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犬に転生したら何故か幼女に拾われてこき使われています  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
宿命は氷の貴公子を復讐に駆り立てる

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氷の貴公子の復讐5

 ヨハンは勝った。だが、このままでは剣士として致命的なハンデを負う事になる。あの傷を癒すにはそれ相応の対価が必要だった。無論、私はその対価を払うつもりだった。ヨハンにはその価値がある。

 そんな事を考えていると、観客席から闘技場に飛び降りてきた騎士が居た。服装は聖女を守るべく組織されたレギオン『聖女の盾』の隊服だった。髪の色がピンクで手に杖を持った女性だった。背丈は中背で普通の顔立ちだった。

 地面に舞い降りる時に魔法を使って減速し軽やかに着地していた。これだけで、かなりの実力者だと分かる。魔法の制御が完璧に出来ていた。女性は着地すると、ヨハンに駆け寄った。

 私もヨハンの元に駆け寄る。『聖女の盾』の隊服を着ているのだから、アンネローゼ様を守る為に集められた戦災孤児の一人だろう。しかし、彼らはアンネローゼ様の味方であって私の味方ではない。ヨハンに何をするつもりなのか見定める必要があった。

 『聖女の盾』のメンバー全員がアンネローゼ様に忠誠を誓っているのなら問題ないが、大臣派に懐柔されている者が居てもおかしくはない。ゆえに、私は手負いのヨハンを守る為に走った。

 私の方が先にヨハンの元へたどり着いた。

「アイス様、申し訳ございません。無様な姿をさらしました」

「良い、結果を出したのだ。それよりも、とりあえず右腕の怪我を何とかする」

 ヨハンの右腕の傷から出血が続いているので傷口を魔法で凍らせて止血した。そこへ女性が駆け寄ってきた。

「余計な事しないで!そんな治療では、ヨハン殿の腕が使えなくなってしまう!」

 女性は開口一番、怒鳴ってきた。その様子から敵ではない事が分かったので、余計な魔法は解除した。

「すまない。ヨハンを頼む」

「任せて」

 女性は杖をヨハンの右腕の傷にかざして、魔法を使った。

「医師の神エイルに願い奉る。この者の傷を癒したまえ」

 杖が白く光り、ヨハンの傷が完全に治った。

「怪我を治してくれたことは感謝します。ですが、先ほどのアイス様への態度は許せません」

 ヨハンは女性が私を怒鳴った事に腹を立てていた。

「先ほどはすみませんでした。私は『聖女の盾』副長のネヴィアと申します。私が使える回復魔法では、あまり大きな傷は治せないので、つい怒鳴ってしまいました。本当にすみません」

 ネヴィアは私に対して正式に謝罪してきた。この一点だけ、ネヴィアがまともな人間であることが分かった。自分の非を認められる人間は少ない。殆どの人間は何かあった時、他人のせいにするのだ。

「いや、私の方こそすまなかった。回復魔法も使えないのに手当てしようと思ったのが間違いだった」

「いいえ、回復魔法が使えないのであれば、アイス様が行った手当てが最善です。私の方こそ頼まれもしないのに手出しをしてすみませんでした」

 ネヴィアは私の対処が間違っていなかったことも認めた。そこまでしたネヴィアを見て、ヨハンは留飲を下げた。

「ええっと、先ほどの言葉は撤回します。怪我を治してくれてありがとうございます」

 ヨハンは不器用に笑顔を作ってネヴィアにそう告げた。

「いえいえ、こちらこそ許して頂いて感謝します」

「私の方からもお礼を。大切な部下の才能を守ってくれてありがとう」

 私が礼を言うと、ネヴィアは笑顔で冗談っぽく言ってきた。

「じゃあ、治療費は、後で『聖女の盾』の訓練場に顔を出して頂ければそれで良いですよ」

「分かった。ヨハンと共に伺わせて頂こう」

「では、お待ちしてますね」

 そう言って、ネヴィアは元居た観客席に戻っていった。2メートルの壁をどうやって超えるのか見ていると、普通に2メートルの壁を飛び越えていた。魔法で身体能力を強化して飛び越えたようだ。

 ネヴィアが戻っていった観客席を見ると、そこには同じ隊服を着た者達が居た。私の視線に気付いて全員で手を振っていた。私も軽く手を挙げて応える。『聖女の盾』が何故、私を歓迎しているのか理由は分からないが、親睦を深めるのは悪くなかった。

 『聖女の盾』の一団の中に異質な男が居た。初老の白髪交じりの赤髪の長身痩躯の男だった。その佇まいには隙が無く、かなりの実力者だと一目で分かった。だが、その男が何者かは分からなかった。

「アイス殿、ザルクス殿、こちらへ」

 エルンストが私とあいつを呼んだ。なので、審判のエルンストの元へ行った。ザルクスは笑顔だった。

「ザルクス殿、アイス殿は実力を示しました。アイス殿を新領主と認めますか?」

 エルンストが語り掛ける。これは、別に意見を聞いているのではない。様式美と言うやつで、答えは認めるしかないのだ。

「ええ、認めますとも、あれほど優秀な部下を持ったアイス殿こそルークスの新領主に相応しい。私の領地とも近いですし、今後は協力して頂ければと思います」

 ザルクスは余計な事を言った。認めるだけで良いのに、私を褒めたり協力しようなどと、この場で言うべきことではない。もし、そう言いたいのなら祝賀パーティで言うべきなのだ。

「その話は、祝賀パーティでゆっくり話しましょう。今は決闘の決着を」

「ああ、そうですな、そうしましょう」

 私は不本意ながら笑顔でザルクスと握手した。これも取り決めだった。

「では、アイス殿を新領主として迎え入れる事を決定します」

 エルンストが宣言すると、会場は拍手に包まれた。こうして、私は無事に新領主として認められた。


 闘技場から謁見の間に移動すると領主任命式が始まった。盛大なファンファーレが演奏されるなか、謁見の間の入り口から玉座に向かって敷かれている真っ赤な絨毯の道をまで一人で歩いて進んでいく。真っ赤な道の両側には領主たちが並び拍手で迎え入れる。

 玉座の前で跪き頭を垂れると、ファンファーレが終了し、玉座の間は静寂に包まれた。皇帝陛下が話始める。

「皇帝ヴィルヘルム・フォン・シュワルツェンドの名において、ルークスの新領主にアイスを任命する」

「御意」

「並びに、新領主任命に当たり、アイスに爵位バロンを授与する。それに伴い、家名マルクスを与える」

「ありがたき幸せ」

 爵位とは、領主が納める領地の大きさに比例して与えられる称号だった。下から順番にバロン、カウント、マークェス、デューク、グランドデュークとなっている。爵位を得たら家名も得るのが通例だった。この時から、私はバロン、アイス・フォン・マルクスとなった。


 祝賀パーティは盛大に行われた。広い会場に無数のテーブルが立ち並び、料理がならべられている食事エリアと社交ダンスを楽しむエリア、座って話をする為のエリアが設けられ、貴族たちはそれぞれの派閥に分かれて交流を行っていた。

 私がまず最初にすべきは皇帝陛下との歓談だった。祝賀パーティの目的は新領主の人柄を見定めることにある。ここで、挨拶の順番を間違える者は馬鹿として扱われる。位の高い者から順に挨拶するのは当然の事だった。

 皇帝陛下は、食事エリアで皇妃殿下と共にワインを嗜んでいた。

「陛下、この度は任免して頂き、ありがとうございました」

 私が挨拶をすると皇帝陛下は笑顔で迎えてくれた。

「なに、礼には及ばない。君を推薦したのはエリザなのだ。余ではなくエリザに礼を言ってくれ」

 エリザと言うのは叔母上の名だった。

「皇妃殿下、この度は推薦していただき、誠にありがとうございました」

 私が改めて礼を言うと、叔母上は上品な笑顔でこう言った。

「あなたの事は娘から聞きました。ロレーヌ地方を視察した時に、有能な者が居ると……。期待していますよ」

 これは嘘だった。アンネローゼ様はロレーヌ地方のアディーヌ湖に度々来ていたが、ルークスの街に立ち寄る事はあっても、私と会う機会は無かった。これは、叔母上が今はアンネローゼ様が皇宮に不在だという事を知られたくないから、嘘に同意して欲しくて言っているのが分かった。

「ありがたい事です。アンネローゼ殿下がルークスの街に滞在した際に、私が対応した事が評価されたようですね」

 私が口裏を合わせると叔母上は嬉しそうに笑った。

「あなたに、お願いがあります」

「なんでしょう?」

「明日、前宰相のわたくしの兄、レオン・フォン・ビスマルクの墓で誓いを立てなさい。次の宰相になると……」

「御意、明日の10時には必ず」

 このやり取りを聞いているであろう大臣派の者たちは、こう思っただろう。皇妃殿下の我がままに新領主が付き合わされていると……。叔母上は、命令する事で私が皇帝派の領主ではないという印象を大臣派に与えたのだ。

 やはり、頭のキレる方だった。生前父は言っていた。叔母上は自慢の妹だと……。もし、男に生まれていれば宰相になったのは妹の方だったと言っていた。限られた情報の中で、私がやろうとしている事を先読みし、手助けをする為の布石を打ってくれていた。

 そして、明日の10時には私と叔母上は密会する事になる。皇妃殿下の我がままに付き合う新領主の様子を伺いに行く暇な人間は居ない。むしろ、無理やり墓参りをする新参者を見学するのは皇帝派の人間だ。ただし、叔母上は根回し済みだろう。大臣派の人間は、これから私が墓参りに来ないように仕向ける。これで、誰にも邪魔されずに叔母上と話が出来る。

「エリザ。君はまだ義兄上の事を……」

 皇帝陛下は狼狽えていた。それも無理はない、5年前に聖女アンネローゼを毒殺しようとした宰相のレオン・フォン・ビスマルク、その身の潔白を叔母上は信じていた。

「違いますよ。ただ、先人と同じ轍を踏まないと誓って頂くだけです」

 叔母上は冷徹な笑顔で皇帝陛下に応えた。この回答は、受け取りようによっては2つの意味を持っていた。1つは先人と同じ罪を犯さないという意味だ。もう1つは濡れ衣を着せられるような失敗をしないという意味だった。叔母上がどちらの意図で言っているのかは明白だった。

「そうか、それならばいい」

 皇帝陛下は先人と同じ罪を犯さないという意味で受け取ったらしい。このやり取りの大事な所は、叔母上が前宰相の正当性を主張しない事だった。それを行った場合、大臣派との衝突が避けられない。大臣派の領主と皇帝派の領主は今のところ半々だった。

 叔母上が父の正当性を主張すれば大臣派との全面戦争となる。それは、シュワツェンド皇国の不利益となる。だから、叔母上は父の正当性を主張しないのだ。

「さて、アイス君、他にも挨拶しなければならない人物がいるだろう?新任は面倒な事も多いが上手くやってくれ」

 皇帝陛下は、私が皇帝派に所属する事を信じて疑わなかった。だが、私が所属するのは大臣派だった。その時、叔母上が皇帝陛下を上手く説得してくれることを願っていた。

 

 皇帝陛下の元を離れて向かったのは大臣派が集まっている、座って話すエリアだ。私は迷うことなく財務大臣フリードリヒ・フォン・リヒテンハイムに挨拶に向かった。皇帝派の領主達はざわめき、大臣派の領主達はニヤニヤしながら私を見ていた。

フリードリヒは身長180メートルの長身の男だった。ただし、横も180メートルあった。ただのデブではなく、威圧感のあるデブだ。口髭と顎髭を伸ばし、毛の色は白だった。元々何色かはしらないが、白い毛の理由は加齢からだ。年齢は50歳を超えている。

 座って話すエリアの奥まったところに配置してある一番大きなソファーの真ん中に偉そうに座っていた。私は、そのソファーの前まで進み膝を折って頭を垂れた。

「ご挨拶が、遅くなり申し訳ありません。財務大臣のフリードリヒ・フォン・リヒテンハイム様」

 私が皇帝陛下や皇妃殿下に対して会釈程度で挨拶を済ませたのに対して、フリードリヒに対しては跪いて挨拶をした。これの意味をみな正しく理解していた。私が大臣派に帰順するという意思表示なのだ。

 私の態度を見て、叔母上は不機嫌そうな表情をした後で、祝賀会場から退出していった。もちろん演技だった。

「これは、これは、新領主のアイス・フォン・マルクス殿、皇帝陛下に挨拶してから私の元に来るとは良い度胸ですね」

 フリードリヒは叔母上が会場を出て行くのをニヤニヤしながら見ていた。そして、会場を出て行くのを見届けてから私に話しかけてきた。フリードリヒは弱いものをいたぶるのが趣味だった。反吐が出るが、付き合ってやる。

「本当は、真っ先に挨拶に伺いたかったのですが、やはり皇帝陛下をないがしろにはできませんので、格好だけでも先にあちらに挨拶させて頂いたのです。この国の実質的な支配者であらせられるフリードリヒ様をないがしろにしたわけではございません」

 私の言葉を聞いて自尊心が満たされたのかフリードリヒは満足そうにニヤついていた。

「そうか、それが分かっているのなら私への無礼は許そう。私は寛大なんだ。君の部下の手腕も見事だった。君も部下に劣らず優秀なのだろう?」

「いえいえ、私など部下も含めて若輩者です。フリードリヒ様に比べたら赤子の様なものです。これから、領地を治めていくうえで何かと相談する事があるかと思いますので、その時は御助力頂ければ幸いです」

「はっはっは、謙虚な事だ。だが、こちらの陣営に加わるというのであれば一つ条件がある」

「なんでしょう?」

「エンリという者に会ったか?」

 大臣派とエンリは何か関係があるのだろうか?ルークスの領主個人との付き合いだけではなかったのか?

「ええ、前領主様との契約を引き継ぎました」

 私が答えるとフリードリヒは安心したような顔をした。

「そうか、そうか、ならば安心だ。明日の午前中は皇妃殿下の気まぐれで墓参りだったな?」

「ええ、前の宰相の墓の前で国を裏切らないと誓わされるのです。正直、気が重いですね」

「そうだろう。皇帝派の人間が見物に行くと思うが、アイス殿が望むのなら我らが応援に向かう事もやぶさかではないが?」

「いえ、それには及びません。皆様の貴重な時間を皇妃殿下の気まぐれに使うのは勿体ないので、明日は一人で行ってまいります」

「そうか、まあ、皇妃殿下の説教は聞き流すと良い」

「ええ、元よりそのつもりです」

「アイス殿には要らぬアドバイスだったようだな、では墓参りが終わった後、我が屋敷に来ると良い。エンリが提供する商品について色々と教えてやろう」

 フリードリヒは邪悪な笑顔で言ってきた。どうやら、不老不死について何か企んでいるらしい。

「分かりました。必ず伺います」

「私からの話は以上だ。後は、こちらの派閥の人間に挨拶でもしておけ」

 フリードリヒは自分の要件が済んだので、話を打ち切った。私は、その言葉に従い大臣派の人間たちと親睦を深めた。とても不愉快だったが、これも復讐の為だった。

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