冒険者と幼犬
冒険者レギオン『白の城壁』と共に昼過ぎに街をでた。冒険者たちには、セバスが馬を手配し、港町カーレンに向かっていた。カーレンまでは馬車で30時間ほどで着くらしい。夜に移動するのは危険なので、日没まで移動し途中の街に入って一泊するとセバスからアンネへ説明があった。
ちなみに、夜は野盗やら魔物が出没するので危険との事だった。魔族が居るんだから魔物が居てもおかしくない。僕はアンネたちと同じ馬車に乗っていた。
我ながらお人好しである。アンネたちは護衛を雇った。そして僕は念願の人間の街に着いたのだ。だから、こっそり逃げ出しても良かったのだ。だが、僕は残った。ウィル・シュバリエの心を読んだ結果、僕はアンネたちと別れる事が出来なくなった。
街から1時間ほど進んだ時に、ウィルは本性を現した。冒険者たちは一斉に止まった。そして、馬から降りて馬車を囲んだ。セバスは仕方なく馬車を止める。
「なぜ止まった?」
セバスの問いにウィルが答えた。
「フーリー法国からの依頼でね。あなた方を拘束させていただく」
「嘘はよくありませんね。フーリー法国からの正式な依頼だったのなら街で拘束したはずです。人気のない平野で行動を起こしたという事は、他の国からの依頼でしょう」
「ふむ、それなりに頭は回るようだな、だがアンネローゼ皇女以外は殺して良いと言われている。抵抗しなければ三人とも生かして依頼主に渡すつもりだ。出来れば降伏してくれないかな?」
「それは、出来ませんな、こちらは二人ですが、あなた方程度なら倒すことも可能です」
半分は本気だが、半分は僕を当てにしての発言だった。僕もセバスとマリーと共闘するつもりでいた。
ウィルたちの強さはレベルが40~30で能力値は350~250程度だった。セバスはレベル99でマリーはレベル45だった。一対一ならセバスたちは負けないだろう。でも、相手は数が多い。僕の殲滅魔法なら一網打尽に出来るのだ。
「なら、試してみると良い。俺は寛大だから、途中で降参するというのなら、受け入れる用意もある」
「冒険者レギオン『白の城壁』は信頼できると伺ったのですが、期待外れでしたね。仕方ない、マリー、アンネ様を頼みますよ」
そう言って、セバスは剣を抜いて何かを切った。その直後に馬がいなないてどこかに逃げていく足音が聞こえた。馬車の馬を逃がしたと思われる。人数で劣るから、馬車ごとアンネを奪われるリスクを回避したのだろう。他の馬たちもつられて逃げたようだ。
マリーが馬車の外に出て馬車の扉を閉じて扉の前で小ぶりの剣を抜き放って戦闘態勢に入った。アンネは事態の急変を受けて混乱していた。だが、それを態度に出さなかった。
(裏切られた。セバスとマリーの二人で二十人と戦う。セバスもマリーも強い。でも、勝てるの?私に出来る事は何?泣き叫んではいけない。諦めてもいけない。二人を信じて毅然と振舞う。泣きわめいたりしない。泣きわめいたりしたら、それだけで二人の負担になる。落ち着いて信じるのよ。二人は強い。でも、他に出来る事はない?)
アンネは九歳らしからぬ思考をしていた。何が彼女をそうさせるのだろうか?天性の資質なのだろうか?でも、僕に出来る事があった。僕は浮き上がってアンネの視界に入った。
アンネは僕を見た。僕は右手で胸を叩いた。
「シュワちゃん。お願い。二人を助けて!」
「その願い。聞き届けた」
そう言いたかったが、出てきた言葉は「ワン」だった。でも、意味は通じたらしい。
「ありがとう」
そう言ってアンネは僕の手を握った。アンネは手を放すと目で訴えて来た。だから、それに応えた。馬車の天井を『透過』の魔法ですり抜けて一気に上空に飛び出して冒険者全員が見える位置まで上昇した。そして、『殲滅の黒雷』を発動した。
目の前に黒い球が出現し、球の表面を黒い雷が迸っていた。冒険者たち全員を視認し『死ね』と命じた。黒い稲妻が冒険者たちを襲ったように見えた。だが、冒険者の一人、黄色のローブに身を包んだ男が、魔法を発動させる。
「雷を集めよ!避雷針」
人間は魔法の発動時に呪文のような言葉を使う。イメージさえ出来れば魔法に呪文は必要ないのだが、人間の魔法使いはイメージをしやすくするために言葉を発する事が多いと母様に聞いた。
鋼鉄の針が地面より突き出して、馬車より高い位置まで伸びた。僕の発した黒雷は全て避雷針に吸収された。
僕を見てウィルが驚きの表情と共に言った。
「こんな所で黒の殲滅者の幼生と会えるとは幸運だ」
その言葉だけでは意味不明だが、心の声を聞くと理由は明白だった。
(準備しておいて正解だった。黒の殲滅者が10年前から南の森に住んでいると聞いて、子供を育てる為に人間の領域に来たんだと思ってたがドンピシャだった。あれを捕まえて人質にすれば、厄災と言えど簡単に倒せるだろう。これで一生遊んで暮らせる)
その思考の下劣さに僕は怒りしか覚えなかった。この世界で僕を育ててくれたのは母さんだった。僕を人質にして母さんを狩ろうなどと許せなかった。
さらに、ウィルはアンネを売って莫大な報酬を手に入れて豪遊するつもりでいた。アンネの身を案じる事など全く無かった。
最初に拝謁を申し込んだ時、ウィルはとても計算高かった。セバスの依頼でほぼ間違いなく依頼主はアンネだと知っていた。だが、人違いだった場合、ただの犯罪者になってしまう。だから、拝謁を持ちかけたのだ。
拝謁に応じるのならそれでいい、拝謁に応じないのなら道中探りを入れて確認が取れたのなら襲うつもりでいた。
だが、マリーに拝謁を断られてしまった。だから、アンネの同情を引くために命がけの仕事をするものに顔も見せないのかとやんわりと皮肉を言ったのだ。
それに応じて出て行ったアンネを見て、ウィルは「とんだ甘ちゃんだ。こんな間抜けが聖女だと崇められてるんだから、護衛の者達はさぞ大変だろうな」と思っていた。
最初から護衛するという約束は反故にするつもりだったし、命を賭けるというのも嘘だった。
しかも、売った後でアンネが殺されるであろう事も知っていた。だから、僕は残ったのだ。なのに、攻撃を無効化されてしまった。アンネの為にも瞬殺しないといけないのに……。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。魔法『殲滅の黒炎』『殲滅の黒雨』『殲滅の黒鉄』『殲滅の黒死病』を獲得しました≫
僕は『殲滅の黒炎』を発動した。目の前に黒い球が出現し、球の表面を黒い炎が迸っていた。敵全員を視認し発動させる。黒い炎が弾丸となって射出された。だが、緑色のローブに身を包んだ男が魔法を発動させた。
「炎を巻き取れ!竜巻!」
僕の周囲に竜巻が発生した。真空の刃が僕を襲った。だが、黒の殲滅者の毛には対魔法効果があった。中途半端な威力の魔法では僕にダメージを与える事は出来ない。しかし、『殲滅の黒炎』は打ち消されてしまった。
僕は諦めずに『殲滅の黒雨』を発動した。頭上に黒い雲が広がり、そこから溶解液の黒い雨が降り注ぐ。
今度は赤いローブの男が魔法を発動した。
「雨を燃やし尽くせ!火球!」
特大の炎の玉が黒い雲に激突し、雲が消し飛んだ。
「無駄だ。本物の黒の殲滅者を討伐するために集めたメンバーなのだ。幼生如きの魔法でやれると思うなよ」
ウィルは勝ち誇ったように言った。僕は考えた。魔力の総量は僕の方が圧倒的に多いが、僕の魔法は魔力の消費が大きかった。一回の魔法で100程使ってしまうのだ。一方、相手の消費魔力は10程度だった。消耗戦に持ち込むのはギャンブルになりそうなので魔法で攻撃するのは一旦やめる事にした。
魔法の対策をしたという事は、魔法を使えるメンバーを倒せば防ぐ手段が無くなるのだ。だから、魔法使いを倒す為に改めて布陣を確認する。
馬車の正面にはセバスが居た。セバスを四人が囲んでいた。ウィルともう一人騎士の男と剣士と槍使いが囲んで牽制していた。その後方に弓使いと盗賊の男が遠距離からセバスを狙っていた。さらに後方に魔法使いの男二人と神官の女性が二人いた。
馬車の扉の前にはマリーが居た。マリーを四人が囲んでいた。構成はセバスの相手と同じだった。その後方に弓使いと盗賊、さらに後方に魔法使い二人と神官二人がいた。
セバスとマリーは前衛四人を相手に苦戦していた。ステータスでは冒険者たちを凌駕していたが、人数の壁と前衛四人の連携に隙が無かった。セバスとマリーは攻撃をよけるので手いっぱいだった。しかも、怪我をしても回復手段が無い。僕が行けば回復できるが、このままでは負けそうだった。
そう思った時に不思議な事が起こった。誰の魔法かは分からないが、物理防御と魔法防御、さらに自然治癒力の強化、身体能力の強化が行われた。それはセバスとマリーにも発動していた。
セバスとマリーは一瞬驚いたが、すぐに順応し四人を相手に互角の戦いが出来るようになっていた。セバスはその場から一歩も動かずに剣で攻撃を捌き受け流し、隙を見つけては相手にダメージを与えていた。だが、ダメージは神官の女性が回復してしまう。だから、セバスは包囲を突破できなかった。
マリーはセバスと対照的に攻撃を避けていた。縦横無尽に動き回り、蝶のように舞っていた。しかし、それでいて馬車の扉には敵を寄せ付けなかった。そして、隙を見せた敵には小剣で一撃を入れていた。だが、それも神官の女性によって回復されてしまうので、マリーも攻めあぐねていた。
僕は属性魔法が打ち消されるのなら、無属性魔法である『黒の剣鎖』なら打ち消されないと思いつき、すぐに魔法を発動させた。狙いは後方の魔法使いだった。
十本の剣鎖を後方の魔法使いたちに放った。最速で一直線に伸びた剣鎖は魔法使いたちを捉えられなかった。彼らは軽い身のこなしで僕の剣鎖をかわしていた。
僕が攻めあぐねていると、戦っているマリーの首筋に黒い蝶の文様が浮かび上がった。それを見た敵の盗賊が声を上げた。
「貴様、『黒死蝶』マリーなのか!」
「だとしたらなんだ?貴様らはここで死ぬのだ」
マリーは戦いながら静かに答えた。
「気をつけろ!近づきすぎるなよ!毒を受けるぞ!」
「分かった!」
盗賊の警告を受け入れてマリーを囲む四人の輪が広がっていた。マリーの心の声が見えた。
(警戒されたか、だが今は毒を持っていない。昔の字がこんな所で役に立つなんてね)
戦闘スタイルだけでなく、本当に暗殺者として生きてきたようだ。そんな事を思っているとマリーが僕を見た。
(後方の魔法使いたちを殺す。その後は頼む)
敵がマリーと距離をあけた事でマリーが自由に動く隙が生まれていた。マリーは高く飛び上がり空中で蝶の様に羽ばたいたように見えた。その次の瞬間には四人いた魔法使いそれぞれに短剣が突き刺さっていた。恐ろしい早業だった。
(くそっ、一人討ち損じた!)
マリーは全員一撃で殺すつもりだったようだ。三人は額に短剣が刺さっていたが、マリーから一番遠い位置に居た一人は肩口に当たっていた。馬車正面の一番後ろに居た魔法使いだった。
僕はどうするか迷っていた。魔法は効かない。かといってこの小さい体で物理攻撃しても効くのか自信が無かった。それにマリーぐらいの速度で攻撃しなければかわされてしまうのだ。アンネたちを助けるためには魔法以外の攻撃手段が必要だった。
≪スキル『愛の奇跡』の条件を満たしました。スキル『殲滅の闘法』を獲得しました。スキル『殲滅の闘法』の技『流星咬』を獲得しました≫
僕は即座に『流星咬』を放った。視界が一瞬で変わり、僕は魔法使いの首筋を咬み千切って地面に着地していた。魔法使いはそのまま倒れた。
マリーの機転と僕の攻撃で一気に形勢が逆転した。
「くそっ!生け捕りはいったん諦める!犬を殺せ!」
ウィルが焦って命令をだした。その命令に応えて弓使いが僕に狙いを定めていた。そして、僕の近くに居た神官の女が魔法を使った。
「光の神バルドルに願い奉る。我が敵をその聖なる鎖で縛めたまへ」
地面から光の鎖が飛び出して、僕を束縛した。僕は構わすに『殲滅の黒雷』を発動した。黒い雷が乱舞し敵を打ち倒していく。弓使いが雷が直撃する前に矢を放った。僕は避けれなかった。
だが、黒の殲滅者の毛皮は強固だった。そんじょそこらの武器では、傷一つつかない。さらに、先ほど誰か分からないが物理防御力も上げてくれた。だから、矢は僕の皮膚を貫通しないと思っていた。
しかし、胸に焼ける様な痛みが走った。油断していた。神官の使った魔法には弱体化の効果があり、さらに矢はミスリル製だった。当然と言えば当然だった。奴らは黒の殲滅者を狩るために準備していたのだから……。
胸から大量の血があふれ出し、視界が真っ暗になった。