フォン・リヒテンハイムの家に出向いた。財務大臣の館は大きく立派な建物だった。塀に囲まれ、立派な門があり、館までの間に季節の花々が植えられた庭があった。

 土の精霊2の月に花開く花たちが迎え入れてくれたが以前の様に花を美しいと思うことは無かった。広い庭を通過し、馬車が館の入り口で止まった。

 そこにリヒテンハイムの姿は無かった。当然だろう。あの俗物は自分が特別だと思い込んでいる。新米の領主を出迎えるという誠意は無い。代わりに老齢の白髪の執事が私を迎えてくれた。

「お待ちしておりました。バロン・マルクス様。当主のデューク・リヒテンハイムが心待ちにしております」

「ご招待に預かり光栄に存じております。デューク・リヒテンハイム様の元へ、案内をお願いいたします」

「畏まりました」

 私は執事の案内でゴミクズが待つ部屋に案内された。そこにはリヒテンハイムだけではなく、大臣派の領主達が全員集まっていた。部屋には酒や食べ物が置いてあり、複数のソファーとテーブルが並べられ、領主の世話をする為に肌を露出した女性たちが何人も居た。

 まあ、ゴミクズの衆会なのである程度、欲望丸出しの集まりになると予想していたが、本当に猿並みの知性しか持ち合わせていないことに、ある意味安堵した。領主たちは肌を露出した女性たちを遠慮なく触っていた。

 私が部屋に入るとリヒテンハイムは、両脇に女性を抱えて私に声をかけてきた。

「バロン・マルクス。よく来たな。さあ、ここへ来い」

 リヒテンハイムは上機嫌で私を呼んだ。

「ありがとうございます」

 私は営業スマイルを浮かべて、ゴミの近くまで進んだ。

「ささ、ここに座れ」

 リヒテンハイムは既に酔っていた。私はリヒテンハイムの向かい側に座らされた。すぐに美女二人が私を囲み、お手拭き用のタオルを渡してきた。

「飲み物は何になさいますか?」

 美女の一人が聞いてきた。

「デューク・リヒテンハイムと同じものをお願いします」

「畏まりました」

 リヒテンハイムはウイスキーのロックを飲んでいた。大酒飲みをアピールしたいのだろうが、すでに酒に飲まれているのか、顔が真っ赤だった。こういう手合いは同じものを頼んだ時、自分の方が上だと対抗意識を燃やし、勝手に自滅する。だから、あえて同じものを頼んだ。

「マルクスは酒の飲み方を分かっとるな」

「いえいえ、公の飲み方を真似しただけですよ」

 美女がウイスキーのロックを作り、私に渡した。

「では、新しき出会いに乾杯」

 そう言ってリヒテンハイムはグラスをこちらに向けてきた。私はグラスを軽く合わせた。その後、リヒテンハイムは自分のグラスを飲み干した。私もそれに習いグラスを一気に飲み干した。

「良い飲みっぷりだ」

「公もなかなかお強い。すでにだいぶ飲んでいらっしゃるでしょうに」

 私の世辞が嬉しかったのか、リヒテンハイムはニヤリと笑った。

「午前中の墓参りはどうだった?」

「退屈でしたよ。長々と前宰相が国家反逆を企んでいたとか、そのせいで次の宰相が決め辛くなったとか、誰にも負けない実績を作れだとか、まあ時間の無駄でしたよ」

「災難だったな、まあ、あの女の言う事は聞き流せばいい。この国の実質的な支配者は私なのだ、これからは私の言う事を聞いていれば間違いはない」

 リヒテンハイムは上機嫌に言ってきた。

「そうさせて頂きます」

「それで、前の領主から受け継いだ順位なんだが、当面は下げてもらえないかね?」

 リヒテンハイムは、予想外の事を提案してきた。

「と、言いますと?」

「前の領主は熱心に順位を上げていた。だが、君は何もしてこなかっただろう?それを不平に思う領主が多数いるのだ。ここは、秩序を守る為にも順位を70位まで落としてくれ」

 つまり、不老不死を得たい領主の為に、新参者は献金を減額しろという事だ。願ったり叶ったりなので了承する。

「分かりました。当面は70位になるまで献金は控えます。その代わり、一度下がった後は、私のペースで献金してもよろしいですか?」

「ああ、それは問題ない。一度下がった後からは貴殿の才覚だ」

 リヒテンハイムは、邪悪に笑った。たぶん、他の下位の順位の領主からの要望だったのだろう。一度は聞き入れて、自分の有用性を知らしめつつ、私に対しても良い顔しようという魂胆が丸見えだった。そこまで、全て見透かした上で乗った。

「それならば、何も問題ありません。当面は控えます。それにしてもエンリ殿から知らされるのは自分の順位だけでしたが、デューク・リヒテンハイムはどうやって私の順位を知ったのですか?」

「我々は馬鹿ではない。エンリが嘘を吐いていないか、他の参加者と情報共有を行っておる。フーリー法国にも参加者が居るが、その者達と運よく連絡を取る事が出来てな、参加者の順位と献金金額は正確に把握しておる」

「そうですか、それなら安心ですね」

 この事実から、私の本当の仇が神王ネロだと確信した。目の前の豚は踊らされたにすぎない。だが、報いは受けてもらう。そして、アンネローゼ様の行動の結果、なぜ私の復讐の準備が整っていくのか確証を得た。アンネローゼ様が正道を歩み続ける限り、私の復讐計画は順調に進む事だろう。

「集会は毎月末日にこの館で行っておる。それにも参加してくれ」

「ええ、喜んで参加させて頂きます」

 これで、豚との会話は終わった。後は、昨日と同様に一通り挨拶をして帰った。


 豚箱から解放されると、私は『聖女の盾』が居る訓練場に向かった。そこには精兵が居た。生死のギリギリのラインを見極め、互いに切磋琢磨し合う者たちがいた。

 ヨハンはセバスと一対一で戦っていた。お互いに木剣を持って斬り合っていた。

「今のは受けるのではなく受け流すべきです」

「はい!」

「踏み込みが浅い」

「はい!」

「腕が下がってきていますよ」

「はい!」

 セバスはヨハンに細かく指導していた。だが、私が来たことに気付くと稽古を中断した。

「今日はここまでにしましょう。バロン・マルクス殿が参られたようだ」

「アイス様、お疲れ様です」

「頑張っているようだね。ヨハン。そして、セバス殿、ご指導いただいているようで恐縮です」

「いえいえ、ヨハン殿は筋が良いので鍛えがいがありますよ。この分なら一週間で全ての技を伝授できます」

「そんなに、早いのですか?」

 ヨハンが天才肌だというのは十分に知っていたはずだが、それでも驚かされた。

「ええ、これほどの才能を持った者は滅多に居りません。私の持つ剣聖の称号を譲りたいぐらいですよ」

「それは、本当ですか?」

 剣聖の称号は、当代の剣聖から譲り受けるか、殺して奪う以外の方法はない。無論、分不相応な者が称号を手に入れれば簡単に他の者に奪われる。だからこそ、最強の称号なのだ。

「ええ、実力も十分です。一週間後、全ての技を伝授したのちに称号を譲りますよ」

「本気なのですね」

「ええ、私は世辞で称号を譲るなんて言いませんよ。剣聖の称号の重さを知っていますから……」

 セバスが言っているのは、称号を譲った時に必ず発生する殺し合いの事だった。剣聖の称号を望む剣士は多い。当代の剣聖を殺して奪ったものに挑む者は少ない。だが、称号を譲られた時には、その者が当代の剣聖より上だという証拠が無いのだ。結果、腕に覚えがある者たちが、新しい剣聖に戦いを挑むことになる。

「ヨハン。剣聖になるという事は、どういう事か理解しているか?」

「はい、セバス様から全て聞いています」

「命に係わる事だぞ?」

「承知しております。ですが、私はアイス様の剣と成ると誓いました。その剣は最強でなくては意味がありません。ですから、私は剣聖の称号を受け継ぐと決めました」

 ヨハンは真剣な眼差しで言ってきた。

「分かった。ヨハンが決めたのなら、それでいい。セバス殿、よろしくお願いいたします」

「いいえ、お礼を言うのは私の方です。これでようやく肩の荷が下りました」

 そう言ってセバスは笑った。それは、命を狙われる事が無くなったという意味にも取れるが、たぶん違うだろう。剣聖の名にふさわしい者を見つけられたという安堵の意味だと思われる。

「それにしても、凄い訓練ですね。みな魔法で身体強化を行っている」

「分かりますか、マルクス殿は魔法のたしなみがあるようですな」

「ええ、まあ、少しばかり使えます」

 叔母上の手駒とはいえ私の手の内を明かすつもりは無かった。なぜなら、状況によってはセバスとも戦う事になるからだ。

「聖女の盾のメンバーは孤児ばかりと聞いておりましたが、魔法学院で学ばせたのですか?」

 魔法とは魔力の操作と魔法を具現化するためのイメージが必要だった。身体強化の魔法を使うには人体の構造を理解する必要があり、医術の教育を受けた事がある者しか行使できない魔法だった。ちゃんとした教育機関でお勉強する必要があるのだ。

「いえいえ、孤児を魔法学院に入学させるなんて事を大臣たちが許可する訳はありませんよ。魔法はマリーが教えています」

 魔法学院に入学するには莫大な金が必要となる。一人当たり金貨500枚は必要なのだ。全員入学させていたら、破産するとまで行かないが、国の財政をそれなりに圧迫する事になる。

「では、マリー殿が魔法学院で学んだのですか?」

「それも違います」

「では、どうやって魔法を使えるようになったのですか?」

「それは、本人に聞かないと分かりませんな」

「マリー殿はどちらに?」

 私はマリーという人物に興味が沸いた。どうやって魔法を使えるようになったのか知りたかった。通常は魔法学院で学ぶか、魔法学院を卒業後、冒険者となった魔法使いから学ぶ必要があるのだ。誰の弟子なのか知っておきたかった。

「今の時間ですとアンネローゼ様の居室でお茶会を開いておりますよ。ちょうどおやつの時間ですからな」

「分かりました。私は、一度マリー殿と話をしに行きます。ヨハンはどうする?」

「私は、ここで訓練を続けたいと思います」

「そうか、分かった。私の用事が済んだら、またここに来る」

「畏まりました」

 訓練場を後にし、アンネローゼ様の居室に向かった。


 アンネローゼ様の居室の前には二人の歩哨が立っていた。一人は顔見知りである。ピンクの髪の毛が印象的な女性ネヴィアだった。もう一人は青い髪の好青年だった。聖女の盾の制服である黒を基調にした隊服を着ていた。

 二人は親し気に談笑していた。いくら、アンネローゼ様が不在とはいえ、歩哨の役割を軽く見ているようなら、聖女の盾の規律も案外緩いのだなと思った。

 しかし、私が部屋に近づいているのに、すぐに気付き談笑をやめて、警戒態勢に入った。どうやら、ちゃんとしているらしい。あくまでも周囲に人が居ない時だけ談笑しているのだろう。

 私が部屋の前に着くとネヴィアが話しかけてきた。

「バロン・マルクス様。その節は失礼いたしました」

「いや、こちらこそヨハンを助けてもらった。感謝する」

「いえいえ、あれほどの剣士を失うのは勿体ないと思いましたので、それにヨハン殿を訓練に参加させて頂いて助かります。お陰で私たち『聖女の盾』はもっと強くなれます」

 ネヴィアは嬉しそうに言ってきた。

「私からもお礼を申し上げます。私は『聖女の盾』隊長を務めさせていただいておりますアーサーと申します」

 アーサーはそう言って、身分の下の者が上の者にする片膝をついた礼をした。

「お立ちください。あなた方は騎士でしょう。身分の差はそれほどありません」

「いえ、私どもは平民です。騎士の位であるリッターを授かっておりません」

 私は首を傾げた。皇女の護衛に騎士の階級を与えていないというのが解せなかった。少なくとも近衛兵には騎士の階級を与えるのが通例だった。だが、ここで気が付いてしまった。彼らは消耗品なのだと……。

「つまり、一般的な兵士だと?」

「ええ、城内の衛兵と同じ階級です」

 大臣たちは、とことん金をかけないつもりらしい。死んでも身寄りが無いから遺族に対する補償も要らない。もともと孤児だから衣食住さえ与えれば賃金は最低でも良いと考えているのだろう。

「事情は分かりました。ですが、やはり立ってください。ヨハンの腕を治してくれた恩よ人です。そのような挨拶は不要です」

 私の言葉でようやくアーサーは立ちあがった。そして、私はアーサーに手を差し伸べた。アーサーは手を握り返してくれた。

「よろしく、アーサー」

「よろしくお願いいたします。バロン・マルクス様。それで、ここにはどんな御用で?アンネローゼ殿下は現在体調がすぐれないため面会できませんが?」

「私はマリー殿に会いに来たのだ」

「マリー様に?」

 アーサーが不思議そうな顔で聞いてきた。

「マリー殿が魔法を使えると聞いて、どなたから指南を受けたのか興味があってね」

「ああ、そういう事ですか、マリー様は中におられます。どうぞお入りください」

 そう言ってアーサーが扉を開けた。

「ありがとう」

 私は礼を言って部屋の中に入った。


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