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犬に転生したら何故か幼女に拾われてこき使われています  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
宿命は氷の貴公子を復讐に駆り立てる

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氷の貴公子の復讐4

 馬車に乗り、仕上がったヨハンを連れて首都ベルンに着いた。皇宮へはすんなりと通された。ヨハンは初めての大都市におのぼりさん状態だった。整然とした街並みにキョロキョロと風景を見回していた。

 私の服装は白いシャツに青いジャケットと青いズボンだった。ヨハンは白いシャツと茶色のジャケットと茶色のズボンだった。新領主とその護衛に相応しい服装にした。

 私は、これから起こる事を想定問答していた。誰が何を言ってきて、どう答えるかを考えていた。言葉尻をつかまえて難癖付けてくる連中だ。私は出来る限りの事を想定した。

 通常であれば、謁見、大臣と現領主への紹介、任命への異議申し立て、領主任命式、祝賀パーティという段取りだった。

 謁見は領主に任命するべく皇帝陛下が選んだ者が陛下への感謝を述べる。

 大臣と現領主への紹介は、どのような経緯で陛下が新領主を選んだかの説明。

 任命への異議申し立ては陛下の判断に異議があれば述べる。その結果によって、新領主は罷免される事もあるが、その場合、異議を申した領主と決闘が行われる。この決闘は命がけなのだが、代理人を立てる事も許されている。

 ただし、異議の申し立ては殆ど行われる事が無い。自分の命か、優秀な部下の命を賭けてまで反対して得られるものが多くないからだ。反対して得られるのは、新領主の任命を無かったことにするだけなのだ。新領主が負ければ新しく皇帝陛下が新領主を選定しなおすだけなのだ。この制度は、よっぽどの無能か悪人が領主にならないためのものだった。

 領主任命式では、新しい領主が就任した事を正式に認める式典だった。

 祝賀パーティーは新領主との親睦を深めるためのパーティーだ。ここで、どの派閥に所属するかが重要だった。私は最初から所属する派閥を決めていた。復讐の為に必要な事だった。


 皇宮の前門で馬車が止まり、門番が馬車の扉を開ける。私とヨハンは馬車を降りた。案内役に従って皇宮内を移動し、謁見の間に通される。

「アイス様、ご入場~~~~!」

 案内役が高らかに宣言するとファンファーレが鳴らされた。

 正面の玉座には皇帝陛下と皇妃殿下が座っていた。アンネローザ様は当然の如く不在だった。

 そして、玉座へ続く赤い絨毯の両脇には地位の高いもの順で玉座から出口まで大臣たちと領主たちが並んでいた。私とヨハンはその中を胸を張って進んで行き、皇帝陛下の面前で片膝をついて頭を垂れた。ヨハンも私に倣うように指示してある。

 皇帝陛下の前で勝手に話してはならない。私は沈黙した。

「よくぞ招聘に応じてくれた。面を上げよ」

「はっ」

 私は片膝をついたまま顔を上げる。ヨハンも同じようにしているだろう。

「この度は余の要請に応じてくれた事、感謝する」

「私の様な非才の者に大任を与えてくれた事、感謝に堪えません。陛下のご期待に沿えるよう最大限努力いたします」

「期待している」

「ありがたき幸せ」

 これで、謁見は終わりのはずだった。だが、皇妃殿下が話しかけてきた。

「アイスと言ったな。現在、我が国は宰相が不在だ。適任者が居らぬのが最大の理由だ。貴殿には期待している。他の者も宰相の地位が欲しくば結果を出せ」

 皇妃殿下は、私の叔母だった。元宰相レオンハルト・フォン・ビスマルクと年の離れた兄妹だった。アンネローゼ様とは年の離れたいとこだった。叔母が言っている。宰相になれと、もちろんそのつもりでここに来た。父の汚名を雪ぎ、陥れた者達に報いを受けさせる。叔母は私の顔を知っていた。妾の子ではなく使用人との間に生まれた正当な継承権を持たない身分の低い子だと知っていた。

 それでも、宰相を目指せと言っている。実力で回りを黙らせろと言っている。叔母も復讐を諦めていない。だからこそ、宰相の地位は未だに空位なのだ。

「善処いたします」

 大臣たちと領主たちは異例の皇妃の発言にざわついていた。だが、奴らは私と皇妃殿下の関係を知ることは無い。なぜなら、私と父の関係は秘匿されているからだ。私と父の関係を知る者は皇妃殿下しか居なくなってしまったのだから……。


 謁見が終わると大臣たちに私の功績が発表された。推薦人は皇帝派の領主になっていた。主に元領主の元で行っていた業務の報告書の正確性を評価する内容だった。もちろん、悪事に加担した事は隠蔽されていた。

「という訳で、アイス殿を次期領主として推薦いたします。この任命に異議のある方はおられますか?」

 通常であれば、ここで異議を申し立てる者は居ない。だが、大臣派の領主が声を上げた。

「異議あり、異議を申し立てる」

 声を上げた領主は年齢30歳位の小太りの男だった。貧相な顔を少しはましにするために口髭を整え、禿げあがった頭を隠す為にカツラを被っていた。とても決闘できる体型ではないから代理人を立てるつもりだろう。

「では、ロレーヌ地方領主ブルーノ・フォン・ザルクス様の申し立てにより、決闘を行う事に致します。皆さま闘技場まで移動をお願いいたします」

 

 闘技場に移動すると、私とヨハンは西口に案内された。

「ヨハン。これから決闘が始まる。君には私の代理人として戦ってもらう。出来るか?」

「ご命令とあらば否はありません」

「では、頼んだぞ。決闘のルールは分かるか?」

「いえ、分かりません」

「ルールは一つだけだ。生き残ったほうが勝ちだ」

「シンプルですね」

「ああ、だか、君は人間を殺せるか?」

「分かりません。ですが、やってみます」

 ヨハンには実戦経験が無かった。不安要素はあるが、ヨハンに託すことにした。私が戦っても勝てるが、手の内を見せたくなかった。戦えない領主だと印象付けたかった。

 準備が整ったのか案内人が声をかけてきた。

「アイス様、ヨハン様、こちらの入口から闘技場の中央に進んでください。そこに対戦相手のザルクス様と審判がおりますので、中央に進んだ後は審判の指示に従ってください」

「分かった」

 私は手短に返答し、闘技場の中央に進んだ。闘技場は円形となっており、2メートルはある壁に囲まれており観客席に乗り込めないようになっていた。逃げ道は闘技場への入口である西口と東口だけだ。

 皇帝陛下と皇妃殿下は特等席に座っている。大臣たちと領主たちは観客席にいた。皇帝陛下と皇妃殿下以外の者は、私とヨハンを値踏みするような眼で見ていた。

 審判の前まで進むと東口からは三人の人間が歩いてきていた。一人は何とかという領主だ。名前を覚えるつもりは無い。

 通常であれば代理人は一人だけしか呼べないはずだが、奴は二人連れてきた。審判を挟む形で向かい合った。審判が話始めた。

「さて、アイス殿とザルクス殿、双方代理人を立てるという事でよろしいですかな?」

「私はヨハンを代理人とします」

 さて、相手は何というのか?

「ワシは、このクレメンス兄弟を代理人とする」

「ザルクス殿、代理人は一人と取り決めがございます。二人は認められません」

 審判は中立だった。ザルクスは馬鹿だった。ルールで代理人は一人と決められている。どう考えてもそれを覆す事など出来ない。いや、馬鹿だからこそ考えた結果、間違ったと考えることも出来る。

「まあ、待て、話を聞いてくれ。このクレメンス兄弟は幼い頃に両親を失い。今まで二人で助け合って生きてきた。この兄弟は二人で一人なのだ。決闘によってどちらかが生き残るというのは酷な話ではないか、どうか二人一緒に戦わせて欲しい」

 どうやら、馬鹿は考えると面白い答えを出すらしい。意味不明過ぎる。

「ザルクス殿、そういう理由であれば、どちらか一方と戦い、負けた後で残った方を一緒に送って差し上げてはどうですかな?」

 まあ、負けたら一緒に死ねれば問題なのだから、この方法で万事解決のはずだ。

「いえいえ、そういう訳には参りませぬ。この兄弟は二人で一人なのです。それは戦法も一緒で、彼らの真価は二人で戦った時に発揮されるのですよ。それを片方だけと戦って勝たれては私は納得できない」

 何を言ってるんだこいつ?

「では、他の一人でも十分実力を発揮できる代理人を用意されてはいかがかな?」

 私は出来るだけ優しく言ってあげた。

「おい!なにをごちゃごちゃやってるんだ!」「さっさと始めろ!」

 そんなやり取りをしていると大臣たちの側に座っている領主たちが騒ぎ始めた。なるほど、こうやってルールを捻じ曲げる訳か……。

「ヨハン、2対1だがいけるか?」

「答えは知ってるでしょうアイス様」

「そうだな、愚問だった。任せるぞ、ヨハン」

「御意」

「私の方は2対1でも構わない。審判殿、始めてくれないか?」

 審判を務めているのは皇帝派の中心人物エルンスト・フォン・テルダムだった。たぶん、叔母上の差し金なのだろうが、彼が審判に着いた事で大臣派は私が皇帝派だと勝手に思い込み妨害工作を行う事にしたのだろう。ならば、実力を示し、妨害よりも懐柔が得策だと思わせる必要が出てきた。

 叔母上は私の名前を聞いた時点では、私を認識していなかったはずだ。単純に新しい領主が正当な評価を受けるようにとの配慮だったと思うが、かえって大臣派の反発を招いてしまっていた。

 だが、叔母上の心遣い自体は嬉しかった。父同様公正な精神の持ち主だと改めて認識した。だから、私は出来る事を行う。

「しかし、それでは法律に違反する」

「両者が同意しているのだ。審判殿。開始の合図をお願いいたします」

「本当に良いのですか?アイス殿、貴殿が領主になれるかの瀬戸際ですぞ?」

「構わないと言っている。私のヨハンはそんな雑魚に負ける事など無い」

「ああ?雑魚だと?」

 黒目黒髪長髪長身痩躯の男がそう言った。腰には中剣を差していた。剣士なのだろう。

「雑魚ではないというのなら1対1での決闘を受け入れたらどうだ?」

 私は相手が激高し、1対1に同意するか試してみた。

「領主様の説明を聞いていなかったのか?俺たちは二人で一人だ。正々堂々と俺たちに勝ちたかったらお前らも二人で来な。そうしたら、連携の上手さの違いを実感して死ねるぜ?」

 挑発に乗らないだけの知能はあるらしい。それと、こいつらは決闘をスポーツか何かと勘違いしているようだ。決闘とはお互いが正しいという信念のもとに実力を持って正しさを証明するという儀式だというのに……。

 こんな馬鹿とヨハンを戦わせるのは正直言ってもったいなかった。この二人ならロバートとバルトルトでも余裕で勝てる。だが、ここにはヨハンを連れてきた。もったいないがヨハンを使うしかないのだ。

「遠慮しておこう。それに、私が参戦せずともお前たちはヨハンに勝てない」

「面白れぇ、後で後悔してもおせぇぞ」

 ヨハンが負けた場合、私は全てを失う。領主への道も宰相への道も全て失うのだ。だが、それは起こらない。ヨハンは勝つのだ。それは、確定的に明らかな事だった。

「アイス殿、本当によろしいのですか?正規の手順に則り決闘を行う事も出来るのですよ?」

 エルンストは公平に対処してくれようとしている。だが、ここでエルンストと協力して大臣派の思惑を退けたとしたら、その後の私の立場が無くなるのだ、中立の領主として大臣派に所属するのが目的なのだ。

「構いませんよ。どちらにせよ結果は変わりませんので」

「分かった。貴殿がそう言うのであれば、このまま決闘を執り行う」

「ずいぶんな自信ですな、あなたも戦う術を持っているのなら参戦して構いませんよ?」

 ザルクスは私を決闘に参戦させたいようだった。私の実力を探るつもりなのだろう。だが、その手には乗らない。

「それには及びません。ヨハンはとても強いので私の出る幕はありませんので」

「それは残念です。新しい領主殿のお手並みを拝見したいと思ったのですが残念です」

「では、ヨハン殿とクレメンス兄弟は中央に残り、アイス殿とザルクス殿は決着が着くまで、離れていてください」

「分かりました」

「頼んだぞ!タオシテ・クレメンス」

「まかせてくだせぇ」

 黒目黒髪長髪長身痩躯の男がそう言った。

「頼んだぞ!ヤメテ・クレメンス」

「もちろん勝ちますぜ」

 黒目黒髪筋肉達磨の男が答えた。武器は槍だった。


 私とザルクスが離れると決闘が開始された。ヨハンは刀を正眼に構えている。タオシテはヨハンの右にヤメテはヨハンの左に立っていた。タオシテは剣を下段に構えていた。ヤメテは槍をヨハンに向けている。

 先に動いたのはヤメテだった。ヤメテは、ヨハンを槍で突こうとした。ヨハンは体捌きだけで槍を避けた。タオシテは様子を見ていた。

 ヤメテが連続で突きを放つがヨハンには掠りもしなかった。ヨハンは動きを見切ったとばかりに、ヤメテの槍を掻い潜り刀の間合いに詰め寄る。そこへ、様子見をしていたタオシテがいつの間にかヨハンの右側から接近し、下段に構えていた剣を振り上げた。

 ヨハンは難なく攻撃を避けて少し後退した。そこへヤメテが突きを放って来た。ヨハンは体捌きで避けた。そして、再度踏み込みヤメテに切りかかる。タオシテが今度は上段からの袈裟切りを放つが、ヨハンは袈裟切りを避けつつヤメテの槍を真っ二つに斬った。そして、そのままタオシテの剣も利両断した。そこで、私にとって予想外の事が起こった。

「降参しろ!命までは取らない!」

 ヨハンが降伏勧告を行った。もちろん相手には通用しない。ヨハンが殺害を躊躇ったと知るやクレメンス兄弟は敵の弱点を知ったとばかりに無防備にヨハンに接近し、折れた槍と折れた剣で一気に攻め立てた。

 ヨハンは攻撃を避けきったと思ったが、右上腕にタオシテの折れた剣が深々と食い込んでいた。もう、右手は使えない。そんな状態だった。ヨハンは左手一本で刀を水平に振った。クレメンス兄弟は距離をとった。ヨハンの右腕から鮮血が迸る。

「ハッハ~!形勢逆転だな~~~~!」

 タオシテが勝ち誇ってそう言った。

「馬鹿だな~!決闘に降参なんて無いんだよ」

 ヤメテが、そんな事も知らないのかという顔で言った。ヨハンは俯いていた。だが、深く息を吐き出すと顔を上げた。

「すみません。アイス様。無様な姿をお見せしました。私の責任です。キッチリと落とし前はつけます」

 そう言ってヨハンは左手に持った刀を水平に構え体に巻き付くように右腕の位置に持っていった。その奇妙な構えのまま膝を沈めてクレメンス兄弟を睨んだ。

「修羅一刀流、二の太刀、炎撃えんげき

 そう言った瞬間、ヨハンは一瞬でクレメンス兄弟を間合いに捕えた。そして、赤い円陣が出現する。超高速で振りぬかれた刀が空気との摩擦で赤い炎の軌跡を空中に描いていた。ヨハンはクレメンス兄弟に背を向け、左腕を水平に伸ばして立っていた。そして、軽く刀を振った後で刀を逆手に持ち替えて左の腰に下げている鞘に納めた。

 その瞬間、クレメンス兄弟は崩れ落ちた。この瞬間、ヨハンの勝利が確定した。会場はヨハンの絶技に静かになった。審判が思い出したように声を上げた。

「勝者!ヨハン殿!」

 会場は、沸き上がっていた。大臣派の領主達もこぞってヨハンの技を褒めたたえた。


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