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犬に転生したら何故か幼女に拾われてこき使われています  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
宿命は氷の貴公子を復讐に駆り立てる

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枯れ果てた涙

 墓所には私の方が先に着いた。そこには誰も居なかった。大臣派の人間のも皇帝派の人間も居なかった。遠くからこちらを見ている者も居ないようだった。念のため、魔法で確認したが、誰も居なかった。

 程なくして叔母上が現れた。漆黒のドレスに身を包み毅然として進むすがたは相変わらず美しかった。

「生きていたのですね。レオン」

「ええ、父上の計らいで私は難を逃れる事が出来ました」

「あなた以外は全て殺されてしまいました……。フィーネは元気にしていますか?」

 フィーネは私の母の名だ。

「母は、死にました。私が殺した様なものです……」

「なにが、あったのです?」

 叔母上はショックを受けていた。叔母上は身分の低い私の母とも交流があった。

「母は、私の足手まといになる事を懸念して自殺しました」

 涙は既に枯れ果てている。


 魔法学院で父が反逆罪で囚われ処刑されたと知った時、私は復讐を誓った。魔法学院の卒業式を待たずに故郷に帰り、母にそれを伝えた。

「そう、あなたが決めたのなら私はあなたの為に出来る事をします。どうか、あの方の汚名を雪いであげてね」

 それが、最後に聞いた母の言葉だった。私は復讐するために仕官するべき領主を見つけ、そこに家を借りて母と暮らす予定だった。

 準備が整い。母を迎えに行った時、家はもぬけの殻だった。近所に住んでいたカール爺さんに何があったのか聞きに行った。

「カールさん。母はどこへ行ったのですか?」

「レオン君……。遅かったな……」

 カール爺さんは、悲しそうな顔で私にそう告げた。

「フィーネさん。不治の病に侵されていたらしいな、気の毒に……。最後は苦痛に耐えきれなくなったってワシらへの遺書に書かれてあったよ。遺書は彼女の家のテーブルに置いてあった。君への遺書もある」

 そう言ってカール爺さんは私に手紙を渡した。私は手紙を受け取り、フラフラと母の墓に向かった。

 墓碑銘にはフィーネとだけ書かれていた。私と母が父と関係があった事は秘密にしていた。それは父の計らいだった。政争に巻き込まれないように母の妊娠が分かった時点で、母は故郷のこの村に帰った。故郷に帰ってきた理由は、故郷で十分暮らせるだけの金額を稼いだからという事にしていた。

 私の父は不明とされた。一緒に故郷に帰ると約束していた男に逃げられたという事にした。だから、故郷の村に私と母が父と繋がりがあると知っている者は居なかった。

「母さん。どうして……」

 その問いに答えるものは居ない。私は手紙を読んだ。そこにはこう書かれていた。

「愛しのレオン。あなたを残して逝くことを許してね。私は病に侵され苦痛に耐えられなくなりました。このまま生きていてもあなたに迷惑をかけるだけ、病に侵された私を優しいあなたは絶対に見捨てる事をしないと私は知っています。

 治療に法外な値段を突きつけられれば、その金額を用意し、あなたの体の一部が必要だと言われればあなたは喜んで差し出すでしょう。そして、命をと言われればあなたは迷わずに差し出すことを知っています。

 でも、それを母は望みません。どうか、健やかに生きて、あなたの望むことを成しなさい。母より愛を込めて」

 文面は誰かに見られても問題ない様に書かれていた。病は誘拐の暗喩だった。母は私が復讐を行う過程において人質にされる事を懸念し、死ぬことを選んだ。母の言う事は当たっていた。もちろん、誘拐犯の特定に全力は尽くすだが、いざとなった時、私が母を見捨てられない事を見抜かれていた。

 私の甘さが母を死に追いやった。涙が止まらなかった。その日、優しいレオンは死んだ。だから、私はアイスと名乗った。温もりの無い非情な氷の心を持った復讐の機械になる事を選んだ。

 その日から私は何も感じなくなった。誰が死んでも悲しむ事は無くなった。それと同時に嬉しい事も楽しい事も無くなった。だが、それでいい。心を無くしたと同時にスキル『神算鬼謀』を獲得したのだから……。


 故郷の村であった事を話し終えると叔母上は涙を流していた。

「辛い思いをしたのね。レオン」

 そう言って私を抱きしめた。私は何も感じなかった。ただ、この抱擁を見られては不味いと思った。

「叔母上、人払いは済ませておりますが、このような事はお控えください。御身は皇妃殿下であらせられます」

「何を言っているの、私はあなたの叔母です。何もやましい所はありません」

「それを知っているのは私と叔母上だけですよ」

「暫く合わない間に屁理屈が上手になったようですね」

 そう言って、叔母上は私を離した。そして、私の顔を見て悲しそうな顔をした。

「私では、閉ざされたあなたの心を解き放つことは出来ないようですね」

「心を閉ざしている?」

 何のことか理解できなかった。叔母上には嘘偽りなく全てを伝えている。

「自覚が無いのですね。以前のあなたはもっと感情豊かだった」

「それは、自覚しています。母を失った時、一緒に感情を無くしました。ああ、でもこの前、怒りの感情だけは失っていない事は確認できました」

 旧領主が救世主とヨハンたちに行った非情な仕打ちに対しては怒りを覚えた。怒りの感情だけは失っていないらしい。大臣たちに対しても怒りの感情はある。だからこそ復讐を続けているのだ。

 私の言葉を聞いて叔母上は胸を痛めているようだった。

「レオン。あなたが生きていてくれた事だけで私は嬉しい。これから、復讐を行うつもりですか?」

「無論、そのつもりで来ました。叔母上もそれを望んで居るからこそ、私をここに呼んだのではないのですか?」

「違います。あなたの復讐を止める為に呼んだのです」

「なぜです?私には勝算もあります」

「せっかく生き残ったのです。無理に事を荒立てずに出世し、大臣たちが死んだ後で宰相の地位につき、兄上の汚名を雪げばよいではありませんか?」

 そういう道もあった。だが、私は母が自殺した時、その生ぬるいやり方を捨てた。大臣たちに、父を陥れた事を後悔させ、あらゆる苦痛と恥辱を与えたのちに絶望を心に刻み込んで死んでもらう事にしたのだ。

「母が死んだのです。私が納得するとでも?」

 私の冷たい言葉に叔母上は私の覚悟を知ったようだ。長い溜息を吐いた後で、叔母上は先程の優しい表情から冷徹な顔に変わっていた。

「レオン。あなたが優しいままだったのなら、あなたの幸せを考慮して事を進めようと思っていました。でも、あなたも私と同じく手段を選ばす。あの豚どもに鉄槌を加えようと言うのですね?」

「その通りです」

 叔母上は今まで演技をしていた。私が人の心を持って復讐に臨んでいるのか確かめたのだ。

「ならば、ここからは叔母と甥という関係性は抜きにしましょう。血縁だという関係性ではなく、同じ復讐者として共闘を行いましょう」

 叔母上も感情を無くしているようだった。もちろん、私も望むところだった。

「異論はありません。手始めに、皇宮内にいるネズミにはどう対処するおつもりですか?」

「ネズミが居る事はずいぶん前から分かっていました。ですが、なかなか尻尾がつかめません。いつも、実行犯は別の誰からにやらせて、自身は行動を起こさない。そういうタイプです」

「厄介ですね。私が襲撃された事は聞いていますか?」

「ええ、セバスから聞いています」

「セバスは叔母上の手駒ですか?」

「信頼できる手駒の一つです」

「では、内通者の洗い出しが困難なのも理解して頂けていると思います」

「無論です。変装をしている可能性を考慮すれば皇宮内の全員が容疑者ですからね」

「ですが、確認は難しくないというのも知っていますよね?」

 その方法は、簡単だ全員殺してみれば良いのだ。その結果、死なないものが内通者だと確定する。もし、不死身のものが居なかった場合、手引きしたものが居るという事になるので、その者を特定する為の尋問を行えばいい。

「それを全員が了承するというのも無理があります」

 叔母上もその方法を理解したうえで答えている。大臣たちが了承しないのだ。

「救世主様の力を借りれば可能だと思いますが?」

「大臣たちが私の話を信じるとでも?」

 信じないだろう。内通者の特定と思わせて大臣たちの粛清を行うと取られるのは間違いない。

「だからこそ、私は反乱を起こすのです。父は反乱の準備をしていなかったから容易に捕らえられ、濡れ衣を着せられた」

「兄上は善良でした。だからこそ足を掬われた」

 私の言葉の意味を叔母上は理解してくれた。

「負ければ、同じ反逆者ですよ?」

「私は父が持っていた優しさを捨てました。その上で、計画を練ってきました。それと、叔母上も気付いておいででしょう。シュワルツとアンネローゼ様の行動と私の復讐に関する因果関係を……」

「やりたいと願い。それを実行する時、正しい道を歩んでいる者には神様の加護が与えられる。だから、常に正しい道を選びなさい。ですね?」

 叔母上は父の言葉を言った。

「その通りです。アンネローゼ様の行動の結果、私の復讐の準備が整っていっているのです。アンネローゼ様は誰がために行動をしているのですか?」

 少なくとも私の為にではない。

「アンネはいつも自分を守ってくれている全ての者に対して責任を感じています。そのアンネが今回は我がままを言いました。シュワルツ君と離れたくないと……。だから、私はアンネを皇宮から解放しました。その結果、あなたの復讐の準備が整っているのだとしたら、あなたの復讐がアンネをつけ狙う者たちに関係があるのでしょう」

「なるほど、ならばフーリー法国との狂言は誰が主導で決めたのですか?」

 これは、重要な事だった。皇帝陛下も皇妃殿下もフーリー法国と同盟を結ぶことに反対はしない。そうしないと魔族に対抗できないのだ。それに、オールエンド王国が、魔族との戦いに参加せず国力を温存していることを考えれば、同盟に反対する理由は無い。

 だが、なぜ、聖女の予言を利用する最悪の手段を提案したのか、それは誰の提案だったのか知っておく必要があった。

「財務大臣フリードリヒ・フォン・リヒテンハイムです。この提案をすればフーリー法国は同盟を拒否しないと言ってきたのです」

「だれも反対しなかったのですか?」

「私は反対しました。予言が真であるのなら、アンネが選んだ者がオールエンド王国への障害となると思っていましたから……」

「叔母上は知っていたのですね。オールエンド王国こそが邪悪なる征服者だと……」

「ええ、20年前の出来事から全ては始まりました。その内容をあなたに伝えることは出来ません。ですが、神王ネロが、魔王領を含む大陸の征服者となろうとしているのは明白な事実です」

「となると、これはオールエンド王国が仕組んだフーリー法国とシュワルツエンド皇国の離間の計ですね」

「ええ、分かっていても止められませんでした。筋が通っているので皇帝派の領主も半数が賛成してしまいました」

「ですが、アンネローゼ様がライトを選ぶという保証が無い」

「それも、リヒテンハイムは、もしそうなった時は、隠蔽すればいい。実際に行動するのは平民出の者でも良い。でも、事を成したのは救世主だと言えば何も問題はない。事を成した平民には一生暮らせるだけの報酬を与えれば名誉など求めないと言われ、誰も反論できなかった」

「で、実際はシュワルツが選ばれていると……」

「だから、私はアンネとシュワルツ君を自由にしました」

「それは、英断だったと思います」

「世辞は要りませんよ」

「いいえ、本心からです。お二人が自由になった事で、私は領主になれました。それに、ヨハンという剣も手に入れた上に、戦力の増強まで行えたのです。叔母上のお陰です。

 やりたいと願い。それを実行する時、正しい道を歩んでいる者には神様の加護が与えられる。だから、常に正しい道を選びなさい。そう言った父の言葉が間違っていないと、今は思えます。だからこそ、父が足を掬われたのが悔しくてなりません」

「私もです。なぜ、あんなに優しかった兄さまが、あんな汚物の様なゴミに陥れられたのか悔しくてなりません。私を利用しても良い。アンネとシュワルツ君を利用しても良い。どうか、あの無能な豚どもに鉄槌を……」

「あなたに、お願いされるまでもなく、そのつもりです。あいつらには地獄すら生ぬるい拷問を持って贖ってもらいますよ」

「それにしても本当に心を無くしたのですね」

「ええ」

「残念な事です。本来なら、こんな場所で復讐を語り合うことなく、叔母と甥として、年末年始に近況を報告し合う仲だったのに……」

「私も本当に残念ですよ。年末にあなたが作ってくれたお菓子を楽しみにしていた一人なのですから……」

 叔母上は貴族ながら料理を嗜んでいた。それが陛下の目に留まり、皇妃殿下になった。叔母上も皇帝陛下の優しい性格を好きだと言っていた。それは、私の父に似て、他者への思いやりが過剰なぐらいに出来る男だったからだ。

 私自身、皇帝陛下は好きだった。一度しか面識は無かったが、父上が主催したパーティーに出席した時、私は平民の子だと紹介された。だが、皇帝陛下は、私を侮る事なく、父が紹介してくれた人間だと、丁重に扱ってくれた。身分の隔てなく、有能な者には敬意を払う。為政者として最高の資質を持った人だと認識した。

 だからこそ、私は反乱を起こすしかないのだ。それは叔母上も理解してくれた。


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